家内が倒れ、帰国して、無職を続けて、何故かナポリピッツアの店を始めた頃の話。
ナポリで食べたピッツアのバターのような芳醇な香り、鼻に抜ける香ばしい香り、舌が感じるほんのりとした甘さ、弾けるような生地、外側はサクサクなのに中はもっちりとしている、でも軽くて胃にもたれない。
よくあるアメリカンピザは、甘さのために砂糖を加え、リッチさのためにバターを加え、生クリームを加えることもある。
でも、ナポリピッツアのあの味や香りにはならずに、ジャンキーなアーティフィシャルなものになる。
あっという間にブームが去った生食パンと似ている。
ナポリピッツアの生地には、小麦粉、塩、酵母、水しか使わない。
苦しみ抜いて、発酵と熟成の組み合わせで掴んだあの味と香りは、足し算の生地を石窯で焼いても得られない。
料理の足し算と引き算の違いを思い知った経験です。
「タンパク質が体にいい」「鉄分を摂りなさい」「マグネシウムは絶対だ」——テレビをつけても、SNSを開いても、雑誌をめくっても、現代人は毎日、何かを「足しなさい」と言われ続けています。でも本当に、私たちの身体は、それほど「足りていない」のでしょうか。今日は、サプリ棚の前で立ち止まってしまった方からのご相談に、養生問答の形でお答えしていきます。
Q1. タンパク質、鉄、マグネシウム……何を信じればいいのか、もう分からなくなってきました
A. その疲れ、よく分かります。情報を追えば追うほど、「これも足りない、あれも足りない、自分の食事はめちゃくちゃだ」と、罪悪感ばかりが積み重なっていく。気がつけば棚の上には、プロテイン、鉄、マグネシウム、ビタミンD、亜鉛、オメガ3——お薬のような景色が広がっていませんか。
ここで一度、深呼吸して立ち止まってみましょう。本当に、私たちは「足りていない」のでしょうか。むしろ現代人の身体の中では、何かが「多すぎる」のではないでしょうか——東洋医学はずっと、その問いを大切にしてきました。
Q2. 西洋栄養学では「不足」が問題と教わります。それは間違いなのですか?
A. いいえ、間違いではありません。本当に欠乏症がある方——月経が重い女性の鉄欠乏、菜食に偏った方のビタミンB12不足、日光に当たらない生活のビタミンD不足など——にとって、補うことは大切な医療です。
ただ、ここで一度考えたいのは、「平均的に普通に食べている人」までもが、毎日サプリで補わなければいけないのか、ということです。西洋栄養学は、足りない栄養素を一つずつ数値で測り、不足分を埋める「足し算」の考え方を得意とします。それはとても強力な視点ですが、その物差しだけで身体を眺めると、「いつも何かが足りていない自分」しか見えなくなってしまいます。
人間の身体は、入ってきたものを処理し、不要なものを出して、はじめて成り立っています。「入れる」だけを見て、「出す」「巡らせる」を見ない——その偏りこそが、現代の不調を生み出しているのではないでしょうか。
Q3. 東洋医学では、なぜ「足し算」より「引き算」を先にすすめるのですか?
A. 東洋医学では、不調を大きく「虚(きょ:不足)」と「実(じつ:過剰・滞り)」の2つに分けて見ます。たしかに虚もあるのですが、現代人にとくに多いのは、実は「実」のほう——食べすぎ、糖の摂りすぎ、脂の摂りすぎ、ストレスの溜めすぎ、情報の浴びすぎ、です。
身体は「気・血・水(き・けつ・すい)」のめぐりで成り立っています。入ってくる量に対して、めぐらせる力・排出する力が追いつかないと、滞った気血水が「痰湿(たんしつ)」や「瘀血(おけつ)」となって、身体のあちこちに溜まっていきます。重だるさ、むくみ、吹き出物、便秘、頭重感、なんとなくの不調——その多くは、この「滞り」が下地になっています。
そこへさらに、プロテインを足し、サプリを足し、栄養ドリンクを足したらどうなるでしょうか。物流センターが渋滞しているところに、トラックだけ増便するようなものです。まず必要なのは、渋滞をほどくこと——つまり、引くことなのです。
Q4. では、どうやって「引く」のですか?ファスティングのやり方を教えてください
A. いきなり何日も食べない厳しい断食は、かえって身体を傷めます。おすすめは、まず**「半日ファスティング」**から。胃腸を約16時間お休みさせる、もっとも安全な引き算です。
【1】前日の夕食を、軽く、早めに 就寝の3時間前までに食べ終える。揚げ物・甘いもの・お酒はお休みし、お粥・お味噌汁・蒸し野菜・煮魚などに切り替えます。
【2】翌朝は食事を抜き、白湯で過ごす 起きたら白湯を一杯。午前中は、白湯・湯ざまし・ノンカフェインの番茶などをこまめに。胃腸を「空(から)」にして、お休みさせてあげる時間です。
【3】お昼から、少しずつ戻す 最初の一口は、お味噌汁や梅干しの白湯から。30分ほど空けて、お粥や柔らかいごはんへ。普段の倍くらい、よく噛むことを意識します。
これを週に1〜2回から始めて、身体の声を聞いてみてください。頭が冴える、お通じが整う、肌がやわらぐ——多くの方が、こうした変化に気づかれます。ただし、低血糖になりやすい方・痩せすぎの方・妊娠中の方・服薬中の方は、必ず主治医にご相談ください。
Q5. ファスティングのあとは、何を補えばよいのでしょう?
A. せっかく引き算で空いたところに、もう一度「サプリで足し算」をしては元の木阿弥です。回復食におすすめなのは、季節の野菜・発酵食品・お味噌汁・雑穀ごはん——身体が長年つきあってきた「日常のもの」を、少量ずつ、よく噛んでいただくこと。
そして、そこでもう一度、身体の声を聞いてみてください。「あ、最近こういう味を欲していなかったな」「鉄が足りないと思いこんでいたけど、ただ食べすぎて、めぐっていなかっただけかも」。引き算をした後の身体は、自分に本当に必要なものを、ちゃんと教えてくれます。サプリやプロテインを使うのは、それからでも遅くありません。
まとめ:足す前に、引く。
「タンパク質を摂れ、鉄を摂れ、マグネシウムは絶対だ」——その情報の波に飲まれそうになったら、いちど立ち止まってください。現代の身体は、足りないより、多すぎることのほうが、ずっと多いのです。
不調を「治す」のではなく、めぐりを「整える」。整えるためには、まず引く。引いて空いたところに、本当に必要なものだけが、すっと収まっていきます。今日の夜、夕食をいつもより少し軽く——そんな小さな引き算が、明日の身体を変える最初の一歩になります。
※本記事は東洋医学の考えに基づく養生の知恵を紹介するものであり、医療行為の代替を推奨するものではありません。糖尿病・低血糖症・摂食障害などの持病がある方、妊娠中・授乳中の方、服薬中の方がファスティングを行う際は、必ず主治医にご相談ください。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。

