FUKUSHIMA 50

2011年3月11日午後2時46分、私は大分県の家で妻のリハビリを終えて疲れてうたた寝をしていました。

『すごい地震だって』

脳出血で倒れてから1年強が経っていて、言葉も少しずつではありますが戻り始めていた妻の言葉で目を覚ましました。

生中継でどこかの魚市場が津波にのまれる映像を、目を擦りながら唖然と観ていた事を覚えています。

家内が倒れたのが2010年1月17日。

無我夢中で走り抜けていた最中で、私は無職。

311と聞くと、私の中ではあの頃の絶望の中の自分達が炙り出される。

できれば目を瞑りたいような、そんな日なのです。

亡くなった方々、そして大切な人を失って今でも心が満たされない沢山の人達がいることにも心を痛めながら、自分達の境遇を重ねていた時期もありました。

今年も311がやってきてしまいました。

被害者のご冥福をお祈りするとともに、心に空いた穴が塞がらない方々に、少しでも幸せが訪れることを祈っています。

冥土の大混雑

先日亡くなった叔父の少し前に、姉である叔母も亡くなりました。

実はコロナ直前に、足腰が弱り始めた私の両親を連れて墓参りに行った時のことです。

私の祖父母、叔父や叔母の両親が眠るお寺で偶然叔母と出会いました。

フランクフルトに住む娘(私の従姉妹)も帰国していて一緒でした。

せっかくだからどこかで食事をしようということになり、車で郊外のレストランに移動して会話を楽しんだのです。

この話は一度触れているのですが、もう一度だけ。

その時に叔母が教えてくれたことが強烈でした。

311の少し後、叔母は劇症肝炎で入院し意識不明となります。

導かれるように入った大きな広場のようなところは、数え切れない人でごった返していたそうです。

しばらくすると、案内人のような人がやってきてこう告げられたそうです。

『今は震災で手続きに時間がかかるし、あなたはまだここを通る人ではないから帰りなさい』

奇跡もいいところで、それから10年元気に生きたことになります。

この家族は本当に不思議な強運を背負っていて、一緒にいた娘も同じなんです。

彼女がまだ20台後半だった頃、自転車に乗って最寄りの駅から帰宅していた時にありえないスピードで走ってきた車に跳ねられました。

近くの整形外科に運び込まれたものの、頭蓋骨も割れて手の施しようもないほど何もできない状態だったそうです。

彼女も同じような俗にいう三途の川を見た一人です。

一つだけ違ったのは、彼女をこの世に引き摺り下ろしてくれたのは医師だったということです。

たまたま当直のアルバイトとして勤務していた若い医師が、自分の所属していた防衛医大病院に連絡を入れて転院の手続きを取ったのです。

ほぼ丸一日に及ぶ手術が行われて、助かっても何らかの後遺症が残る可能性を示唆されていたそうです。

今でもピンピンしている彼女は、内向的だった面影は全く無くなってしまうほど超アクティブに。

パラセーリングやスキューバダイビングなど、以前の彼女なら絶対に挑戦しないようなことに挑み始めました。

そしてドイツへの移住。

母親の死には14日間の隔離で間に合いませんでしたが、子供二人を授かって幸せに生きています。

FUKUSHIMA 50

この映画、実名がたくさん出てくる中にあって政治家の名前と電力会社の名前が仮名になっています。

最前線で命を張って戦った人間達が生きた証なのに、彼らが所属していた電力会社は実名の公開を渋る。

『絶対に安全でクリーンな夢の発電』

と国民を欺いて膨大な国家予算を注ぎ込んで次々に建てられた原発。

私の父の会社が建造した縁で乗せていただいた『原子力船むつ』も、放射能漏れで日の目を見ることなく原子力船としては引退。

今考えれば、技術的難題が山積みだったと思うのです。

常温核融合、レーザー核融合など、本当に安全な原子力発電の研究が行われていますが、まだまだ道半ば。

『絶対に安全!!』

などありえないと、声を大にして世界に訴えることができる国は日本しかないのです。

ロシアや中国でこんなことを発信すれば、あっという間に口封じされてしまう。

日本は広島、長崎で被爆して悲惨さを熟知している。

『原子力を平和利用しよう!!』

そう訴えて福島の事故です。

『15メートルの津波は想定外だった』

そう言い訳したのに、脱炭素やSDGsの影に隠れて原発推進を政府が進めている。

安全でクリーンなはずだった夢の発電が想定外の津波が来て大惨事になったのに、今度こそは絶対に安全だと。

フェイルセーフの考え方で『絶対に安全』と言われていたボーイング747。

通称ジャンボ。

パイロットになることを夢見ていた私にとっての憧れの飛行機でした。

『圧力隔壁の破損は想定外だった』

想定外の前にフェイルセーフはあっけなく壊れ、524人の命を乗せた日航ジャンボ機はパイロット達の死闘の甲斐もなく御巣鷹の尾根に激突しました。

近年では、メカニカル設計に無理があるバランスの悪い機体を最新鋭のエレクトロニクスがカバーした筈のボーイング737MAXが2度にわたって墜落しました。

センサ異常で暴走を始めた機体と戦い続けて命を落としたパイロット達がいる。

犠牲になった乗客がいて、それぞれの家族や大切な人がいる。

FUKUSHIMA 50にも描かれていますが、最前線でメカトロニクスの想定外と戦った技術者達がいて、その家族や大切な人がいるのです。

想定外を徹底的に排除する努力を怠らない日本のメーカーの考え方は素晴らしいと思います。

反面

『これくらい大丈夫だろ』

なんてお粗末な見通しで作られた、見た目そっくりのシステムが世界中で見られるようになりました。

中国の新幹線衝突事故を覚えていますか?

担当高官の命令で、証拠隠滅のために埋められそうになったあの新幹線です。

あの国では48基の原発が稼働中です。

絶対安全だと信じることができますか?

一度も大きな事故を起こしていない日本の新幹線。

その国でさえも犯してしまった想定外が引き起こした大事故。

被害が甚大すぎて共産圏でさえも隠し切れなかったチェルノブイリの大事故。

想定外の事故に纏わる機器やシステムの設計を担当した人たちや、導入を決めた政治家達の思惑やドラマを描いた映画や書物は存在しないのでしょうか?

3件のコメント 追加

  1. netdeduessel より:

    あの時のあの映像には私も息を呑みました。

    毎朝釘付けで見て、どういうわけか号泣してしまいました。

    どういう偶然か、家内を通じて通訳仲間の知人から、ドイツの救助派遣部隊に付く日独ボランティア通訳を募集しているという情報が入りました。

    家内から来た情報なので、「おっ、家族4人をドイツに残して参加しに行っても良い?」

    と勘違い?してすぐに応募しました。

    でも残念ながら採用通知は来ませんでした。

    勝手な想像ですが、わざわざドイツから飛ばなくても、日本側で見つかったのだと思っています。

    でもその結果、ドイツは危ないと判断して、救助隊を現地に送らずにドイツに送り戻したそうです。

    それを聞いて、「何てダサい!」

    やはり世の中は「塞翁が馬」

    そのスジで行かなくて良かったとなりました。

    もし次があった時には、何とか採用されようと、自然療法士の学校に行って医学を学び、ドイツの水難救助隊資格の一番上であるゴールドを取得しました。

    でもよく考えてみると、そんな悲惨な天災が来ない方が良いのです。

    でも、日本の地理的な国土ではそれは無理な願いのようです。

    ちなみに私も過去に2度、それぞれ1年づつ無職を経験しています…

    いいね: 1人

    1. 行動力に脱帽です。難しい資格まで取得されるなんて。
      悲惨な天災が無い方がありがたいですが、天災を悲惨にしてしまう政治的な間違った何かを感じます。
      気のせいなら良いのですが。

      いいね: 1人

      1. netdeduessel より:

        あの映像に動かされました。
        でもすいません、詳しく書きませんでしたが、学校の方は難しくて1年で脱落しました…😰

        気のせいではなく、メディア、政治、行政には本当に呆れます。

        今回の私のコメント、そのまま私のブログに使わせていただきました。

        いいね: 1人

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