外国人入国時のPCR検査廃止

こんにちは、パッチングワーカーです。

昨日からインドネシアに来ています。

4月5日から入国時のPCR検査が廃止になって、着陸から空港を出るまで1時間かからなくなりました。

ほぼ以前の状態に戻った感じです。

スラバヤに向かうのですが、乗り継ぎに間に合わない可能性がある事を見込んでジャカルタに1泊しましたが次回からはその必要がなくなりそうです。

今回は以前隔離で使用したLe Meridien Jakartaに泊まっています。

空港ではホテルピックアップを頼んでおいたのですが、税関を出るまでの時間が短すぎて迎えが来ていませんでした。

すぐにホテルに電話をして、ピックアップ担当者からWhats Upが届きます。

『今いる場所を特定したいのであなたの顔入りで写真を送ってくれ!!』

との内容です。

今時の確認方法ですよね。

ICTの力に脱帽です。

こんな感じの写真を送りました。

5分以内で無事落ちあうことができました。

Le Meridien

このホテルは隔離の時に投稿したホテルです。

Marriott Bonvoyプログラムのホテルの中でも、プラチナであれば確実にスイートルームにアップグレードしてくれるホテルです。

スイートナイトアワードという確約プログラムを使う必要はありません。

ホスピタリティも完璧なホテル。

ラウンジはロビーにオープンな感じで設置されていて生演奏も楽しめます。

これから始まる地獄の日々?の前に、ゆったりとした気分にさせてくれます。

詳細はBonvoy系ブローガーの報告で確認してください。

私が通していただいたエグゼクティブスイートのリビングの写真と、大好きなillyのエスプレッソが用意されたコーヒーマシンの写真をアップします。

さて、スラバヤに向かいますか!!

想い出迷子

皆様こんにちは、パッチングワーカーです。

昨日遅くまで頑張って、90%程度までの箱詰めを終わらせることができました。

残りは4月末までの生活で最低限必要なものです。

私は星的に天馬と言って同じ場所に留まらない人生を歩むそうなのですが、本当にその通りになっています。

東京で生まれて、2歳で埼玉に引っ越しました。

地元の幼稚園、小学校、中学校までは周りと同じコピペ人生。

高校は地元ではなく浦和に通い、東京の大学に行きました。

大学を卒業するまでは、父が家を建て替えた時に仮住まいに引っ越しをしただけで全く同じ場所で暮らしました。

転校の辛さを味わったことがありませんでした。

就職をしてから人生が変わり始めます。

この会社は一部上場で日本橋に本社があることから、

『通える!!』

などという浅はかな考えも選択の理由です。

有名な会社でしたしね、あまり深くは考えていませんでした。

『残業が少ないと良いな』

なんて、今時の若いもんの発想!やってました。

でも実はこの会社、仕事大好き集団でした😂

そこから天馬としての星が暴れ出しました。

研修で秋田、仮配属で秋田、配属で長野、使えないと思われて(たぶん)大分、縁あってヨーロッパ(行く前に結婚、現地で長男と長女を授かる)、帰国して千葉、退社して横浜、仕事でアメリカ、妻が倒れて大分(無職)、お世話になっている会社の社長に誘っていただいて東京(今の住処)、そして横浜に戻る、わけです。

懐かしくて進まない

そんなわけで思い出だけは濃厚!!

引っ越しをしていると、ダンボール箱から出していないアルバム以外のあちらこちらから懐かしい写真が顔を出します。

その度に手が止まって懐かしむ感じです。

思い出迷子ってやつです。

人の家族写真ほどつまらないものはないですが、やたらと移動していることを感じていただけるとありがたいです。

イタリア、スイス、モルディブ、ケイマン(カリブ海)、シャルメルシェイク(紅海)、エルグーナ(紅海)。

ここにはありませんが、ディズニーワールド(フロリダ)、ディズニーランドパリ(フランス)、コスタデルソル(スペイン)等の写真が出てきました。

4月1日からは娘も社会人。

なんとか親の役目を果たすことができました。

チューブに繋がれた意識のない妻の横で、子供たちと共に祈ったあの日。

一人で育て上げる自信がなくて本当に不安でした。

妻は一命をとりとめてくれて、想像を絶する大変さながらも家族全員生きてこられたことに心から感謝しながら、しばらく停滞していた時期を取り戻すべく人生フライトが大きな音を立てながら再上昇を始めています。

弁当と引っ越し

引っ越しの荷造りをコツコツ進めていたら、思わずアルバムに見入ってしまいました。

一眼レフ(もちろん銀塩)で撮った会心のショットが出てきました。

イタリアはシチリア島の北東部にあるエオリア諸島にあるパナレア島。

以前、このパナレア等について書いた記事があります。

その時娘が大怪我をして大変だった事を書いています。

この写真はその数日後に島内を散歩した時のシーン。

よく見ると娘の右目の横あたりに大きなガーゼが見えます。

今でもうっすらと傷は残っています。

彼らも26歳と24歳です。

Time flies!!

光陰矢の如し。

引っ越しの荷造りの時くらいしか歴史をじっくりと見ないものなんですよね。

メディアの移り変わりがユーザーから見ると本当に最低!!

フィルム写真がデジカメに。

8ミリフィルムからVHS-Cや8mmビデオテープに変わって、そのあとDVCが来て気が付けばSDカードですからね。

せっかく残した思い出を見る機材がないなんてよくある事です。

データ移行がビジネスになるなんて許せないですよ。

私が作っていたカセットテープもVHSカセットも見る影もありません。

久しぶりのお弁当ショット

お弁当は相変わらず作っているのですが、娘用が必要なくなって寂しい限り。

今日は久しぶりに写真を撮ってみました。

大意はありません。

出汁巻卵と鳥もも肉の柚子胡椒風味塩焼き、温野菜のマリネです。

そろそろお弁当作りも終わりかなー?

続・創作意欲

皆様こんにちは、パッチングワーカーです。

憂鬱な確定申告もなんとか終わらせることができました。

皆様はいかがですか?

さっさとやってしまう派ですか?

ギリギリまで重い腰が上がらない派ですか?

何はともあれ納税は義務ですから、やるしかないです。

やっと解放された(仕事からは解放されていませんが…)ので、溜め込んだブログを少しずつご紹介させていただきます。

今日はとっくに完成していた妻の作品をご紹介します。

ゴソゴソとパッチワークを始めたと思ったらバッグになりました。

もちろん片手作品で誰も手伝っておりません。

ってか、手伝える腕を持っておりません…あしからず。

文章はここまでにして、ぜひご覧いただきたいです。

片手が不自由な家内目線から使いやすいバッグを作ったのだそうです。

障がい者=地味、お年寄り=地味

こんなイメージは勝手に作られたものですから、ヨーロッパみたいに皆がおしゃれできるといいですよね。

自己満足のお披露目でした😄

絶望から12年が経ちました

2月15日は家内の誕生日でした。

仕事に追われてすぐにアップできず、今になってしまいました。

バレンタインデーの翌日なので忘れないのですが、我が家にとっては歴史みたいなものです。

12年前の1月17日にアメリカのオハイオ州で家内が倒れました。

重度の脳出血でした。

地元の病院では対処できず全米トップ100に数えられる病院に転送されましたが、意識不明になり4日間生死を彷徨いました。

初日は家族用の宿泊施設に空きがなく、ICUで付き添うことも許されず近隣のホテルで長男、長女と共に不安な夜を過ごしました。

大きな部屋でしたが、3人とも不安で同じベットで過ごしました。

翌日からは病院に併設させている宿舎に空きが出て移りました。

隣はヘリポートで次々と患者が運ばれてきて眠れませんでした。

宿舎から病室(ICU)に行く途中に教会があり、たくさんの家族が祈りを捧げていました。

また、教会を過ぎると玄関先に常に10台近い救急車が停まっていて、次々と患者が搬送されていました。

覚悟をする余裕さえなく、昼は簡易人工呼吸器(切開しないタイプ)に繋がれている家内に寄り添い、時間ギリギリまでICUにいて救急車の大群や教会で祈りを捧げる患者の家族を見て部屋に帰るだけでした。

意識が戻るまで4日間でしたが、それはそれは長く感じていました。

第二の人生12歳

右半身が完全に麻痺し、嚥下障害で水を飲むと咳き込み、失語症で言葉を完全に失った状態で病院を移ってすぐに誕生日を迎えました。

病院の職員や看護師達で家内の誕生日を祝ってくれたんです。

絶望の中の一瞬の明るい話題というか希望というか。

その頃撮った写真をPCに保存していたのですが、悲しいことにハードディスクがクラッシュしてデータも取り出せずに消え去ってしまいましたので、思い出の写真(消し去りたい部分でもありますが)が残っていないのです。

クラウドも無い時代でした。

この辺りのエピソードはは過去に詳しく触れましたので今日はここまで。

家内は生まれ変わって12歳になりました。

温泉にも行くし、少しだけですがお酒も飲むし、ゆっくりですが歩くこともできている。

作品を作る喜びも持っているし、何より家が買えるほどの医療費で家計が大ピンチになったのに、今はしっかりと暮らせている。

感謝しかありません。

家内も四捨五入すれば60歳です😄

もう少し生きて人生を楽しもうと思っております。

同じ日に、神経再生を研究していた娘の修士論文が通って卒業が確定しましたので、少しだけ良いワインを開けて祝いました。

絶望のどん底にいる方も多いと思いますが、生きていれば本当に楽しいことがありますよ。

何よりお金払わなくても苦労できて、経験者として親身になって人助けもできるようになれる。

人の痛みが心の底から理解できるようになるのですから悪いことばかりではありません。

私も何回も変なことを考えたりしましたけれど、生きててよかった!!!

神様の書かれたシナリオを一緒に楽しみましょうね。

感動的なエピローグが待っているかもしれませんよ。

創作意欲

皆様お久しぶりです。

パッチングワーカーです。

2度目の自主隔離中の身でありますが、10日間の隔離が7日に減免されましてあと3日で自由になります。

前回の自主隔離の時は気にしていませんでしたが、隔離アプリにしっかり書いてある。

「(やむを得ず)外出するときは公共交通機関は使わないでください」

だそうです。

コンビニにも寄らないし、人とも接することがない散歩なら良いでしょう!!

ってなわけで、間違っても人と会話するとか近くですれ違う事が無いように注意して早朝散歩で健康管理です。

寒いけれど気持ちが良いボッチ散歩なのです。

こんな感じで美しい景色を楽しんでおります

あとは料理を作ることですかね、楽しみは。

出張中はホテル飯か外食ですから、料理好きには辛いのです。

サクッと牡蠣のパスタ(緑豆のパスタを使ってノー小麦ですよ)

牡蠣出汁満載のスープパスタ

寿司を握ったりとかね。

豊洲市場ドットコムからのお取り寄せネタです

焙煎したてのコーヒーを淹れて新鮮な膨らみに感動したりもしております。

新鮮の極みでしょ

創作意欲

家内が福祉会館でプチ展示をやらせていただいた話を書きましたが、それなりに売れた。

場所柄人なんて滅多に来ないのに、それなりに売れた。

本人は創作意欲は湧き湧きです!!

無くなってしまったがま口の制作や

パッチワークで洋梨の何かを作り始めております。

結構でかい!!

取り止めもなく内容のないブログでごめんなさい。

何気ない隔離生活を切り取ってみました。

そうだ!!どこかの作品展を探してみよう!!

家内のプチ作品展

お久しぶりです。

パッチングワーカーです。

隔離が開けてインドネシアで仕事をしています。

今日はインドネシア情報ではなく、オミクロン情報でもありません。

家内の作品が中野区の生涯福祉センターの1階ロビーに展示されているお話です。

【片手でできるもん】シリーズ〜即興命名でした

何回も話題にしているので諄いかもしれませんが、家内が左手だけで作り上げた作品達です。

絶対に手伝わせない正真正銘の片手作品です。

最近は革細工にハマっておりまして、私へのプレゼントも作ってくれました。

既に福祉会館には任意で通っているのですが、素敵なお話をいただいて二つ返事でOKしたようです。

やりがいにつながりますよね。

お世辞でも褒めてもらえると嬉しいものです。

両手を使っても私には作れません。

ヨーロッパに住み始めた時の家内の猛烈なフランス語の勉強のように、みるみる上達してゆく姿を見るのがとても楽しみです。

ほんとすごいでしょ😃

いつもアホみたいな自慢に付き合わせてごめんなさい。

今日はここまでにします。

コメントいただけたら嬉しいです。

全て伝えます。

茶柱並みに嬉しい事

皆様、遅ればせながら明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

お正月早々コーヒーを淹れたら泡がハート型になって思わず写真を撮りました。

良い歳をしたおっさんが書く内容ではありませんが、何気に嬉しかったのでアップします。

茶柱の独り占めみたいにしないでお裾分けです。

酸味が生きている浅煎りのコーヒーはカリタウェーブで淹れると美味しいです。

個人の感想です。

ブルーボトルコーヒーで飲んだオータムブレンドが酸味がおいしく引立っていたので、ブルーボトルコーヒーのドリップ器具を真似したら美味しく入るようになりました。

ORIGAMIというドリッパーにハリオV60の濾紙を使っても同じように美味しいと思います。

スタバのように超深煎りの珈琲も美味しいのですが、個人的には選りすぐりの豆をシナモンくらいでローストした酸味が立ったものが好みです。

お湯の温度や豆の挽き方、豆の炒り方、ドリッパーの違いで様々な顔を見せてくれるコーヒーに夢中です。

また隔離中です

年末に隔離を終えたのに、またインドネシアで隔離中です。

今回は10日間です。

明日から7日に減免だそうですが、私は10日間の隔離です。

日本に帰国したらまた14日間の自主隔離ですから

『なにやってんの?』

って言われても仕方ないです。

お買い上げ頂いた生産設備が出来上がって船に乗ってインドネシアに到着している。

コロナがなければ普通に技術者がやってきて立ち上げて、次のお客さまには違うメンバーがやってきて立ち上げて…。

そんな流れなのですが(数億円から数十億円の機械です)、

❶ コロナで長きにわたって足止めをくっていたので、マーケットが開いた瞬間に蛇口が開いて人が足りない

❷ 隔離があるので、コロナ無しの時の3倍時間がかかる

❸ 1つのワーキングビザで2社分の仕事が許されていない

特に❸は問題で、以前はシンガポール等に一旦出国して別のビザで再入国して作業する流れでしたが、今は避難先でも隔離、戻っても隔離というわけで、日本に帰らざるを得ない。

遠隔技術を駆使して立ち上げをおこなっているのですが、100%遠隔ではできないのがリアルマシンの泣きどころなのです。

私の別の仕事であるLMS(大学等の教育機関向け学習支援システム)などは、打ち合わせから導入まで一貫して遠隔でできます。

ICTの凄さである訳ですが、今回の機械のようにリアルで必要なものもたくさん存在します。

全員がバーチャルで仕事をするわけにはいかないのです。

今回の機械は、紙おむつや生理用品には無くてなならないフィルムを作る設備です。

予定通りに稼働できなければ品不足に陥ってしまう。

良質な製品(オムツや生理用品を使用しても、漏れないのに蒸れない秘密のフィルムです)が安定供給されないと、困ってしまう人がたくさん出てしまうのです。

そんな訳で、このご時世に隔離を繰り返す

『側から見たら病気を運んでくる非国民!!』

が存在するわけです。

こんな時期ですから、来たくて来ている人は誰もいません。

よく文句を言われる空港検疫に携わっている人だって、国民を守るために頑張っているのです。

絶対に日本に持ち込まない努力を重ねながら、頑張っている最前線がいることだけは知ってほしいです。

年末から正月にかけても遠隔立ち上げのサポートでパンパンでした。

ブログを書く心の余裕がありませんでした。

変な内容が今年最初の投稿になってしまってごめんなさい。

せめてコーヒーの素敵な香りを想像していただければ幸いです。

コロナ最終正月!!

でありますように。

隔離が終了しました

お久しぶりです。

パッチングワーカーです。

14日間の隔離が終わって、やっと自由の身になりました。

隔離中は時間を持て余してブログを描きまくれる、なんていう考えは甘かった。

インドネシアに置いてきた残件処理を遠隔で行うのですが、あちらの8時半即ち日本時間の10時半から大体日本時間の21時くらいまで繋ぎっぱなし。

インドネシアにいる間にちょい置きしていた仕事が爆速ブーメラン状態でやってきて、朝5時から仕事を始めて10時半からはライブでインドネシアのサポート、合間に色々なweb会議に入るという経験したことのないプレッシャーでした。

家族が近くにいるのに何もしてあげられないなんて。

あちらからすれば私は『暇を持て余している隔離おじさん』なわけですから、さっさとやってくれるだろうと思っているフシがある。

実務をアシスタントに丸投げして体制を構築する仕事に慣れきった私は、実務に追い回されてみて良い歳こいて自分の無能さに恐れ入ったのでした。

4番バッター1人だけいても試合には勝てない!

なんて言いますが、

9番ライトだけ守っていたダメな私でさえも、チームのありがたみを身に染みたのでした。

いのちの歌

みなさまこんにちは。

パッチングワーカーです。

大きな問題もなく帰国し、空港職員の方、保健関係者のご努力のおかげでスムーズな入国ができました。

あれだけリスクを抱えながら、スムーズに入国者を受け入れるために努力を重ねていらっしゃる姿を拝見して頭が下がる思いでした。

相手の気持ちになって行動できるのが日本人の美徳だと思っていますが、日本人でさえも時として自分の立場しか考えずに文句を言ってしまうことがあります。

1000キロ離れたホテルへの隔離に文句を言っている一部の報道は間違いか、マスコミの誘導だと思いたいです。

少なくとも私が帰国した際の成田空港内に、文句を言うような不届きものは一人も確認できませんでした。

他国と比べたらものすごくスムーズで、考えられたシステムでした。

大きなリスクやストレスの中で働くスタッフに敬意を表します。

彼らのおかげで、こんな時期に仕事で海外に渡る私のような非国民でさえも、国内でじっとしていらっしゃる方々に迷惑をかけずに安心して入国できました。

本当にありがとう。

ただいま自宅隔離中です。

後日、入国に際して詳しく書きたいと思っていますが、すでに出回っている情報と大きな違いはありません。

これから入国される方々も、今のところはご心配には及びません。

いのちの歌

実は、出国の少し前に突然この歌が私の頭に降りてきてずっと流れ続けていました。

それはインドネシアで仕事している最中も、ホテルで休んでいる時でも頭の中に流れていました。

2008年末にNHK連続テレビ小説「だんだん」の劇中歌として三倉茉奈さん、三倉佳奈さんのデュエットが歌った曲です。

私はこの時はアメリカに住んでいたので「だんだん」もこの歌も知りませんでした。

ただ、私の頭の中に流れ続けている「いのちの歌」は竹内まりやさんのそれです。

家内が竹内まりやさんが好きで、よくカラオケで歌っていました。

この曲が収録されているアルバム「TRAD」も我が家にあります。

なので何度も聞いたことはある。

でもなぜ今この曲が頭の中を流れ続けるのか?

理由は今でも良くわかりません。

生きてゆくことの意味 問いかけるそのたびに

胸をよぎる 愛しい人々のあたたかさ

この星の片隅で めぐり会えた奇跡は

どんな宝石よりも たいせつな宝物

泣きたい日もある 絶望に嘆く日も

そんな時そばにいて 寄り添うあなたの影

二人で歌えば 懐かしくよみがえる

ふるさとの夕焼けの 優しいあのぬくもり

本当にだいじなものは 隠れて見えない

ささやかすぎる日々の中に かけがえない喜びがある

いつかは誰でも この星にさよならを

する時が来るけれど 命は継がれてゆく

生まれてきたこと 育ててもらえたこと

出会ったこと 笑ったこと

そのすべてにありがとう

この命にありがとう

Miyabi 作詞

本当に大事なものは隠れて見えない。

それに気がついた時には大事なものが旅立ってしまっていることもある。

私の場合は妻も両親も、子供たちも生きている。

感謝を伝えられるし、表現できる。

こんな幸せなことはないのです。

そのことに気がついてしまったから、

ささやかすぎる日々の中に かけがえない喜びがある

今の日々は普通ではありません。

だからこそ尊敬や尊重、感謝が大切なんだと思います。

勘違いやエゴを捨てることができるチャンスなんだと思います。

華やかに見えるジャカルタの路地に一歩踏み入れると、

コロナの心配すらする余裕のない、

今日を生きるだけで精一杯の人たちが生きています。

路地裏は日本の昭和40年代前半の世界
ジャカルタの表の顔です

もっと貧しい国にはより沢山の人々が助けを必要としています。

ワクチンが行き渡らない人達が無数にいるのに、

ワクチン供給会社が史上最高益を計上する意味がわからない。

せめて自分は勘違いしないように生きてゆきたいと思わせてくれる。

Covid-19にも感謝なのです。

いつかは誰でも この星にさよならを
する時が来るけれど 命は継がれてゆく
生まれてきたこと 育ててもらえたこと
出会ったこと 笑ったこと
そのすべてにありがとう
この命にありがとう

人はいずれ死ぬ。

そして向こうの世界で再会する。

お金は人間が作り出したバーチャルなもの。

向こうの世界には持ってゆけない。

持って行けたとしても何の価値もない。

ならば独り占めはやめましょう。

出会って笑う。

分け与えて笑う。

分け与えられて笑う。

このWordpressの世界でも出会いがあって、

気づきがたくさんある。

出会ったこと、笑ったこと、

その全てに心からありがとうと思える。

歳とったなあ。

何回聴いても泣ける。

竹内まりやさん、

本当に素晴らしい詩を、

心からありがとう!!

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