試練を乗り越えるか逃げるか〜心労で髪の毛真っ白の巻

今日はリビング内の引っ越しをしました。

妻の作業机の位置が床暖房から外れていて、寒くて集中できないから。

ほんの少し前までは、床暖房だけで部屋全てが温まったのに、流石に本格的な寒さには対応できませんでした。

私の仕事机は小さな電気ストーブで温めるから動かさずに、温々とぬるま湯に浸かっている本棚を妻の机がある場所に移動して、入れ替えました。

netdedusselさんにお送りするお手玉の製作も暖かい環境で進められます。

netdedusselさん、お待たせして申し訳ありません。今しばらくお待ちください。

午前中目一杯作業したので、ランチはささっとアーリオオーリオペペロンチーノ。

茹で時間7分プラス1分で出来ました。

ポイントは潰したニンニクと鷹の爪で風味を纏わせたオリーブオイルと麺の茹で汁の乳化。

茹で上がりにドンピシャで乳化が完了するように時間を合わせます。

まろやかに、そして香りが引き立ちます。

脂っこさが消えてなくなります。

乳化剤を使わない乳化なので、分離する前に食べ終わります。

プチトマトが沢山あったので、アーリオオーリオペペロンチーノロッソになりました。

ボンゴレロッソアサリ抜き^ ^

ボロボロでしたよ

『ブログ〜人生の宝物』では、私たちの歴史を意図的に時間を飛ばしながらご紹介しています。

古い順から先入れ先出しで紹介してしまうと、朝ドラの第1週のように『つまらないかも』って思わせてしまいそうで。

書きながら記憶がどんどん蘇ってくるので、後から内容を挿入するには小説調では難しい。

いきなり壮絶なページから私達のブログにお越しいただいて、コメントくださる方々はとても驚かれた様子です。

読んでくださる方々のショックを和らげる目的もあって、内容に緩急を組み合わせて読んでいただければと思っています。

楽しい思い出も数え切れないほどありましたからね。これからもですけど。

初めて私達のブログにお越しくださった方は、全部読んで欲しいですが、とりあえずサクッとこの3編を読んでいただけるとありがたいです。

https://keiken.blog/2020/12/10/片手で創作するということ〜目覚めてからの試練/

https://keiken.blog/2020/12/11/片手で創作するということ〜目覚めてからの試練-2/

https://keiken.blog/2020/12/11/片手で創作するということ〜目覚めてからの試練-3/

『私だったら耐えられないかも』みたいなコメントを頂きます。

読んでいただいて、自分に置き換えて想像してくださるのはとても嬉しいですし、ブログを書く張り合いにつながります。

正直申し上げます。

私の場合、挫けっぱなしの人生です。

家内が倒れる前も倒れてからも、試練が訪れるたびにへなへなになってました。

ぐいぐい力強く前に進んでいるわけではございません。

チャレンジして、挫けて、チャレンジして、挫けての繰り返し。

42歳で半身麻痺になった妻は、病気のせいで髪の毛真っ白です。

染めてますけど。

私は時を同じくして、心労で髪の毛真っ白です。

グレーに染めてますけどね(^.^) 

白髪が目立つようになったというレベルではなくて、真っ白です。

真っ白になった時、人に言われるまで気が付きませんでした。

それくらい自分を見つめる余裕がなかったんです。

王妃マリーアントワネットが死刑を宣告された時、ショックで一夜で白髪になったという有名な逸話があります。

一夜はあり得ないですが、本当にあるんです。

かなり山あり谷ありの人生を歩んでいるので、生半可なことではへこたれない自信みたいなものはあるのですが、何かが起こるたびに『今回は乗り越えられないかも?』って思います。

『何故、自分に降りて来る試練の大きさが毎回大きくなってるわけ?』

そう思うわけですよ。

でも当たり前なんです。

試練って、乗り越えてしまえば次は試練に感じない。

自力であっさり越えられるからです。

逃げてると、毎回毎回小さなことに躓いてしまうわけです。

偉そうに言っている私は、逃げなかったわけでは無く、逃げられなかっただけですけどね。

苦労は買ってでもしろ??

買うわけないでしょ。

成長を早めたいから苦労させてくださいって?

あなたは天才です。

頭がフリーズ

試練が立ち塞がると、私の頭がフリーズします。

客観的にものを見る事ができなくなる。

目の前の問題しか見えない。

本当に不器用です。

結果的に乗り越えられているから経験値はかなり高くなるので、悪いことだけではないのですが、随分と遠回りしながら試練から抜け出すこともあります。

痛みが大きすぎると耐えられないから、人間は大きな傷を負ったりすると気を失うように出来ていますよね。

それと同じなのかな?フリーズする事実。

精神的ショックから目を逸らす意味で。

神様からすれば、私に試練を与えているのに、したたかに、ずる賢く避けて通ったら意味がない。

経験しろ!!

って言われているのだと、最近は諦めてフリーズした頭と付き合っています。

いらん知恵を絞らないで真っ向勝負で立ち向かうってことです。

頭が悪いのもかなりあるけれど、抜け出した後はアイデアもそれなりに出てくるし、先回りも出来るから、頭が悪いだけではなさそうだと。

神様の仕業だと(勝手に)思っています。

調子良い解釈ですけど。

皆様はどう思いますか?

片手で創作するということ〜目覚めてからの試練その1

目が覚めた後

オハイオ州トレド、セントヴィンセント病院。

死を覚悟するほどの長い昏睡状態から覚めた妻は、ICUを出て一般病棟に移って安定を待ちました。

どんなリハビリをするべきなのか、病院側の準備が始まりました。

失語症で言葉が全く出てこなくなっていたのと、私の言うことも全く理解できない状態でした。

系列のリハビリ系病院から派遣されてきた理学療法士(PT)が、寝たきりの妻をベッドの上に座らせようとしました。

右半身が完全に麻痺していたので体を支えることができず、崩れるように右側に倒れ込んでしまいました。

妻の目から大粒の涙。

不安な気持ちを悟られまいと努めて笑顔で接していた私も、耐えきれずに一緒に泣いてしまいました。

辛さを言葉にすら出来ない妻に感情移入して、大人気なく泣きました。

入院中の日々

病院に併設された家族用アパートメントに子供達と滞在して、毎日毎日妻の元に通ったのでした。

隣にヘリポートがあって、毎日毎日ヘリで患者が運ばれてくる。

ヘリの音を聞くたびに、運ばれてくる患者の家族の気持ちを思って、心がザワザワと揺れる。

アパートメントから病室に渡る長い廊下の横に教会がある。

入院患者の回復を祈る家族がいる。

その先に救命があって、5台以上の救急車が常に止まっていたり、患者を降ろしていたりする。

その先には入院している子供達のための学校があって、一瞬ほっこりする。

そして妻の待つ病室へ。

運ばれてから3週間で退院して、系列のリハビリ施設のある病院に転院。

車椅子にも乗れず、ストレッチャーに乗せられて病院の救急車で移動。

私の頭はずっとフリーズ状態だった気がします。

一変した人生

転院したリハビリ病院で1ヶ月の入院を経て、在宅リハビリに。

車椅子に乗っての退院でした。少しだけ回復。

失った言葉は数パーセント回復。

嚥下障害がひどくて水にとろみをつけないと飲めなかったのも克服。

入院中につけた胃ろうは外されないまま、大量の薬と共に自宅回復へ。

何もかも辛かったけれど、言語聴覚(ST)が英語で行われる事は痛々しくて見ていられなかった。

後遺症で日本語さえも全て吹っ飛んでいたのだから、英語やフランス語が出る筈もなく時間だけが過ぎる感じ。

遠隔での指導などまだまだの時代。

八方塞がりの状態は自分達で何とかするしかなかったのです。

フリーズしていた頭が少しずつ溶け出して、日本でのリハビリを強く意識して調査開始。

家内の生まれ故郷が九州なので、九州で良い病院がないか?

その頃少しだけメディアに登場していた鹿児島大学の川平教授が提唱する【川平法】という脳卒中からのリハビリ。

何度も電話をして取り次いでもらって、「入院できるか保証できないけれど、診察を受けに来なさい」っておっしゃっていただいて。

家族会議(妻は何を喋っているのか理解できなかったから実質3人で)で以下を決定。

  • パパはアメリカでの仕事を諦める
  • 日本でどうやって食べて行くか不安だけど今はママ最優先
  • ママの実家の近くに部屋を借りよう
  • 長男は日本で言う高校1年、娘は中学1年で充実していたけれど日本に転校
  • 鹿児島大学附属霧島リハビリテーションセンターに入院させてもらう(目標)

こんな感じで、家族で力を合わせてママ優先の人生を選択したのでした。

医療費が凄ーく高くて、ん千万円。手出しがね。残り僅かな所持金を手に帰国をしたのでした。

今日はここまでにしておきます。弁当作らないと。

マスクの製作風景〜片手でゆっくり作ります

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