片手で創作するということ〜目覚めてからの試練その1

目が覚めた後

オハイオ州トレド、セントヴィンセント病院。

死を覚悟するほどの長い昏睡状態から覚めた妻は、ICUを出て一般病棟に移って安定を待ちました。

どんなリハビリをするべきなのか、病院側の準備が始まりました。

失語症で言葉が全く出てこなくなっていたのと、私の言うことも全く理解できない状態でした。

系列のリハビリ系病院から派遣されてきた理学療法士(PT)が、寝たきりの妻をベッドの上に座らせようとしました。

右半身が完全に麻痺していたので体を支えることができず、崩れるように右側に倒れ込んでしまいました。

妻の目から大粒の涙。

不安な気持ちを悟られまいと努めて笑顔で接していた私も、耐えきれずに一緒に泣いてしまいました。

辛さを言葉にすら出来ない妻に感情移入して、大人気なく泣きました。

入院中の日々

病院に併設された家族用アパートメントに子供達と滞在して、毎日毎日妻の元に通ったのでした。

隣にヘリポートがあって、毎日毎日ヘリで患者が運ばれてくる。

ヘリの音を聞くたびに、運ばれてくる患者の家族の気持ちを思って、心がザワザワと揺れる。

アパートメントから病室に渡る長い廊下の横に教会がある。

入院患者の回復を祈る家族がいる。

その先に救命があって、5台以上の救急車が常に止まっていたり、患者を降ろしていたりする。

その先には入院している子供達のための学校があって、一瞬ほっこりする。

そして妻の待つ病室へ。

運ばれてから3週間で退院して、系列のリハビリ施設のある病院に転院。

車椅子にも乗れず、ストレッチャーに乗せられて病院の救急車で移動。

私の頭はずっとフリーズ状態だった気がします。

一変した人生

転院したリハビリ病院で1ヶ月の入院を経て、在宅リハビリに。

車椅子に乗っての退院でした。少しだけ回復。

失った言葉は数パーセント回復。

嚥下障害がひどくて水にとろみをつけないと飲めなかったのも克服。

入院中につけた胃ろうは外されないまま、大量の薬と共に自宅回復へ。

何もかも辛かったけれど、言語聴覚(ST)が英語で行われる事は痛々しくて見ていられなかった。

後遺症で日本語さえも全て吹っ飛んでいたのだから、英語やフランス語が出る筈もなく時間だけが過ぎる感じ。

遠隔での指導などまだまだの時代。

八方塞がりの状態は自分達で何とかするしかなかったのです。

フリーズしていた頭が少しずつ溶け出して、日本でのリハビリを強く意識して調査開始。

家内の生まれ故郷が九州なので、九州で良い病院がないか?

その頃少しだけメディアに登場していた鹿児島大学の川平教授が提唱する【川平法】という脳卒中からのリハビリ。

何度も電話をして取り次いでもらって、「入院できるか保証できないけれど、診察を受けに来なさい」っておっしゃっていただいて。

家族会議(妻は何を喋っているのか理解できなかったから実質3人で)で以下を決定。

  • パパはアメリカでの仕事を諦める
  • 日本でどうやって食べて行くか不安だけど今はママ最優先
  • ママの実家の近くに部屋を借りよう
  • 長男は日本で言う高校1年、娘は中学1年で充実していたけれど日本に転校
  • 鹿児島大学附属霧島リハビリテーションセンターに入院させてもらう(目標)

こんな感じで、家族で力を合わせてママ優先の人生を選択したのでした。

医療費が凄ーく高くて、ん千万円。手出しがね。残り僅かな所持金を手に帰国をしたのでした。

今日はここまでにしておきます。弁当作らないと。

マスクの製作風景〜片手でゆっくり作ります

【その場凌ぎ】と【とどめを刺す】の決定的な違い

どんなことにも当てはまる。

法則でもなんでもない当たり前。

恒久策と応急策の違い。

なのに若い頃はこれがわからないんですよ。

少なくとも私は出来なくて苦しみました。

何か問題が起こると「十分に気をつけるよう徹底いたしました」っていうあれ。

気をつけていなかったから起こったのではないのです。

問題の素を事前に潰さなかったから大問題になってしまっただけで、現場が気をつけてもまた起こるんです。

当たり前です。問題の真の原因がそこに居続ける限り、また起こります。

人生でも、仕事でも、人間関係でも、病院でも、勉強でも、家事でも、何でもかんでも同じです。多分。

苦い経験

生産機械設計とか生産技術の仕事をそれなりに(いまいちだったかな)やっていました。

ある時その会社がヨーロッパに工場を作ることになりました。

今では1兆円企業です。

ドイツに小規模なカセットテープの後工程(組立、包装、出荷)はあったのですが、ルクセンブルグに完全な生産工場を作ることになったのです。

カセットテープと、VHSビデオテープの工場でした。

プロジェクトに入って、結果的に結婚して赴任しました。

700名以上が働く大きな工場を一気に作りました。

聞こえはとてもいいけれど、日本からやってくるメンバー以外は全て未経験者ってことですよ。それは大変な日常でした。

月400万巻くらいのVHSを生産できる工場でしたが、なかなか安定生産にはなれませんでした。

チェーンの緩みとかネジの緩みとか、ベテランになったら当たり前のこともわからず、発生する問題をとりあえず治して生産する毎日でした。

来る日もくる日も同じような問題でトラブル発生。

ネジが緩んで問題が発生するなら、緩まないようにすればいいんです。

振動があるならそれをなくして、万が一緩む環境になっても緩まないようにすればいい。

ネジロックで固定したり、回り止めのピンを打ったり。

ユニットが振動で動いてしまうのなら、振動を抑制してから動かないようにテーパピンを2箇所打つ。

動かなくなるし、メンテナンスなんかで外してもあっという間に元の位置に戻せる。

当たり前のこと。でも知らなかったし、ゆっくり考えることもできなかった。

恥ずかしい過去です。

乗り越えた先

安定して生産できるようになったら、次は増産です。

1.2秒に1個出来上がる組み立てラインを、0.9秒に1個組み立て上がるラインに改造する。

最大加速度を0.5g以下に抑えながら工夫して安定化させる。

F=maだから、軽量化と加速度を下げてやれば負荷が減る。その理論を応用して改造する。

楽しかった。苦しんで学んで良かった、そう思いました。

最後は月540万巻まで生産できるまでになって、作り続けました。

その後はMDプロジェクト。

こんな私に任せていただいた。嬉しくて。

全ての生産機械をヨーロッパで調達することになって、忙しく楽しく働いて。

そのころは「その場凌ぎするなよ!!」なんて偉そうに言ってました。

右のMDはヨーロッパ限定モデル。

左は、日本に帰るときにチームのみんなが作ってくれたオリジナルMD。

自分たちで作ったスクリーン印刷機で家内と私の姿を印刷してくれた宝物。

振り返るとびっくり。カセットテープもVHSもMDも無くなっている。

でも、【その場凌ぎ】を絶対にしないで【とどめを刺す】ことの大切さを学んだ。

私のもう一つの宝。

ゾッとした

当時のヨーロッパ社の社長、日本での肩書きは部長だったSさん。

ヨーロッパの成功を受けてトントン拍子で出世して、親会社の社長に。

日経新聞に大きく取り上げられた時の記事。

「毎日工場を視察するけれど生産できていない。運ぶ荷物がないトラックの数をみてゾッとした」って書いていた。

ごめんなさい。私の仕業です。

相手の顔が見える作業

なんだかわかりにくい題目でごめんなさい。

仕事、家事も含めて何かを生み出すこと。

お金だけではなくて、満足とか、生活の質とか、感謝とか、やる気だったり。

私は個人でやっているレストランがいいなと思っているのですが、その理由は作り手と食べ手がお互いに顔を見ることができるから。

大学生の時デニーズでアルバイトをしていました。キッチンで。

ハンバーグを焼いたり盛りつけたり、オムレツを作ったり、フライドポテトを揚げたり。今はなき志木店(埼玉県)でしたが、チームの雰囲気が良くて楽しくて仕方がなかったのを覚えています。

でも、お客様の顔を見たことがありません。満足している顔、不満足の顔、クレームを受けるのもMD(ミスデニーズ=ウエイトレス)の仕事です。

キッチンは報告を受けることがあっても、お客様に直接会うことがありません。

システムができていて素晴らしい環境です。味もバッチリです。

でも顔が見えないんです。

家事

家事って、お客様の顔を見ることができるホテルみたいなものです。

綺麗に清掃された風呂に浸かって喜ぶ家族を見て満足できる。

美味しいと喜んでくれる顔を見て、「次は何を作ろうかな?」って思う。

パリッとアイロンで仕上げたワイシャツで出かけるご主人を見送って満足する。

綺麗にベッドメイクされた寝床で安らぐご家族を見て幸せに浸る。

美味しいって言ってくれる事のために、とびきり美味しいコーヒーを淹れる。

風呂上がりの満足のために、ふわふわのタオルを用意する。

ワインを美味しく飲んでもらうために、美味しいおつまみを用意する。

トイレも綺麗に、食器も綺麗に、部屋の香りも、洗濯物の匂いも全て喜ぶ顔を見たいから。

違いますか?

顔が見えるということ

私の話で恐縮ですが、料理するときは家族の喜ぶ顔を想像しながら作ります。

いい顔をして食べてくれると、それだけで幸せな気持ちになります。

家内が病に倒れて九州(家内の実家の近く)で無職リハビリサポーターを経て、ナポリピッツアの店をやっていた時の話です。

4日間も生地を熟成させて作るピッツアは成形がとてもしにくいのですが、400℃の石窯の中で弾けるように膨らみ、何とも言えない芳醇な香りを放ちます。

オーバーナイト法と言われている方法で一晩寝かせるのが一般的ですが、息子が冷蔵庫の奥に生地を忘れていたのがきっかけで掴んだ4日間低温熟成生地。

外側はサクッと、中はモッチモチと表現されるナポリピッツアですが、生地が放つ香りはあまり話題になりません。

4日間超低温熟成させた生地は、小麦粉、塩、酵母、水だけが原料とはとても思えない芳香。引き算料理の最たるもの。

でも、田舎町のこじんまりとした店でしたから、最初は期待しないで来店するお客様がほとんど。

石窯の前で、明らかに期待していないであろうお客様の顔をそーっと覗きます。

美味しい顔とかではなく驚きの顔!!!!

ガッツポーズです。

顔が見えること。

やりがい、幸せ。

そして感謝

一人で来店して、店に足りないところをさりげなく指摘していただいていたお客様がいらっしゃました。

本当に店のことを考えて言ってくださっているのがわかって、言われたことはすぐに実行していました。

ピッツアの味だけは指摘されたことがありませんでした。

お互いに顔が見えている、とてもいい関係でした。

ある時、タクシーに乗って来店されてタクシーの運転手さんにもピッツアを振る舞われていました。

「ちょっと体壊してね。病院抜け出して食べにきたよ」

病院からは約20キロメートル。わざわざ食べにきてくれました。

そのうち忙しさに紛れて、そのお客様がいらっしゃらなくなった事を気にしなくなっていました。

ある日、女性3人組のお客様が来店されました。

見るからに3世代。

3名ともマルゲリータをご注文になったので、3種類を別々に頼まれてシェアされたらどうか?とお勧めしました。

最年長のお母様が「主人がここのマルゲリータが大好物だったので」と仰いました。

癌で亡くなられていました。

悲しみとともに、感謝の気持ちが湧いて来ました。

いろいろと考えてくださっていたし、味には満足していただいていた。

本当にありがたかった。顔が見えていて良かったと。

お供えいただきたいとマルゲリータをお持ち帰りいただきました。

はい、感謝です!!

主婦の偉大さについて〜イメージと現実

ルーティーン

朝早く起きて、自分だけの時間を作ります。

暖房を入れて、湯沸かし器をセットして、洗濯機を回して、PCの電源を入れます。

家内と娘と自分の分の弁当の仕込み、特に付け合わせの野菜をレンチンして手作りかんたん酢とブラックペッパーをかけて冷蔵庫に。

お湯が沸いたらゆっくりとコーヒーを淹れます。これは自分の分です。

1時間半ほど自分のやりたいことをして、とっくに終わっている洗濯物を干します。

弁当のメインディッシュ(例えば味噌漬けにしておいたチキン)をロースターに放り込んで焦がさないようにゆっくり焼きます。

寝る前に作っておいた出汁巻き卵、付け合わせの野菜たち、焼き上がったメインを切って3つの弁当箱に詰めていきます。

彩を意識して美しく。下の画像はすでにアップ済みのものです。あしからず。

掃除は家内が頑張ってやってくれますが、幸いバリアフリーの住まいなので毎朝10時からルンバくんが綺麗にしてくれています。

昼は仕事に出ていますし、娘は大学院、家内は迎えの車に乗って福祉会館に出かけています。

福祉会館から帰った家内が洗濯物を取り込んで、アイロンもかけてくれます。

これが本当に助かります。

会社帰りに買い物をしながら今晩のおかずを組み立てます。

佐賀吉野ヶ里のあいちゃん農園さんから送っていただいている有機野菜があるので、足りないものを補完する感じ。

風呂の掃除は家内が頑張ってくれます。半身麻痺ですよ。嫁、凄いんです。

娘は何もしないの?朝6時半に家を出て2時間半かけて大学に。帰ってくるのは早くて20時半なのです。母親の病気に影響されて「神経再生」を研究してます。そっちに集中してほしいのです。週末はしっかり手伝ってくれますが、今は土日も学校に行ってます。コロナでテレワークが重なって出来なかった実験が多数!!大変そうです。

社会人になる前に通学で鬱になりそう。

娘が20時過ぎくらいに帰れる日はできるだけ3人でご飯を食べます。息子が一緒に住んでいたときは4人で食べていたから3人でも寂しいです。

食器の片付けは娘がやってくれて、家内のマッサージも娘がやってくれます。

私は甘えて、少し自分の作業をします。

主婦業

主婦業は多彩です。

  • 弁当作り            30分
  • 朝ごはん作り          15分
  • 洗濯物干し           15分
  • 掃除              30分   
  • 風呂洗い            15分
  • 食器洗い            15分
  • 洗濯物取り込み         15分
  • 洗濯物たたみ          15分   
  • 洗濯物収納           10分
  • アイロン掛け           20分   
  • 裁縫等             15分
  • 晩御飯作り           30分
  • 買い物             30分
  • お金の管理           15分

        ここまでで   4時間30分  

  • 子供がいるのであれば学校関係  60分
  • 送り迎え等           60分
  • 働いているなら通勤・仕事    沢山

どうでしょうか?

弁当作り、ご飯作りはプロのコックさんと同じ仕事。

洗濯物関係はクリーニング屋さんと同じ仕事。

その他だって家事。家事代行の金額、高いですよ。

一番言いたいのは「家事ってマイスターの仕事」だってことです。

慣れないお父さんが高いレベルでできる仕事ではありません。プロの仕事なんです。

私が考えつく仕事だけでも5時間近く。

仕事しているお母さんや、子育て中のお母さんなら、完全にオーバーフローを起こしている。

最大の問題は「お父さんは、主婦業は簡単だと思っていること」

今からでも遅くありません。まずは感謝しましょう。

Officeもろくに使いこなせないおじさんが、クリエイターの仕事を低く見ているのと似ているかな。自分のしていることが一番大変だと思う間違いですよ。

家事ってお父さんには出来ない仕事ばかりですよ。

信じられないならやってみてください。

部下に言っているように

「詰めが甘い!!」って言われること間違いなしです。

餅は餅屋。リスペクト!!!

「100日間コンビニ弁当生活」を読んで蘇った想い出

ネットサーフィンしていて偶然見つけてしまったこのブログ。

進撃のグルメさんはこの企画以外にも壮絶な食べ歩きなどをされています。

コンビニ弁当に関してはとても辛い経験があって、すぐにその経験を思い出したのですが、【進撃のグルメ】さんは冷静に健康的な事にも言及されています。

もちろんポジティブなことが沢山書いてある「100の気づいたこと」の中から、ネガティブな内容だけをピックアップしました。

決して悪意を持って切り出した訳ではありませんので、ご理解ください。

抜粋(わかったこと100個から)

 43、コンビニ弁当は身体に悪いとよく言われるので、水をたくさん飲むなど健康に気を遣う
 51、身体が臭くなる
 52、合わせる飲み物は、水が一番良い、お茶では体内がスッキリした気がしない
 54、80日目を超えたあたりから、体調が悪くなる
 55、90日目から、本当にきつくなる
 56、長時間集中できなくなる
 57、お腹が空いていても、「コンビニ弁当なら食べなくてもいいかな。」と思うようになる
 58、体臭の異変に気づいて、不安になり、健康を気にしはじめる
 59、完全に消化してから寝ないと、起床時の胃の不快感が凄い
 60、ジャンクフードの食べ過ぎが、うつ病に繋がるという理由がなんとなくわかる
 61、大まかな意味で、味はどれも同じ
 62、食に楽しみを感じなくなる
 98、冷静に考えたら、賞味期限が長すぎて怖い
 99、健康や食べ物について、改めて考えさせられる
 100、本当は100日超えて、ずっと続ける気で始めましたが、無理でした
 

私の経験

大学を卒業して、一部上場のそれなりに有名な会社に技術者候補として希望に燃えて^ – ^就職しました。

半年の研修を終えて、最初の赴任地が長野県にあるテクニカルセンターでした。

私の上長というか、先生役の方が早く家に帰らないタイプの人で、仕事がなくても毎日夜9時10時は当たり前の日々でした。

自分で帰宅時間を決められない(先生の気分で決まり事前にはわかりません)生活も苦痛でしたが、もっとキツかったのは食事でした。

入っていた会社の男子寮は、夕食の門限があって午後9時に食べ終わること。

そうなんです、絶対に食べられないんです。

『夕ごはん食べられないから早く帰りたい』なんて、当時の私には言えなかった。

幸い?勤務先から寮に帰る道のりにはセブンイレブンがあって、毎日疲れたメンタルを背負って弁当を買いに行く生活をしていたのでした。

コンビニ弁当に使われている防腐剤、栄養バランス、濃い味付け…なんていう知識も感覚も持ち合わせていない若かりし頃の話です。

お腹は空いているのですが、どの弁当が食べたいのか分からない。

どの弁当も同じ味に感じる。

当時持っていた感覚なのですが、進撃のグルメさんは

61、大まかな意味で、味はどれも同じ

と表現されています。

極め付けは、半年経ったくらいから風邪が治らなくなって、扁桃腺が腫れっぱなしになって、医師に処方された薬で逆に悪化して、の繰り返しになりました。

薬の副作用を抑える薬が処方されて、その薬の副作用で免疫が乱れて(多分)風邪をひきやすくなる。

少ない情報を集めて(インターネットなんかない時代ですから)、自分の体が薬漬けになっているのだろうと察したのです。

薬抜きは本当に大変でした。

対症療法をしなくなるわけですから、一時的に体は余計辛くなる。

出口が見えていないし、医師の指導があったわけでもないから、心が揺れるんです。

間違ったことをしているのではないか?って。

薬抜きも大変でしたが、食事も大変。

コンビニ弁当を食べないと決めたけれど、相変わらず寮に帰るのが10時過ぎみたいな生活をしていました。ボロボロ(°▽°)

メンタルもボロボロ。

「こいつ使えない」そう評価されたのだと思います。九州にある工場に転勤が言い渡されました。

ただ、健康という意味では救いの転勤でした。

今の家内とはこの工場がある街で知り合ったのですから、結果的にはコンビニ弁当万歳なのかもしれません。

今でもコンビニの食べ物をいただくことはあります。

気をつけているのは続けて食べないこと。

技術が高くなって、使っている薬品類は激減していると思いますが、コンビニにとって一番怖いのは数ヶ月後や数年後にやってくる原因不明の不調ではなく、すぐに原因が特定される食中毒ですから、何らかの対策は行われているのだと思っています。

間違っていたら教えてください。

愛情大切

コロナ禍になる直前、2019年12月。

この年の海外出張が少なすぎて、マリオットBonvoyの宿泊日数がプラチナ維持に5泊足りない。

それが判明したので、ウエスティン東京に5泊することに決めました。

この泊数はポイントでの宿泊でも大丈夫です。

プラチナだと朝食も2名までは無料だし、会員専用ラウンジではティータイムのお菓子やカクテルタイムのお酒やおつまみまで無料で提供されます。

マリオットBonvoyの宣伝ではありません。お金を使わなかったですと言いたいのです。

高級ホテルの食事ですから、素材も調理も完璧なはずです。

量も調理法も選択できます。

見た目にも美しく、テンションが上がるはずです。

でも、ですよ。

テンションが上がったのは初日だけです。2日目から家のご飯が食べたくなりました。

写真の朝食はフレンチレストランのものですが、ビュッフェでは和食もかなり用意されていて、味噌汁や焼き魚なんかもあります。レベルももちろん高いです。

かなり美味しい!!

でも、家の素朴な味噌汁が恋しくなる。玄米ご飯が食べたくなる。

結局5泊して2回は朝食をパスしました。無料なのにですよ。

プロの料理人が最高の技術で作っている高級ホテルの料理でもそうなのです。毎日食べて満足する設計ではないのだと思います。

コンビニ弁当にはもう一つないものがあります。愛情です。

コンベアで運ばれてくる弁当箱にバイトが必死に詰めていく。バイトからは食べる人の顔が見えません。

ドラム缶のようなな大きな鍋型フライパンでチャーハンを作る。プロのフライ返しと同じスピードになるべく緻密に設計されているそうです。でもごめんなさい。こうして出来たお弁当や冷凍食品は工業製品ですよね。

空腹を満たすためのもの、少しでも安く満足したい、料理したくない。当然です、ありますよそんな状況。

愛情のあるものしか食べるな!なんて事は思っていません。

でもそこって大切かな、って思っている変なやつがいる。だけです。

体が覚えている味が一番なのだと言われています。

幼少期にコンビニ弁当ばかり食べていると、家庭の味が美味しく感じられなくなるそうです。

こんな説教じみた意見は置いておいて、進撃のグルメさんが感じた「コンビニ弁当を実際に食べ続けて感じたネガティブなポイント」を見過ごさないで欲しいと思います。

実際に体が壊れる感じがすると、進撃のグルメさんが訴えてくれているのですから。

アニータ・ムアジャーニさん

最後に、癌による死から生還されたアニータムアジャーニさんのコメントです。

アニータさんに関してはこちらで少しだけ触れています。

https://keiken.blog/2020/11/22/引き寄せの法則/

彼女は癌になる前から食べるものには気をつけていて、なのに何故私が癌になるのだろう?と悩んだそうです。

向こうの世界に足を踏み入れて、何故癌になったのかを理解し、どうすれば癌にならないのかがわかって戻ってきた後の(がんが全て消えた後)食生活について語っていらっしゃいます。

結局、食べたいと思ったら体に悪いと言われているものでも普通に食べるのだそうです。

ただし、体がそういったものばかりを欲しがることは無いと。

健康にならなければという強迫観念の方がダメだとも仰っています。

「自分を肯定して可愛がること」が大切だと。

ちょっと難しいですが、大切なのは感謝して食べることかな?

終わりがいまいちでした。ごめんなさい。

家内が片手で作ってくれたカメラケース

ほんと、宝物です。

ひとりで片手で一生懸命に。

嬉しくて投稿します。

脳出血で倒れて10年が経ちました。

頑張っているのだけれど右手が動きません。

それでもめげずにこんながま口を作れるようになったと思ったら、それだけでは満足できず革細工に挑戦です。

それだけでした。

愛情風手抜き20分弁当

昨日はキツくて何も準備しないで寝てしまった。今朝は早く出かけないといけないし、家内たちの弁当もきちんと作りたいし。

ということで、時短弁当。

生姜焼き風和風ハンバーグ。

これを20分で作ります。

電子レンジを多用します。色合いの秘密はミネラルたっぷりの塩とオリーブオイル。

まず付け合わせにする野菜を適当に切って丼に入れます。

ミネラル塩(我が家はシチリア島の海塩を使っています)とオリーブオイルを少々かけてラップ。600ワットで5分レンジにかけます。

レンジが上がったらブラックペッパー少々と酢、はちみつで軽く味付け。今の野菜は味が濃いからなくても十分美味しい。

玉ねぎのみじん切りとごぼうの削ぎ切り適量にミネラル塩を少しかけて600ワット2分でレンジに。

豚挽肉(たまたまあったから)と片栗粉少々、卵、塩胡椒、レンチンしたごぼうと玉ねぎを入れてしっかり混ぜ合わせます。

ここまでで約10分です。

生姜焼きのタレは、玉葱をすりおろしたもの、生姜をすりおろしたもの、味醂、醤油、晩ごはんならニンニクをすりおろしたものを混ぜ合わせます。分量は感覚なので、時間がある時計っておきます。

よくかき混ぜたハンバーグの種を成形してフライパンで焼きます。片面は中火でふたをして4分、裏返して蓋を取って3分、ソースを入れて強火で1分で出来上がりです。

あとは盛り付けるだけ。レンチン野菜にブマチトマトを加えて色合いを整えて、出来上がり。

何故冷凍食品を使わないかって?

原材料を見てください。それと化学調味料、塩(塩化ナトリウム)も良くない。

ミネラルたっぷりの塩を食べつけると、塩化ナトリウムは舌に刺さる感じです。家内の疼痛に良いと思って始めた自然に近い食材使用でしたが、今では舌が正直に感じ取ってしまうようになりました。

我が家は1:1で玄米と白米を混ぜて、圧力鍋で炊いています。流石に玄米は水に1時間は漬け置きしないと美味しくないけれど、炊くのはたった8分なので圧力鍋は手放せません。

圧力鍋で炊いたご飯を食べ出すと、電気釜には戻れないです。甘くふっくら炊きあがりますよ。お試しください。

看護師の偉大さについて

記憶を辿る

書こうと決めて自分の経験を紐解いていくと、辛かった記憶に対して無意識に蓋をしていた事が手に取るようにわかります。

記憶を呼び出すためにMindNoteというアプリを使って、断片的な情報を整理していきます。

蓋を開けてしまうと、その当時の生々しい記憶が蘇って、その場に戻ったように当時の思考に感情移入してしまいます。

10年前の1月に家内がアメリカの田舎町で脳出血を発症したのですが、発症時の記憶ではなくICUでの記憶を辿ります。

病院で診断された時の話や、桁違いの医療費請求、子供達と寄り添いながら祈った事、家内に任せっきりで何もわからなかったこと、義父、義母の緊急渡米に際してのパスポート緊急発行、私の母に手伝いに来てもらったこと、心優しいアメリカ人の家内の友達の話など、溢れるように思い出されます。

今日はICUでの出来事(の一部)です。

ICUには2週間入っていたので、この話題だけでも何本も書けてしまうほどのエピソードがあります。

家内を救ってくれた看護師のお話をさせてください。

昏睡状態

近くの病院では手に負えなくて、トレドという街の大きな病院に到着したときには、既に家内の意識はありませんでした。

お金を持っているのか聞かれたのは覚えています。無いって言ったら放り出されそうで怖くて、yesって答えました。

かなり危ない状態で、意識は無くなったままの状態がしばらく続くか、最悪の事も覚悟が必要だと言われました。

220くらいに上がった血圧をコントロールする措置が取られ、説明された理由は理解できませんでした(語学力の問題で説明の内容ではありません)が手術はできないと言われました。

脳出血にかかった身内や知り合いがいなかったこともあって、知識が全くなくて困りました。

スマホの時代ではなかったので、情報も取れずでした。

今思うと、目の前で愛する家族が生死を彷徨っている時に、冷静に病気について調べる精神状態ではなかったのは確かです。スマホを持っていても調査出来なかったと思います。

既に通算12年以上と海外生活は長かったのですが、この時ほど海外に住んでいることを後悔したことはありませんでした。

海外移住の話なんかが話題になりますが、いつかネガティブなことも知らせたいと思っています。良い話ばかり聞いて実行して後悔するのはよくないと思うから。

話を戻します。

昏睡状態は4日間続き、5日目の朝の出来事でした。

1日に1回だけ顔を出す担当のお医者さんが病状説明の中で『簡易人工呼吸器だと口から感染リスクが高まってしまうし、まだ暫く今の状態は続くので今日中に喉に穴を開けてきちんとした人工呼吸器を装着すべきだ』と。

頼み込んでICUに居させてもらって、できる限り長い時間家内に付き添っていたので、素人ながら快方に向かっていることを感じていました。もちろん昏睡状態のままでしたが。

その日は金曜日だったので、週末に急変でもされたら厄介だから急いだのかもしれません(私の主観です)。

『週末に何かあっても文句言いません。だから喉に穴を開けるのは月曜まで待ってください』そう言いました。

喉に穴を開けて助かった人が、後々塞がるまで辛い思いをすることは知っていました。自分にとって大きな賭けでしたが、1日に1回しか生身の家内を見ていない先生より、ずっと近くにいる自分の方が正しいとも感じていました。具体的には何のアイデアも無かったのですが…。

医師はこう言いました。

『わかりました。でも2、3日でよくなる事はないよ』

看護師の英断

担当の看護師がその日の夕方にやってきて、『今日から呼吸器を外すトライアルをするわよ。先生の許可は取ったから大丈夫!!』

私と医師の会話を聞いて、応援しようと思ってくれたそうです。看護師は医師と違って、患者密着なので、私と同じ感覚を持っていたそうです。

まずは鼻に通された管をゆっくりと抜く作業をします。

別の看護師がモニターを注意深く確認します。アメリカでは、看護師に与えられた権限が大きいので、常に判断をしていきます。頼り甲斐があります。

管を抜き終わる寸前に、大量の鼻血が湧き出るように流れ落ちました。驚くほど大量で、とんでもない事になりそうな不安な気持ちでした。

ところが、家内が苦しそうに目を開けたのです。

昏睡状態から抜け出したのです。

脳内に大量に溜まった血が行き場を求めていたところ、鼻の粘膜が切れて流れ出たようでした。

家内の意識は朦朧としていましたが、間違いなく意識が戻ったのです。

その後、沢山の辛い現実に遭遇していきますが、今日のテーマは看護師の偉大さ。

常に患者と家族の近くで力強く見守ってくれているのは看護師です。家内は看護師の英断に救われました。

医療従事者の方々ありがとう

コロナ禍で医療従事者の方々は戦っておられます。医師が脚光を浴びますし、それは正しい姿なのだと思います。

でも、看護師ももっと注目されるべきだと思います。

知りもしないで要らん事は言えませんが、アメリカでは看護師に権限が沢山与えられている代わりに、給料も高いです。

学卒でなければ看護師にはなれないし、ステイタスもある仕事です。

家内が入院していた時に感じたのですが、看護師には残業がありません。手厚いシフトが組まれて、与えられた時間に精一杯仕事をして次のシフトに渡す。

ミスが許されない仕事だから、疲れを繰り越さない。

判断が要求される仕事だから、疲れを繰り越さない。

コロナ禍では違うかもしれません。間違っていたらごめんなさい。

家内の近くで眠らない私に『先は長いわよ。眠らないと頑張れないよ』と言ってサンドイッチを差し入れてくれた看護師の優しい笑顔を忘れません。

先生、セラピストのみなさま、そして看護師の皆様。本当にありがとう。感謝しています。

安く満足するにはパスタもイタリアンも寿司さえも自分で作るしかない

山あり谷ありの人生を歩んでいると、それはそれは様々な経験をすることになります。

ジャンルも多岐にわたっています。理由は簡単で、望んで経験するというよりは必要に迫られて経験する方が圧倒的に多いからです。

学生の頃、小僧寿しで握りや巻き寿司を作るバイトをしていました。やりたかったわけではなく、時間の融通がつくバイトがこれしかなかったから。

でも、ご飯炊きから酢合わせに至るまでのシャリ作りの全て、握り、太巻、細巻などの巻きも出来るようになりました。だから何だ?って感じなんだけれど、こいつが役に立つ日がやってくるんです。

時期は被っていないけれど、デニーズのキッチンでもバイトやってて、包丁さばきとか卵料理が上手くなった。ソースの味付けなんかはしないけれど、綺麗に盛り付けるコツとかセンスは磨かれるのです。

1000時間の法則がハマるのですよ。趣味で週末にやる程度だと、なかなかレベルが上がらないし、嫌になってしまうと思うのですが、バイト代稼ぐために1日平均4時間くらい働くわけだから、一年に200日働けば800時間でしょ。あっという間に1000時間になってしまう。気がつけば体が覚えてる。

20代後半でヨーロッパに赴任になった。パリとかフランクフルトじゃなくてルクセンブルグ。

今は日本人が住みやすくなっているけれど、1991年に住み出した頃は日本料理店は2軒だったかな?

その後なんちゃって和食はできたけれど、なんちゃってです。

和の食材屋さんは当時はなかったので、月一の配達か、200km先のブリュッセルか300km先のデュッセルドルフまで買い出しです。

価格は日本の3倍くらい。西友で3パック入り68円で売っているおかめ納豆が300円くらいでした。お酒なんかも選べなくて、日本食に飢えていました。

先ず工夫したのは、現地素材で作る和食。

米はスペインで美味しい日本米を作っている会社があったから、それは普通に買える。【みのり】だったと思います。

日本から引っ越し荷物で持ってきたホームベーカリーで食パンを焼いて、粗挽きのパン粉を作る。

ポークは普通に買えるし、生食は不安だけれど卵も買える。玉ねぎも買えるわけです。醤油はローカルのスーパーでキッコーマンが買える。砂糖はもちろん。

日本から持ってきた貴重な味醂、鰹節を使ってカツ丼を作るんです。

同じ要領で親子丼も作れる。

ルクセンブルグ中央駅の近くの魚屋さんの魚が新鮮だとわかると、見立てや捌き方を勉強して、魚を下ろせるようになって(3枚おろしなんてやってくれないです)レパートリーは広がる広がる。

初めの頃は鯛なんかバラバラ事件でしたよー。

ここまでは皆できるんですけど、寿司はね😃

1000時間の法則。やり方教えるけど簡単じゃない!!

一月に1回くらいのペースで寿司パーティーやってました。

割り勘で魚買ってね。奥様達はスイーツや副菜を作ってくれたり、仕事しないお父さん達はお酒持ってきてくれて。

独自の鮨酢の配合が定まってきて、本当に美味しかったんです。

マグロなんか地中海で取れたやつを冷凍しないで空輸してくる。美味いに決まってます。トロはもちろんだけど、赤みが美味い。

初めはどのあたりが大トロで、どのあたりが中トロなんだかわからなくて。勉強しましたよ。魚屋さんに覚えてもらってたな。

鯖なんかノルウエーで取れたやつが冷凍で日本に輸出されるんだけど、生で下りてくるからシメサバも超美味いです。

パスタは、ルクセンブルグから仕事でイタリアのボローニャに頻繁に行くようになって、パスタの旨さにハマりました。

乾麺が殆どなくて、本当美味しい生パスタ。シチリア島は逆に乾麺が主流でした。蕎麦文化とうどん文化みたいな感じかな?

ここでパスタ打ちを覚えて、パスタにもハマりました。イタリアンをイタリアで学んだエンジニアです😃

強力粉は水や卵に合わせて30分もすれば馴染んでくれる。蕎麦とは比べもにならないくらい簡単なんです。今でも思い立って40分後にはパスタが出来上がっていることが多いです。それくらい簡単。

近いうちに作り方書き下ろします。

これらの経験が重なり合って私の人生が複雑になっていくのですが、このブログは『安くてうまい料理を作る』『経験から学ぶ事』『経験の仕方』『続け方』などをテーマにして書きますね。

おじさんが作るお弁当

障害を持った嫁は、区の障害福祉会館へ通っています。

娘は大学院生で、毎日2時間半をかけて通っています。なんと神経再生が研究テーマ。母親の病気の影響をかなり受けています。親としては自慢ですが、苦しそうです。

自分の分も含めて、3人分のお弁当を作ります。

冷凍食品は基本使いません。

理由は簡単です。

  • 安全な食材を使わないと嫁の疼痛が悪化するから
  • 野菜は安心なもの、基本は吉野ヶ里あいちゃん農園の有機野菜
  • 本物の味噌、醤油で腸活(これも疼痛管理)
  • 彩(ミネラルたっぷりの塩とオリーブオイルで栄養価も色合いも満足)
  • 卵料理は手作りが一番(今日はゆで卵ですけどね)

それに自然栽培の玄米ブレンドご飯。基本は白米と1対1。

嫁の疼痛は本当に難しい病気。でも悪いものを体に入れるとテキメンに悪くなる。

今や我が家は全員、白米や精白パンを食べるとすぐに眠くなる。わかりやすいです。

最近の作品

ポーク生姜焼き(隠れてますけど)

鳥もも肉の味噌漬け焼き

パプリカ肉詰め

筑前煮は鰹節でとった出し汁に本味醂、小豆島産の薄口醤油のみ。ミネラル塩(シシリア島産)で色合いは美しい。

鶏肉は味噌と醤油と味醂だけで漬け込んでロースターで焼くだけ。

かぼちゃとブロッコリーは海塩とオリーブオイルをかけてチン!!

3食分で240円!!

安い、健康、簡単の3拍子。

外食に行き辛くなるんですよ。自然なものを食べていると、味もコストも満足してしまうから。

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