2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ &実力も運のうち〜能力主義は正義か?

皆様こんにちは。パッチングワーカーです。

数回に分けて、自分が得意としていることをテーマに書いてゆきたいと思っています。

いつもと毛色が違うのですが本気です。

おかしいと思わないでくださいね。

2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ

少し古い情報(約1年前)になってしまいますが、【2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ】を読まれたでしょうか?

何十年もかけて変化していた世の中が数年で変わる時代が既に到来し、これから起こることを丁寧に解説してくれている良書です。

ニッポン放送を入り口にしてフジテレビの買収を仕掛けていたホリエモンが『インターネットの時代がすぐにやってきて、テレビの価値がなくなるよ!!』

そう力説していたけれど、フジテレビの経営陣だけでなくメディアの誰も相手にしていませんでした。

でもそんな時代が来てしまって、YouTubeに上がった面白い動画をネタにした番組や、NewsPicksが取り上げた内容をパクってネタにするなんてレベルの低い番組を展開するほど、今となっては広告収入が激減していて先が見えないテレビ系メディアなのです。

With CoronaもAfter Coronaも、NewsPicksで落合洋一さんが作った言葉なのに、あたかも自分たちが作った言葉のように振る舞う民放が鼻について仕方がありません。

ちなみに【2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ】の日本語版は、ニュースピックスパブリッシングから出版されています。

実力も運のうち〜能力主義は正義か?

この本はハーバード大学政治哲学教授のマイケル・サンデル氏が執筆されたすごい本。

ハーバード白熱教室で有名な方です。

『努力と才能で、人種や階層を乗り越えて人は誰でも成功できる!』

という風潮に疑問を呈しているのです。

一見【2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ】とは全く関連のない世界のような気がしますが大アリなんです。

本の要約を解説する目的ではありませんので、ざっくりとお話しします。

先ずは高収入を得ている人達の仕事は、物を作る仕事ではなく資金を運用する仕事。

その流れが常識化して、昔ながらの仕事に払われる報酬が微々たるものになっていること。

高い報酬を得られる職に就くためには、大学での学位が物を言う。

その風潮から、学歴や能力が低いことは社会的敬意の喪失につながっている。

古くからの労働の尊厳を傷つけ、大学へ行かなかった人々を劣等感に陥れる。

それが証拠にアメリカでもイギリスでも学歴が国を分断している。

トランプ政権の発足や、イギリスのEU離脱は非エリート層の不満の爆発が引き起こした。

高学歴者はグローバリズム、低学歴者はナショナリズムに傾注する。

オバマやクリントンは大学の学位の価値を全面に押し出して、労働者階級の失望を買ったことをトランプは利用して勝利した。

ハーバード大学の学生も、東京大学の学生も過半数以上が裕福な家庭の出身という事実。

裕福な家庭に生まれたのは運!

運も実力のうちと正当化する輩の、後進国に生まれて子供の頃から働いて家族を支えなければならない境遇に生まれない自信は何なのか?

ただ、虐げられた人種に生まれても努力でのし上がった人を称える(少なくともオバマはそう主張した)行為は、才能を持って生まれることも運であるという事実を見失っている。

能力主義の目的は不平等の解決ではなく不平等の正当化なのだ。

能力主義社会にとって重要なのは、成功を得るために必要な機会が全ての人々に均等に与えられていることであり、そこでは各人の能力差という問題が無視されている。

裕福な家庭に育った幸運、生まれつき与えられた才能を持っている幸運と宝くじに当たる幸運と何が違うのか?

みたいな内容です。

大学教育が大きく変わる(予感)

高度な教育って何だろう?

大学で何をどうやって学ぶのだろう?

Covid-19の蔓延で世の中が変わり始めました。

生産活動が滞り、リアルの買い物の機会が奪われ、半数近くの業界が打撃を受けています。

旅行業界や交通関係、外食産業に至っては壊滅的です。

これらの業界に従事していた人たちが苦しんでいるわけですから、巡り巡って世の中全体が不況に陥ってくると思います。

経済活動を止めないために各国が行っている潤沢な資金のマーケットへの投入は、一部の業種(特に先端技術)を潤わせた後行き場を失って株式市場や先物市場に流れ込みました。

コロナ前の通貨の流通量と比べ物にならない量の通貨が市場に流通しているわけですから、実態と乖離した株式市場が形成されているわけです。

でも、お金が潤沢に回っているのは全てバーチャルな世界です。

マイケル・サンデル教授が言うところの

「高収入を得ている人達の仕事は、物を作る仕事ではなく資金を運用する仕事」

での出来事です。

お金で買う農産物、海産物、畜産物、家具、電化製品、自動車はバーチャルでは作れません。

これらを生産する仕事は絶対に無くならないわけです。

タクシーの運転手がAIにとって代わっても、スーパーのレジが自動化されても、農産物の工場が作られても、形を変えて新たな仕事が生み出されることでしょう。

運が良くて高等教育を受けることができた人たちが群がっているのが資金運用の業界であるだけなのです。

世界中のありとあらゆる人たちが平等に高等教育を受けられるようになれば、たくさんの業界が生き返って、社会的敬意の喪失につながっていた職種にもやりがいと労力への正しい対価が支払われるようになり、自信を取り戻すことができると思います。

それによって、少なくとも「生まれた環境」と言う制約は小さなものになり、才能を磨きやすくなるでしょう。

なぜこんなことを突然書いているかというと、LMS(Learning Management System)に関わっていて長いこと軽視(日本では)されていたにもかかわらず、Covid-19の蔓延によって状況が一変していることを目の当たりにしているからです。

国も自治体も、今頃ICTを唱え出しました。

結果的に各家庭にiPadやPCが行き渡ることとなりました。

公立の学校では、リアルの授業をZoomで中継するといった初歩的な環境からスタートしていますが、限界が来ることは目に見えています。

ただし、その限界を先生たちが体験することに意義があります。

日本の大学向けLMSは『リアル授業のサポート』という観点で設計されており、出来る事はマイクロソフトのteamsなどとあまり変わりません。

しかしながら世界の先端を走るLMSはそうではありません。

あらゆる工夫が凝らされていて、リアルの授業が全くなくても効率的に学ぶことができるように設計されています。

これは凄いことで、世界最先端のLMSを全ての家庭に端末が行き渡った日本に導入することで、たとえ貧しい家庭に育っても、登校拒否になっても、高い水準の学ぶ機会が保証されるわけです。

大学教育で言えば、少なくとも1年生から2年生、実験や実習のない学部や学科であれば3年生までキャンパスに出向くことなく学習出来てしまいます。

それを前提にした教育プログラムを策定することで、地方に住む学生でも自宅から学ぶことができるのです。

大学もドラスティックなビジネスモデルの変革を求められますし、進学や就職の考え方も大きく変わり、それに逆らえない(変われない大学は淘汰される)時代がやってきます。

サンデル教授の言う問題を全て解決するには至りませんが(個々の持つ才能は生かすべきです)、高等教育を受けることの経済的な壁は低くなり、考え方を一新できるチャンスが出てきます。

創出された地方に住む優秀な若者たちが、新たな発想で地場の産業を活性化させることで、物を作る仕事で高収入を得る時代がやってくると思うのです。

大学は、今を凌ぐ目的だけでZoom授業を行っていたらあっという間に潰れてしまう時代に突入しました。

私は、大学教育自体が万人に開かれて、社会に出た後でも学びやすい環境になると思っています。

教育の質さえもオープンになる日が来ると思うのです。

学歴の意味が大きく変わる局面にいるのです。

最先端のLMSの内容については別の機会に書かせていただきます。

最後までお読みいただきありがとございました。

“2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ &実力も運のうち〜能力主義は正義か?” への2件の返信

  1. いろいろと話がずれてしまい、まとまりのない文章になると思います。申し訳ございません。

    私は自分が大学を卒業する25年前から、何故日本は「生涯教育」というものを考えないのだろうかと思っていました。
    その頃も、今も、新卒で正社員になれない場合、余程の資格や一流大学ではないと中々正社員になれないのが大方です。
    一度線路から外れると線路に戻れない。

    高卒と大卒での給料の差が問題なのかは定かではありませんが、「大学」とは呼べないような大学に進学する子供もいます。
    結婚、出産、介護、配偶者の海外転勤などやむを得ない事情で仕事を辞めても、勉強をし続けたり、アルバイトをしたりしても、勉強やアルバイト経験はおろか、育児や介護の経験もキャリアとは一切認めてくれない社会です。

    高卒で一度社会に出てから、自分の興味の分野が出来て、自分が貯めたお金で大学に通う。大卒でも同じように仕事上必要な知識を得るためにもう一度大学や大学院へ通う。そしてまた社会人として戻れる仕組みを作る。その仕組みがあるのは、私が世間知らずなのかもしれませんが、知る限りでは大手のエリートたちがアメリカでMBAを会社のお金で取りに行くくらいしか思い浮かびません。

    もう一つはIT関連です。私の卒業した学部は、情報処理が必須科目の学部でした。ブラインドタッチから始まり、メール、C言語でのプログラミング、PCや映像を使ったプレゼンなどを行っていました。そして、社会に出て大学より社会の方が遅れていることに愕然としました。

    たまたまですが、このコロナになる前に、知り合いの教育関係の人に相談されて、不登校の子供たちへのZOOMでの学習指導の提案もしていました。その頃、全国的にちょうど仕事で使っていたので。このZOOMは別に不登校の子だけではなく、もう一度勉強しなおしたい大人の人、復習などいろんなことに使えると思っていました。

    「生涯教育」と「ITの活用」は30年前からの課題できちんと目を向けていないところだと思います。
    これだけでは足りませんが、「生まれ」「運」「国籍」と言った壁がすこしずつ低くなっていく気がします。
    私が大学で学んだ一番大切なことは「学ぶことが切り開くこと」でした。そもそもインターネットやPCがある時点で貧困の差になっているのは承知ですが、多くの子供たちに教育を受ける場が出来ることを願っています。

    まとまりがなく本当に申し訳ありません。
    パッチングワーカーさんのようにいつかきちんとした文章にまとめてみます苦笑

    いいね: 2人

  2. CoccoCanさん、ありがとうございます。
    WASEDA NEOをご存知ですか?
    早稲田大学が提供する生涯教育の場の叩き台のようなものです。
    お金が掛かりますから、今は企業から送られた人材が中心ですが、日本でもトップクラスの大学が生涯教育に目を向けた事には意義があると思っています。
    早稲田大学は世間より少しだけ進んでいて(日本での話です)、同大学のLMS導入をお手伝いしている最中にコロナが発生しました。
    奇しくも2020年4月スタートという、まるでコロナを予言していたかの如くWaseda Moodleという遠隔教育のシステムがスタートしました。
    企業のシステムと違い、学校は凄い人数が同時にアクセスします。授業があるからです。同じ人数でも企業用のシステムと学校用のシステムではサーバーの負荷がまるで違うので、独自のノウハウが必要なんです。
    そのシステムが荒波を乗り越えながら進化していまして、Waeda NEOにも広がっていくのです。
    世界でトップを走るLMSを筆頭に、e-portfolioという機能が搭載されていて、文部科学省も必須項目として推進しています。(一度は失敗していますが、コロナが成功へと導く筈です)
    これって学生のレジュメです。
    生涯教育にもLMSは必須になりますから、社会人のレジュメは当たり前になってくることでしょう。
    海外を見てきたCoccoCanさんの目からは不思議に映る日本のガラパゴスな考え方も、コロナによって少しずつ変わり始めました。
    今回書かせていただいた大学教育の大きな変化は、新卒採用という枠組みすらも無くさなくてはならない時代に突入すると思っています。
    仰るようなポートフォリオの重要性は、これから増していくでしょう。
    学歴よりポートフォリオが重要視される世の中にならなければ、日本の生き残る道が閉ざされてしまいます。
    平井さんのデジタル庁がスタートしますし、政治のゴタゴタで老害が排除されそうな匂いがぷんぷんしています。
    私も老害ですが^_^
    個人的には、大学教育だけでなく日本の教育システム、就職の常識が大きく変わる真っ只中に居られることに興奮しています。
    CoccoCanさんの考え方、支持いたします。

    いいね: 2人

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