これまで読んでくださった皆さんへ

このブログを続けて読んでくださってきた方には、まず一つだけお礼を申し上げたいのです。

正直に言うと、ここに書いてきたことは、楽しい話や役に立つ話ばかりではありませんでした。
むしろ、苦しかった時期のこと、答えが出ないまま抱え込んでいた迷い、そういうものを文字にすることで、なんとか形にしてきたような場所でした。

それを読んで、コメントをくださったり、黙って読み続けてくださったりした皆さんが、私にとってはずっと支えでした。
大げさに聞こえるかもしれませんが、本当にそう思っています。

今日は、これからこのブログをどう書いていきたいか、少しお話しさせてください。
方向転換のお知らせではなく、むしろこれまで書いてきたことの、続きのつもりです。

振り返ると、私はずっと『中断』を書いていた

改めてこのブログの記事を見返してみて、気づいたことがあります。

私はずっと、「中断」の話を書いていたのです。

ルクセンブルクに赴任したとき、私のTOEICは420点でした。
自分なりには「結構できる」と思い込んでいた半人前エンジニアが、ゼロベースで700名規模の工場を立ち上げる仕事にいきなり放り込まれた。
採用から準備、生産開始、24時間3交代の稼働まで、一気に進んでいくプロジェクトです。
順調なわけがない。
能力も中途半端、言葉もできない、相手も日本人ではない。
それでも、後ろには誰も控えていない——助けてくれる上司も、代わってくれる同僚もいない。
この「後ろに誰もいない恐怖」は、一度味わうと人を変えます。
アホでも、一人前になるのです。

結婚したばかりで連れて行った家内は、トラブル続きで家に帰ってこない夫を、ひたすら待ちぼうけでした。
当時は気づいていなかったけれど、その時点ですでに、私は家族の時間にたくさんの「中断」を作っていたのだと、今ならわかります。

それでも、言葉を覚え、仕事を覚え、たくさんの経営者と知り合って、そうするうちに、少しずつ考え方が変わっていきました。
技術者一辺倒だった自分は、石頭で、お客様の顔も見えていなかった。
凝り固まった、アホな自信で自分を守っていただけでした。
縁があって、事業の全体が見られるプロジェクトに入れてもらえたのは、大きな転機でした。
時間をかけて、ようやく全体を見る目が出来上がっていった。
バケーションという休み方の大切さも、日本にいたら理解できなかったと思います。

海外で長く働いて、ようやく日本に戻ってきたとき、帰ってきたはずなのに、居場所がうまく掴めない感覚がありました。
本社の会議に入っても、自分だけ別のゲームをしていたような違和感がある。
海外で身についた意思決定のスピードや、ダイバーシティを前提にした物の見方は、日本の組織の中では必ずしも歓迎されません。
それは分かっていたつもりでしたが、実際に直面してみると、予想以上に消耗するものでした。

妻の病気

そのあとに、妻の病気がありました。

このことは、このブログに何度も書いてきたので、今日は少しだけ。

アメリカに住んでいたある日、妻が倒れて、助からないかもしれない、という状況になりました。
何が起きているのかも、すぐには理解できませんでした。
最初にかかった病院では手の施しようがないと言われて、超巨大な病院に運ばれました。
受付で「お金持ってる?」と聞かれて、「なんとかするから!!」としか答えられなかった。
そんな場面でした。

妻は命はつなぎました。
けれど、右半身の麻痺、失語症、視野欠損が残りました。
そして、脳卒中のあとに残る強烈な痛み——。
この痛みに、一時的にでも効く薬がなかなか見つからない。
私たち夫婦は、その痛みの手がかりを探し続けて、もう15年になります。
今日も、その途中です。

無職の期間

アメリカの病院で、考えられないほどの金額を払いました。

金がない、仕事もない、働きに出ることもできない——妻のそばを離れられないから。
自分ひとりで稼ぐ方法を、そもそも私は知らないんだ、という事実に初めてぶつかった時期でした。
神様が助けてくれるかな、と思考が飛ぶような瞬間さえありました。

はっきり書きますが、お金が入ってこなくて、貯金だけが減っていく、いつ無くなるのかという恐怖と戦う状態というのは、思考停止しか楽になる手段がないんですよ。
あれは経験しないと分からない感覚です。

それでも、日々は続きます。

『空白』が私に残してくれたもの

ここが、今日いちばん書きたかったことです。

中断というのは、世の中的にはマイナスです。
履歴書の「空白期間」は、どう埋めるかを問われるもの。
仕事から離れた時期は、なるべく早く「普通」に戻すべきもの。
それが、日本の社会の、静かだけれど強い前提になっています。

でも、私は今、違うことを思っています。

家族の誰かが大病やメンタルダウンの時に、迷わずに仕事から離れる。
そのことで、キャリアがマイナスになるどころか、プラスになる——そういう生き方が、もっと普通にあっていいはずです。

「あの時しか気づけなかったことが、ひとつあった」——そういうロマンチックな書き方を、私はしたくありません。

正直に言えば、そういう一点突破の気づきは、私にはなかったからです。

あるのは、「こうなったから気づけたことが、数えきれないほど積み重なっている」という、もっと地味で、もっと揺るぎのない事実です。

その中で一番大きいのは、人の痛みがわかるようになったことです。

これは、仕事を続けていたら、たぶん一生身につかなかった感覚です。
それを知らないまま生きていたら、ルクセンブルクで出会った経営者たちの言葉も、半分しか聞こえていなかったかもしれない。そう思います。

師を探す旅

妻の痛みに、どうにか手がかりを見つけたい。
その一心で、私はずっと動き続けてきました。

ドクターショッピング(もちろん現代医学だけでなく)の中で、大学病院にも3か所行きました。

大阪大学病院では、痛みを和らげる目的で電極を埋め込みました。
残念ながら、効果は得られませんでした。
東京医科大学病院のペインクリニックでは、痛みの大きさが尋常でないことが測定で分かりました。
それでも、良くなる方向に進む道はなかなか見えません。
電極を抜去してくださった執刀医の先生が、横浜市大から来られていて、そちらのペインクリニックを紹介してくださいました。
1年待って、ようやく診察を受けた初日に、「治らないよ!」と言われました。
骨粗鬆症の検査をはじめ、痛みとは関係のない、患者の痛みは二の次の、病院経営の匂いがプンプンする勧めには疲れました。

ありとあらゆる方法を試しても、辿り着かない。
諦めそうになるのですが、諦められるわけがない。
そういう日々の中では、いつでもどこでもアンテナを張っている——そういう状態がずっと続いていました。

ある日、YouTubeのおすすめに、一人の先生が現れました。

色彩療法の阿久沢先生です。

すぐに電話をして、水戸まで車で行きました。
泊まりがけで。
先生はたくさんの手技をお持ちで、話を伺っているうちに、長く張っていたアンテナが、ようやく何かを捉えた——そういう感覚がありました。
効いた/効かない、という話ではありません。
ただ、「ここは通うべき場所だ」と身体が知った、と言ったら近いかもしれません。

そして阿久沢先生から、こう言っていただきました。
「体力が追いつかないね。漢方の助けも要るよ」。
そう言って、もうお一人の先生を紹介してくださいました。

それが、神山道元先生でした。

これから書いていきたいこと

ここからは、ゆっくり、一本ずつ書いていきます。

養生というのは、病気を治す方法ではありません。
神山先生ご自身、そうはっきりおっしゃいます。
医療の代わりではなく、医療と並んで、自分の体と日々を整えていく——そういう「稽古」の話です。

それが、50代の妻にとって、思いのほかしっくり来ました。
なぜかは、これから一本一本の記事で、具体的に書いていきます。

このブログには、これから「養生日和」という軸を加えていきます。

神山道元先生から教わっていること、阿久沢先生から教わっていること、そして私と家族が実際に日々実践してきて、少しずつ気づいてきたことを、難しくせず、毎日の具体の中で書いていきます。
呼吸、食事、睡眠、季節の変わり目の過ごし方。
そういう話です。

一つだけお断りしておきたいことがあります。

これらは医療のお話ではありません。
体調の不安があるときは、必ず医師にご相談ください。
私が書くのはあくまで、「もう一つの見方」としての養生です。
医療と並んで、自分の日々を整える稽古のこと。

でも、これまでの記事も消しません

方向を変えるからといって、これまで書いてきた記事を消すつもりはありません。

あの時期の苦しさや迷いは、今の私から見ると「起点」だったのだと分かります。
でも、苦しんでいたその瞬間には、それが起点になるなんて、まったく見えていませんでした。

だから、残しておきたいのです。
今まさに「中断」のただ中にいて、このブログを見つけてくださった方が、もしいらしたら、その方に読んでいただきたい。
「このあと、ちゃんと続きがありますよ」と、私自身の記録で伝えたいからです。

一緒に歩いてくれる人へ

これから書いていく養生日和の記事は、読むだけでも何かが残る、そういうものにしたいと思っています。

神山先生・阿久沢先生の教えを、もう少し体系立てて学んでみたい、という方向けの学びの場も、時期を見てご案内します。

タイミングを見つけて、神山道元先生について、もう少しきちんと書きます。


※本記事は学習・教育目的の内容です。医療行為ではありません。健康上のご不安は医師にご相談ください。


神山先生の貴重な教えをデータベースにして、いつでも身体の不安を訴えることができるAIアプリを開発しています。

春のイライラを食卓から整える——「理気」の食材でストレスに疲れた肝を癒す食養生

新年度が始まって三週間。職場や学校、家庭の環境が変わり、気づけば肩に力が入り、ちょっとしたことでイライラしたり、ため息が増えていませんか。「別に大きな悩みがあるわけではないのに、なんとなく落ち着かない」「胃のあたりが張って、食欲がない」「眠りが浅く、朝からどんよりしている」——春のこの時期、そんな声を本当によく聞きます。私自身、家内の介護と仕事の谷間で、四月の終わりにいつも調子を崩します。実はこれ、気合いや根性の問題ではなく、季節と身体の「ある臓器」が関係しているのです。今日はそのヒントを、台所から見つけていきましょう。

西洋医学でみる春のストレス反応

現代医学では、春先のメンタル不調は「自律神経の乱れ」や「ストレス反応」として説明されます。新生活による緊張、気温や気圧の急変、日照時間の変化によって、交感神経が優位になり、コルチゾールなどのストレスホルモンが多く分泌される。その結果、胃腸の動きが悪くなり、寝つきが悪くなり、気分が不安定になる——という流れです。対処法として推奨されるのは、十分な睡眠、適度な運動、カフェインやアルコールの節制、必要に応じて抗不安薬や睡眠導入剤の活用。正しい指導です。ただ、これだけでは「なぜ春に多いのか」「なぜ食欲が落ちるのか」までは、なかなか腑に落ちないのも事実です。

東洋医学でみる——春は「肝」が揺れる季節

東洋医学では、春は五臓のうち「肝(かん)」と深く結びつく季節です。ここでいう肝は、西洋医学の肝臓と重なる部分もありますが、もう少し広い働きを担う概念です。神山道元先生がよく仰るのは「肝は将軍の官、謀慮(ぼうりょ)出づ」という古典の一節。つまり、肝は気・血・情緒をのびやかに巡らせ、戦略を立てて指揮する司令塔のような臓器だ、ということです。

春になると、自然界は草木が芽吹き、気が上へ外へと発散する季節になります。身体の中でも肝が活発に動き始め、気を全身に巡らせようとします。ところがこの時期、緊張やストレスが重なると、肝の「疏泄(そせつ)」——気をのびやかに流す働き——が滞ります。これを「肝気鬱結(かんきうっけつ)」と呼びます。気が流れずに詰まると、胸脇(みぞおちの両脇)が張る、ため息が出る、イライラする、眠りが浅くなる、という典型的な症状が出てきます。さらに、肝は五行の相克関係で「脾(ひ=消化吸収を担う働き)」を抑えるので、滞った肝は胃腸にも波及し、食欲不振や腹部膨満、軟便といった不調を引き起こします。春先の胃腸トラブルも、実は肝のせいだったりするのです。ここで大切なのは、肝を「抑える」のではなく、詰まった気を「流してあげる」こと。これが、春の食養生の核になります。

台所でできる「理気(りき)」の食養生

気を巡らせる働きを、東洋医学では「理気(りき)」と呼びます。理気の食材にはいくつか共通点があります。第一に、香りが良いこと。香りは気を動かす代表的な力です。第二に、少しほろ苦い、あるいは爽やかなものが多いこと。第三に、柑橘類やセリ科の野菜に多いことです。今が旬のものから、今日から取り入れられる五つをご紹介します。

① セロリ(性:涼、帰経:肝・胃)——香りで肝気を流し、のぼせたイライラを鎮めます。生のままスティックにして味噌をつけるか、浅漬けにするのが手軽。火を通すなら、さっと炒めて香りを残すこと。

② 三つ葉(性:温、帰経:肝・肺)——日本の「理気」食材の代表。味噌汁やお吸い物、卵とじに最後に加えるだけで、胸のつかえがふっと軽くなります。軸ごと刻んでください。

③ 春菊(性:平、帰経:肝・肺・胃)——香り野菜の王様。鍋の後半に入れる、ごま和えにする、生のままサラダにする。苦味と香りが肝の疏泄を助けます。

④ 柑橘類と陳皮(ちんぴ)——デコポン、甘夏、グレープフルーツなど、春の柑橘は理気の宝庫です。みかんの皮を干した「陳皮」は、番茶に一片浮かべるだけで立派な理気茶に。

⑤ ジャスミン茶・ミント茶——香りで気を巡らせる代表的な飲み物。夕方、ため息が増えてきた頃に一杯。カフェインが気になる方はミント茶で。

食べ方のコツは、**「よく噛んで、香りを鼻に抜けさせながら食べる」**こと。香りは舌ではなく鼻で気を動かします。スマホを置いて、深く一呼吸してから口に運んでください。それだけで効きが変わります。

まとめ——肝は「治す」のではなく「流してあげる」

春のイライラやモヤモヤは、弱さや性格のせいではなく、季節と身体のリズムの問題です。肝は抑え込もうとすると、かえってこじれます。香りのある野菜と柑橘で、詰まった気をそっと流してあげる——それだけで、眠りが深くなり、胃が軽くなり、気分の輪郭がやわらかくなっていきます。薬に頼る前に、まず夕食の味噌汁に三つ葉をひとつまみ。養生は、いつも台所から始まります。


※本記事は東洋医学の考えに基づく養生の知恵を紹介するものであり、医療行為の代替を推奨するものではありません。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。


ストレスで胃が痛い人へ——東洋医学が教える「肝胃不和」と今日からできる養生法

同じような事を、毎日書いているなあ。そう思う方がいらっしゃるでしょう。
原因は様々なのに、同じような薬が処方される現実。
これが問題だと思っているのです。

症状に合わせて処方される西洋医学(簡単に書きすぎですが)、体に合わせて根本を修正する東洋医学。
これをわかって欲しいのです。


会議の前になるとキリキリ痛む。嫌な相手からのメールを見た瞬間、みぞおちが重くなる。日曜の夜、月曜の仕事を思い浮かべた途端に胃がムカムカする——。そんな経験を繰り返している方は少なくないのではないでしょうか。病院で胃カメラを受けても「特に異常はありません」と言われ、処方された胃薬を飲んでもスッキリしない。それでもストレスを受けるたびに胃は反応してしまう。この「検査では異常なしなのに、ストレスで胃が痛い」という現代病の正体を、今日は東洋医学の視点から読み解いていきます。結論からお伝えすると、東洋医学ではこの状態を「肝胃不和(かんいふわ)」と呼び、胃そのものよりも感情を司る臓の乱れとして捉えます。

西洋医学ではどう考えられているのか

現代医学では、ストレスによる胃の不調は「機能性ディスペプシア」や「神経性胃炎」と診断されることが多い症状です。仕組みとしては、精神的ストレスが自律神経のバランスを乱し、胃酸の分泌過多や胃の蠕動(ぜんどう)運動の異常を引き起こす、と説明されます。治療としてはPPI(胃酸を抑える薬)、消化管運動機能改善薬、抗不安薬などが使われ、加えて「ストレスを溜めないように」「規則正しい生活を」というアドバイスが添えられます。

しかし多くの方が経験されているように、薬を飲んでいる間は楽でも、やめるとぶり返す。そして何より、「ストレスを溜めるな」と言われても、現代社会で生きている限り溜めずにいるのは不可能です。ここに西洋医学的アプローチの限界があります。

東洋医学が見る「肝胃不和」——胃痛は胃だけの問題ではない

東洋医学には「肝(かん)」という概念があります。これは西洋医学でいう肝臓そのものではなく、気(エネルギー)の流れをスムーズに保ち、感情をコントロールする働きを担う存在です。イライラ、怒り、プレッシャー、緊張——こうした感情を受け止めるのが、この「肝」です。

そして肝は、木が土を押さえつけるように胃(東洋医学では「脾胃」と呼びます)を制御する関係にあります。これを五行論では「木克土(もっこくど)」と言います。

ここで問題が起きます。ストレスが続くと、肝の気の流れが滞ります。これを「肝気鬱結(かんきうっけつ)」と呼びます。ガス欠ではなく、交通渋滞のような状態です。滞った気はやがて行き場を失い、木が暴れて土を攻撃するように、胃へと押し寄せていきます。この状態が「肝気犯胃(かんきはんい)」、すなわち肝胃不和です。

この視点に立つと、なぜ胃薬が根本的に効かないのかが見えてきます。痛んでいるのは胃ですが、暴れているのは肝だからです。胃をなだめるだけでは、元栓は閉じられません。だから「ストレスで胃が痛い」という悩みは、感情の出口が詰まっているサインとして読み解く必要があるのです。

肝胃不和のサインは胃痛だけではありません。ため息が増える、脇腹が張る、喉に何かが詰まった感じがする(梅核気)、げっぷやガスが多い、食欲にムラがある。これらが揃っていたら、まさに肝の気が滞っている状態と考えられます。

今日からできる養生法——「流す」「緩める」「温める」

肝胃不和の養生は、薬でねじ伏せるのではなく、滞った気を流し、張りつめた身体を緩めることが基本です。

1.深呼吸で横隔膜を緩める ストレスを感じている時、呼吸は必ず浅くなっています。鼻から4秒吸い、口から8秒かけて細く長く吐く。これを朝晩3分ずつ。吐く息を長くすることで副交感神経が優位になり、肝気が動き出します。

2.香りのある食材で気を巡らせる 肝気鬱結には「理気(りき)」の食材、つまり気を巡らせる香り高い食材が効きます。みかんやゆずの皮、しそ、三つ葉、春菊、セロリ、ミント、ジャスミン茶など。特に4月の今、旬の春菊や三つ葉は理気食材の代表格です。温かい味噌汁に刻んで散らすだけで、立派な養生食になります。

3.胃を冷やさない、胃を働かせすぎない 肝に攻撃されている胃は、すでに疲弊しています。冷たい飲み物、生野菜、遅い時間の食事は避けてください。朝はお粥や具だくさん味噌汁など、温かくて消化の優しいものを。夜はできれば20時までに食事を済ませ、胃を休ませてあげましょう。

4.「合谷(ごうこく)」と「太衝(たいしょう)」を押す 手の親指と人差し指の付け根にある合谷、足の親指と人差し指の骨の間を辿った窪みにある太衝。この二つを合わせて「四関穴(しかんけつ)」と呼び、気の巡りを改善する代表的なツボです。痛気持ちいい強さで、片側1分ずつ。1日に何度でも。
絵のセンスは…………..ごめんなさい。

5.夜、空を見上げる これは私自身がおすすめしている習慣です。夜、窓を開けて空を見上げる。たった30秒でいい。視線を上げる行為そのものが、うつむきがちな気を上へ動かすのです。肝の気は、上へ伸びていきたがる木の性質を持っています。物理的に視線を上げることは、そのまま養生になります。

まとめ——「胃を治す」のではなく「気を整える」

ストレスで胃が痛いという現代病は、胃の病気ではなく感情の通り道が渋滞している合図です。だから、目指すのは「治す」ではなく「整える」こと。胃をなだめる前に、肝の気を流してあげる。食材と呼吸とツボで、少しずつ滞りをほどいていく。薬を否定するものではありません。ただ、薬が効かない痛みにこそ、養生の知恵が寄り添えると私は信じています。ストレスはゼロにできませんが、受け流す身体は作れます。


※本記事は東洋医学の考えに基づく養生の知恵を紹介するものであり、医療行為の代替を推奨するものではありません。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。


心の疲れは、どこに溜まるのか——身体から見るメンタル不調

はじめに——「気持ちの問題」と言われても

「最近、なんだか気持ちが沈む」「朝、身体が重くて動けない」「理由もなくイライラしてしまう」——春が深まるこの時期、そんな声を聞く機会が増えます。病院で検査をしても「異常なし」、心療内科では「軽いうつ傾向」と言われ、薬をもらって帰ってくる。けれど、本当にそれだけで解決するのでしょうか。

心の不調は、気持ちの問題だけでは片づきません。身体のどこかに、確かに「溜まって」いるのです。今日は日曜のコラムとして、その「溜まり場所」について、少し広い視野から考えてみたいと思います。

常識——メンタル不調は「脳の病気」なのか

現代医学では、うつ病や不安障害は、脳内のセロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質のバランスの乱れとして説明されます。抗うつ薬は、その神経伝達物質の働きを助ける薬です。重度のうつ病に薬が必要な場面があることを、私は否定しません。家内が脳卒中後疼痛(CPSP)で鎮痛剤の恩恵を受けたように、現代医療にはたしかな力があります。

それでも、薬を飲んでも、カウンセリングを受けても、「なんとなく晴れない」という声はあとを絶ちません。西洋医学は、心を「脳」という一点に集約しすぎているのかもしれない——東洋医学を学ぶほどに、そう感じるようになりました。

視点の転換——心は五臓に住んでいる

東洋医学では、心(こころ)は脳ではなく、五臓(ごぞう)に宿ると考えます。喜びは「心(しん)」に、怒りは「肝(かん)」に、思い悩むことは「脾(ひ)」に、悲しみは「肺(はい)」に、恐れは「腎(じん)」に。感情はそれぞれ、内臓と深く結びついている——これを「五志(ごし)」と呼びます。

春はとくに「肝」の季節。肝は気(エネルギー)の巡りを司る臓であり、ストレスの影響を真っ先に受ける場所です。肝気(かんき)が滞れば、胸のつかえ、ため息、怒りっぽさ、月経前の不調として現れます。滞りが長引けば、肝は脾(消化器)を弱らせ、食欲不振や倦怠感につながる。これを「肝脾不和(かんぴふわ)」と呼びます。

つまり、春のメンタル不調は、「気持ちの弱さ」ではなく、「気の巡りの滞り」なのです。原因が身体の側にあるのだとしたら、身体の側から整えていけばいい。そう考えると、少し肩の力が抜けませんか。心を責める必要はなかったのです。

養生法——心を身体から整える、三つの習慣

一つ目は、「深い呼吸」。肝の気を巡らせる、もっとも手軽な方法です。朝、窓を開けて、ゆっくり息を吐き切ってから、鼻から静かに吸う。これを三回繰り返すだけで、胸のつかえが軽くなります。呼吸は、自律神経に直接働きかける唯一の身体機能。心を動かせないとき、呼吸から動かす、と覚えておいてください。

二つ目は、「香りのあるものを食べる」。セロリ、三つ葉、春菊、紫蘇、柑橘類——香り高い食材は、気の巡りを助けます。春の食卓に、ひとつまみの香味野菜を添えるだけで、身体は変わります。気分が沈む朝ほど、意識的に香りをとってみてください。

三つ目は、「日が落ちたら、スマホを置く」。肝の血(けつ)は夜に養われます。夜更かしとブルーライトは、肝血(かんけつ)を消耗させ、翌朝の憂鬱につながります。午後十時を過ぎたら、画面を閉じて、照明を落とす。これだけで眠りの質が変わり、朝の気分が変わります。

まとめ——治すのではなく、整える

心の不調は、敵ではありません。身体が「少し休みたい」「巡りを戻したい」と、サインを送っているだけなのです。薬で症状を抑えることも必要かもしれませんが、それと並行して、身体を整えるという選択肢があることを、ぜひ知っておいてほしい。

治すのではなく、整える。乗り越えられない試練はない——この言葉を、今日も胸に置いて過ごしてみてください。


※本記事は東洋医学の考えに基づく養生の知恵を紹介するものであり、医療行為の代替を推奨するものではありません。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。


四月の胃が、教えてくれたこと——ストレスは「考えすぎ」じゃなかった

新年度が始まって、もう半月が過ぎました。

この時期、なんとなく胃が重い。食欲はあるようなないような。朝起きたときに、身体の芯がどんよりしている。そんな感覚が続いていて、正直「また来たか」と思いました。

毎年のことなんです。四月の半ばを過ぎると、決まって胃のあたりがしくしくする。仕事の環境が変わったわけでも、特別忙しくなったわけでもない。でも、身体のほうが先に「四月」を感じ取っている。そんなふうに思えるのは、養生を学んでからのことです。


西洋医学なら「ストレス性胃炎」で終わる話

病院に行けば、おそらく「ストレスですね」と言われるでしょう。胃カメラを撮って異常がなければ、「機能性ディスペプシア」という診断名がつくかもしれません。胃酸を抑える薬が処方されて、「あまり考えすぎないようにしてくださいね」と言われる。

以前の自分なら、その言葉を真に受けて「考えすぎないようにしなきゃ」と、さらに自分を追い込んでいたと思います。でも「考えすぎないようにする」って、実はものすごく難しい。考えないように考えること自体がストレスになる、あの悪循環です。


東洋医学が教えてくれた「肝と脾の関係」

神山先生に教わった言葉で、今も折に触れて思い出すものがあります。

「ストレスで胃が痛くなるのは、”肝”が”脾”を攻めているんです」

東洋医学では、精神的な緊張やストレスは「肝(かん)」の領域です。肝は気(き:身体を動かすエネルギー)の巡りを司る臓で、ストレスがかかると肝の気が滞ります。これを「肝気鬱結(かんきうっけつ)」と言います。

そして、肝と脾(ひ:消化吸収を司る臓)には「相克(そうこく)」という関係があります。肝の気が暴れると、脾が抑えつけられてしまう。これが「肝脾不和(かんぴふわ)」——つまり、イライラや緊張が胃腸の不調として現れる仕組みです。

「考えすぎ」が問題なのではなく、気の巡りが滞っていることが問題。そう捉え直すだけで、ずいぶん楽になりました。「考えるな」ではなく「巡らせよう」。それが養生の発想です。


今朝やってみた、三つの小さな養生

今朝、胃の重さを感じたとき、まず深呼吸をしました。阿久沢先生に教わった腹式呼吸です。鼻から四秒吸って、口から八秒かけてゆっくり吐く。これを五回。特別なことではないのですが、吐く息を長くすることで副交感神経が優位になり、肝の気の巡りが少し楽になる感覚があります。

次に、朝食を見直しました。今朝は白粥(しろがゆ)に梅干し、そして少しの生姜の千切りを添えました。白粥は脾を助ける養生食の基本です。梅干しの酸味は肝に帰経(きけい:その食材が働きかける臓)し、生姜の辛味は気を巡らせます。「肝を落ち着かせながら脾を助ける」、そんな朝ごはんです。

最後に、散歩に出ました。この時期の朝の空気は、まだ少しひんやりしていて気持ちがいい。十五分ほど、近所をぐるりと歩くだけ。東洋医学では「肝は疏泄(そせつ)を主る」と言います。疏泄とは、のびやかに広がること。身体を動かし、外の空気を吸うことで、滞った肝気がふわっとほどける。歩き終わったあと、胃の重さが少し和らいでいることに気づきました。


「治す」のではなく「整える」を続ける日々

家内がCPSP(脳卒中後疼痛)と向き合い始めたとき、私たちは「治す」という言葉にずいぶん振り回されました。治らないと言われた痛みに対して、「治す」を目標にすると、毎日が失敗の連続になってしまう。

でも、「整える」に切り替えたとき、景色が変わりました。今日の胃の重さも、同じです。治すべき病気ではなく、身体が発しているサインとして受け取る。そして、できることを一つずつやってみる。

四月の胃の重さは、身体が「ちょっと立ち止まって」と言っているのかもしれません。その声を聞けるようになったことが、養生を学んで一番よかったことだと思っています。

明日もきっと、小さな養生を一つ。それでいいのだと思います。


※本記事は東洋医学の考えに基づく養生の知恵を紹介するものであり、医療行為の代替を推奨するものではありません。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。



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ストレスで胃が痛い・息が浅い——阿久沢先生に学ぶ「内臓を緩めるツボと呼吸法」

新年度が始まって数週間。新しい環境、新しい人間関係、慣れない仕事……。気づけば胃がキリキリする、肩が耳まで上がっている、呼吸が浅くなっている。そんな自分に気づいたことはありませんか?

「ストレスは気持ちの問題だから、気の持ちようで何とかなる」——そう思って我慢していませんか? 実は、ストレスがいちばん最初に現れるのは、心ではなく「身体」なのです。

西洋医学が見る「ストレスと身体」

西洋医学では、ストレスによる身体症状は「自律神経の乱れ」として説明されます。交感神経が優位になりすぎることで、胃酸の分泌異常、筋肉の緊張、血圧の上昇などが起こる。治療としては、抗不安薬や胃薬が処方されることが多いでしょう。

もちろんそれも大切なアプローチですが、「薬を飲んでも、またストレスを感じるとすぐ戻ってしまう」という経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

東洋医学で見る「ストレスと内臓」——肝と脾の関係

阿久沢先生は、ストレスによる身体の不調をこう説明されます。

「ストレスで最初にダメージを受けるのは**肝(かん)です。肝は気の巡りを司る臓器。ここが詰まると、気滞(きたい=気の流れが滞った状態)が起こります。そして肝の気が暴走すると、隣にある脾(ひ=消化吸収を司る臓器)を攻撃してしまう。これを東洋医学では肝脾不和(かんぴふわ)**と呼びます」

つまり、ストレス→肝の気滞→脾への攻撃→胃腸の不調、という流れが身体の中で起きているのです。胃が痛いからといって胃だけを治しても根本解決にならないのは、このためです。

さらに、気滞が続くと呼吸も浅くなります。呼吸が浅くなれば全身に気が行き渡らず、だるさや頭のモヤモヤ感にもつながっていきます。

今日からできる「内臓を緩める」3つの養生法

阿久沢先生が教えてくださった、ストレスで固まった身体を緩めるための具体的な方法をご紹介します。

①「太衝(たいしょう)」のツボ押し——肝の気を巡らせる

場所:足の甲、親指と人差し指の骨が合流する手前のくぼみ。

やり方

  1. 親指の腹をツボに当てます
  2. 「痛気持ちいい」程度の圧で、ゆっくり3秒押して3秒離す
  3. これを左右それぞれ5回ずつ繰り返します
  4. 朝と寝る前の1日2回が目安です

阿久沢先生いわく、「太衝は”肝の原穴(げんけつ)”といって、肝の状態がダイレクトに反映されるツボ。ストレスが溜まっている人は、ここを押すとかなり痛く感じるはずです。痛みが和らいでくれば、肝の気が巡り始めたサインです」。

②「中脘(ちゅうかん)」への手当て——脾胃を温めて緩める

場所:おへそとみぞおちのちょうど中間点。

やり方

  1. 仰向けに寝て、両手のひらを重ねて中脘に当てます
  2. 押し込むのではなく、手のひらの温もりをじんわり伝えるイメージで
  3. そのまま2〜3分、ゆっくり呼吸しながら手を当て続けます
  4. 食後すぐは避け、空腹時や就寝前がおすすめです

「押す」のではなく「温める」のがポイントです。ストレスで冷えて固まった脾胃を、手の温かさでそっとほどいてあげるイメージで行ってください。

③「四七(しひち)の呼吸法」——気の巡りを整える

阿久沢先生が患者さんに最もよく指導されるという呼吸法です。

やり方

  1. 楽な姿勢で座り、目を軽く閉じます
  2. 鼻から4秒かけてゆっくり吸います(お腹が膨らむように)
  3. 7秒かけて口からゆっくり吐きます(お腹がへこむように)
  4. これを5〜10回繰り返します

「吐く息を長くすることで副交感神経が優位になり、肝の気が自然と降りていきます。東洋医学的に言えば、上に昇りすぎた肝気を下に降ろす作業です。頭に血が上った感じ、イライラ、肩こり——これらはすべて気が上に溜まっている状態。呼吸で下に降ろしてあげましょう」と阿久沢先生は話されます。

まとめ——ストレスは「我慢」ではなく「身体から整える」

ストレスへの対処というと、つい「考え方を変える」「気にしない」といった精神論に向かいがちです。しかし東洋医学の視点では、ストレスはまず身体に現れ、身体から整えることができるもの。

今日ご紹介したツボ押し、手当て、呼吸法は、どれも特別な道具は要りません。通勤電車の中で太衝を押す、寝る前にお腹に手を当てる、会議の前に深い呼吸をする——そんな小さな養生の積み重ねが、ストレスに負けない身体を作っていきます。

「治す」のではなく「整える」。今日の帰り道、まずは一つ、試してみてください。


※本記事は東洋医学の考えに基づく養生の知恵を紹介するものであり、医療行為の代替を推奨するものではありません。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。

▶ なぜ私が養生を語るのか

ストレスで胃腸が弱る人へ——「加味逍遙散」と肝鬱脾虚という証

「仕事のストレスで胃がキリキリする」「イライラすると食欲が落ちる」「不安を感じると下痢をしやすい」——こうしたお悩みを抱えていらっしゃる方は少なくありません。病院で胃カメラを撮っても異常はなく、「ストレス性ですね」「自律神経の問題でしょう」と言われて、胃薬や抗不安薬を処方されて終わり。けれど、根本はちっとも変わらない。そんなもどかしさを、私自身も家内の介護を通して何度も味わってきました。

今日は「神山先生の教えから」として、ストレスと内臓の関係を漢方の視点から読み解きます。鍵になるのは、「肝鬱脾虚(かんうつひきょ)」という証と、そこに用いられる代表的な処方「加味逍遙散(かみしょうようさん)」です。

西洋医学から見た「ストレス性胃腸症状」

西洋医学では、ストレスによる胃腸症状は「機能性ディスペプシア」や「過敏性腸症候群」と診断されることが多いです。自律神経、特に交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、胃酸分泌や腸の蠕動(ぜんどう)運動が乱れるために起こると説明されます。

治療は、胃酸を抑える薬、腸の動きを整える薬、不安を和らげる抗不安薬などが中心になります。検査で異常が見つからないぶん、「気のせい」「性格の問題」と片づけられてしまうこともあり、患者さんの苦しみは理解されにくいのが現実です。

東洋医学は「肝」と「脾」の関係で見る

神山先生はよくこうおっしゃいます。「ストレスで胃腸を壊すのは、性格が弱いからではありません。肝(かん)と脾(ひ)という二つの臓が喧嘩を始めているのです」と。

東洋医学でいう「肝」は、西洋医学の肝臓とは少し違います。気(き)の巡りを司り、感情をコントロールする臓です。ストレスを受けると、まずこの肝の働きが滞ります。これを「肝気鬱結(かんきうっけつ)」と呼びます。気の流れが詰まった状態、いわば高速道路が渋滞しているようなイメージです。

ところが肝は、そのままでは済みません。渋滞した気は暴走を始め、隣の臓である「脾」を攻撃します。脾は消化吸収を担う臓で、ここが弱ると食欲不振、胃もたれ、下痢、疲労感が出てきます。これが「肝鬱脾虚(かんうつひきょ)」——肝の暴走によって脾が疲弊した状態です。

さらに女性の場合、肝は「血(けつ)」を蔵する臓でもあるため、月経不順、ほてり、のぼせ、不眠といった症状も加わりやすくなります。肝は血を蓄え、感情を調え、消化を支える——この一つが崩れると、芋づる式に全身が揺らぐのです。

加味逍遙散という処方——肝を疎(とお)し、脾を補い、熱を冷ます

この肝鬱脾虚に、熱(ほてり・いらだち)を伴うタイプに用いられる代表処方が加味逍遙散です。構成生薬を見ると、先人の知恵に唸らされます。

  • 柴胡(さいこ)・薄荷(はっか):滞った肝気を疎通させる(渋滞を解消する)
  • 当帰(とうき)・芍薬(しゃくやく):血を補い、肝を柔らかくする
  • 白朮(びゃくじゅつ)・茯苓(ぶくりょう)・甘草(かんぞう)・生姜(しょうきょう):疲れた脾を補い、消化力を取り戻す
  • 牡丹皮(ぼたんぴ)・山梔子(さんしし):暴走した気が生んだ熱を冷ます

つまり加味逍遙散は、「渋滞を解き、血を満たし、消化を助け、のぼせを冷ます」——四方向から同時にアプローチする、実に巧みな処方なのです。

適応する「証」の目安は、以下のような方です。

  • 比較的虚弱で、疲れやすい
  • ストレスでイライラしやすく、のぼせや肩こりがある
  • 食欲が一定せず、胃もたれや軟便傾向
  • 月経前症候群(PMS)、更年期の症状を伴う
  • 不眠、頭痛、めまいを訴えることもある

もちろん漢方は「証」に合っていてこそ効くものです。同じストレス症状でも、冷えが強く元気がない方には「香蘇散(こうそさん)」、喉のつかえ感(梅核気)が強い方には「半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)」、比較的体力があって脇腹の張りが強い方には「四逆散(しぎゃくさん)」と、使い分けが必要です。自己判断で選ばず、必ず漢方に詳しい医師・薬剤師にご相談ください。

今日から始められる養生——肝を疎し、脾を守る

処方を飲むかどうかにかかわらず、日常で肝鬱脾虚を和らげる養生はたくさんあります。

第一に、香りのあるものを取り入れること。柑橘類(みかん、ゆず、グレープフルーツ)、紫蘇、三つ葉、セロリ、ミント、ジャスミン茶。これらは肝気を疎通させる食材です。朝、ゆずの皮を白湯に浮かべるだけで、気の流れがすっと変わります。

第二に、脾を冷やさないこと。ストレスを感じるとつい冷たい飲み物や甘いものに手が伸びますが、これは脾にとって致命的です。温かいスープ、味噌汁、煮た根菜で脾を労わりましょう。

第三に、ため息を我慢しないこと。ため息は肝気が自分で出口を探している証拠です。抑えずに、ゆっくり深く吐く。意識的に「はぁー」と長く息を吐くだけでも、肝は少し楽になります。

まとめ——「治す」ではなく「整える」

ストレスで胃腸が弱るのは、あなたが弱いからではありません。肝と脾という二つの臓が、あなたの代わりに悲鳴を上げてくれているのです。加味逍遙散のような処方は、その悲鳴を聞き届け、渋滞を解き、疲れを癒やし、熱を鎮めるための、先人からの贈り物です。

大切なのは、症状を「消す」ことではなく、身体全体を「整える」こと。今日ため息を一つ深く吐き、温かい汁物を一杯いただく——それもまた、立派な養生の始まりです。

※本記事は東洋医学の考えに基づく養生の知恵を紹介するものであり、医療行為の代替を推奨するものではありません。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。漢方薬の服用についても、必ず漢方に詳しい医師・薬剤師にご相談ください。

▶ なぜ私が養生を語るのか

漢方が続かない本当の理由――世界一の保険制度が生んだ「万単位アレルギー」

「効いてる気がする。でも、もう通えない」

鍼灸院や漢方薬局に通い始めて、体の調子が少し良くなってきた。肩の張りが和らいだ。眠りが深くなった。なんとなく、体が軽い。

でも、ふと請求書を見て我に返ります。

一回の施術が5,000円から8,000円。煎じ薬が月に15,000円。それが毎週、毎月、続いていく。保険が効かないから、全額が自分の財布から出ていく。

「効いてる気がする」と「でも、もう通えない」。この二つの感情が同時に存在するとき、ほとんどの人は後者を選びます。そして、体がまた元の状態に戻っていく。

この繰り返しを経験した人は、きっと少なくないはずです。


日本人は「医療費ゼロ」に慣れすぎた

なぜ、万単位の医療費がこれほどつらく感じるのか。

理由はシンプルです。わたしたちは、世界に類を見ない国民皆保険制度の中で育ったからです。

風邪をひけば内科へ行く。窓口で払うのは数百円。骨を折っても、手術をしても、自己負担は原則3割。高額療養費制度を使えば、月の上限を超えた分は戻ってきます。ヨーロッパで10年、北米で5年を過ごした経験から言えば、こんな国は世界中を探してもそうありません。

アメリカでは救急車を呼ぶだけで数十万円の請求が来ます。盲腸の手術で100万円を超えることも珍しくない。ヨーロッパでも、公的保険でカバーされない治療は普通に万単位の自費がかかります。

それに比べて日本は、高度な医療が驚くほど安く受けられる。これは本当に素晴らしいことです。感謝すべきことです。

しかし、この恵まれた環境が一つの副作用を生みました。

「医療にお金がかかる」という感覚そのものが、日本人の体から消えてしまった。


3割負担の「外」にある世界

保険診療の窓口負担に慣れきった感覚で自費診療の世界に足を踏み入れると、金額のギャップに打ちのめされます。

保険が効く漢方薬は、実はあります。ツムラの漢方エキス顆粒など、医師が処方すれば3割負担で手に入るものも少なくありません。でも、保険適用の漢方は種類が限られていて、一人ひとりの体質に合わせた細やかな調合ができるわけではありません。

本来の漢方の良さ――あなたの体質を見て、あなただけの処方を組む――を活かそうとすると、ほぼ確実に自費の世界に入ります。鍼灸も同様です。保険適用される疾患は限定的で、「なんとなく調子が悪い」「慢性的にだるい」といった養生的な使い方は、基本的に保険の対象外です。

すると何が起きるか。

月に数百円で通えていた内科と、月に数万円かかる漢方薬局を、同じ「医療費」として比較してしまう。比較した瞬間、漢方の側が「高い」と感じるのは当然です。でも、本当に高いのでしょうか。


「高い」の正体を分解してみる

ここで、感情を一度脇に置いて、数字を見てみます。

たとえば、慢性的な肩こりと不眠で困っている人がいるとします。

保険診療のルートを選ぶと、整形外科で湿布と痛み止めが出て、内科か心療内科で睡眠薬が処方されます。窓口負担は毎回数百円から千数百円。安い。でも、肩こりの根本原因にアプローチしているわけではないし、睡眠薬には依存性の問題もあります。そして何より、この通院は終わりが見えません。

一方、鍼灸と漢方のルートを選ぶと、月に2万円から3万円はかかるかもしれません。でも、体質そのものに働きかけるアプローチなので、うまくいけば数ヶ月後には通院頻度を減らせる可能性があります。

どちらが「高い」かは、実は簡単には言えません。

月々の支出だけを見れば保険診療が圧倒的に安い。でも、「5年間湿布を貼り続ける総コスト」と「半年間集中的に体質改善に取り組むコスト」を比べたら、数字はそこまで変わらないかもしれません。さらに言えば、体が楽になることで仕事のパフォーマンスが上がったり、疲労からくる判断ミスが減ったりする効果まで含めたら、計算はもっと複雑になります。

もちろん、これは「だから自費診療を選ぶべきだ」という話ではありません。万単位の出費が毎月続くのは、どう理屈をつけても家計にはきつい。それは紛れもない事実です。


だからこそ、「食養生」を主軸に据える

お金が続かないなら、お金のかからない方法を軸にすればいい。

答えは、実はずっと目の前にありました。毎日の「食事」です。

このブログで繰り返しご紹介している神山道元先生は、東洋医学の中でもとりわけ食養生の力を重視されています。漢方薬も鍼も、もともとは「食事だけでは追いつかないときの補助手段」として発展してきたもの。つまり、東洋医学の本来の主役は、薬局の棚に並ぶ生薬ではなく、あなたの台所にある食材なのです。

食養生の最大の強みは、毎日の食事の延長線上にあるということ。特別な材料を取り寄せる必要はありません。スーパーで買える食材で、今日の献立を少しだけ意識する。それだけで、体は変わり始めます。

冷えが気になるなら、生姜やネギ、ニラを意識的に使う。胃腸が疲れているなら、消化の良いお粥や温かいスープを取り入れる。季節の変わり目に体がだるければ、旬の食材で体を整える。こうした知恵は、何千年もの臨床経験に裏打ちされた東洋医学の真髄でありながら、一円の追加費用もかかりません。

いや、正確に言えば「食費は元々かかっている」わけですから、追加コストはほぼゼロです。買うものを少し変える。調理法を少し変える。食べるタイミングを少し変える。それだけのことです。


漢方と鍼は「切り札」として取っておく

食養生を日々の土台にしたうえで、漢方薬や鍼灸治療はどう位置づけるか。

わたしが提案したいのは、「切り札」として必要なときだけ使うという考え方です。

季節の変わり目に体調が大きく崩れた。ストレスが重なって眠れない日が何日も続いている。慢性的な痛みがセルフケアだけでは手に負えない。こういう「食養生だけでは追いつかない局面」が来たときに、初めて漢方の処方や鍼治療の力を借りる。

この使い方なら、月に何万円もの出費が延々と続くことはありません。年に数回、本当に必要なタイミングだけ。いわば、日常のメンテナンスは食養生で回して、大きな不調が来たときだけプロの力を借りる。車でいえば、毎日のオイルチェックや空気圧管理は自分でやって、エンジンの異音が出たときだけ整備工場に持っていくようなものです。

製造業で30年やってきた人間としては、この方がよほど腹に落ちます。設備保全の世界では当たり前の考え方です。日常点検(食養生)を丁寧にやっていれば、突発故障(大きな体調不良)は減る。そして突発故障が起きたときには、ケチらずにプロ(漢方・鍼灸)に診てもらう。


食卓が「診察室」になる

神山先生の教えで印象的なのは、食養生を「治療の代替」ではなく「暮らしの一部」として語られることです。

特別な健康食品を買いなさいとは言わない。高額なサプリメントを勧めることもない。あなたの体質と今の季節と、今日の体調を見て、冷蔵庫の中にあるものでできることを考える。それが食養生の本質です。

こう考えると、毎日の食卓が小さな「診察室」になります。自分の体の声を聴きながら、今日は何を食べるかを選ぶ。これは、誰かにお金を払って「やってもらう」ものではなく、自分で「やる」ものです。

受け身の患者から、能動的な養生者へ。この転換こそが、お金の問題を根本から解決する道だとわたしは考えています。


保険制度のありがたみ、その先にあるもの

日本の国民皆保険制度は、間違いなく世界の宝です。これを批判するつもりは微塵もありません。

でも、この制度がカバーしきれない領域があること。そして、その領域にお金をかけ続けられる人ばかりではないこと。この二つの事実から目を逸らしても、体は楽になりません。

だからこそ、お金のかからない食養生を目一杯活用して、自分の力で健康を取り戻す。そして、強力な漢方や鍼治療が本当に必要なときだけ、プロの力を借りる。

このブログ「養生日和」では、神山先生の食養生の知恵を中心に、あなたの台所から始められる養生の情報を発信していきます。供給側の「うちに来なさい」でもなく、制度側の「保険外は自己責任です」でもなく。あなた自身が、自分の体の主治医になるために。


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「ストレスで胃が痛い」は気のせいじゃない?——東洋医学が教える心と内臓のつながり

Q. 仕事のストレスがたまると、決まって胃が痛くなります。でも病院で検査しても「異常なし」と言われます。これって気のせいなのでしょうか?

「ストレスがたまると胃が痛くなる」「緊張すると食欲がなくなる」——こうした経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。病院で検査を受けても特に異常は見つからない。「気のせいですよ」「ストレスですね」と言われて、モヤモヤした気持ちで帰ってきた経験はありませんか?

でも、その痛みは決して「気のせい」ではありません。東洋医学の視点から見ると、心と内臓のつながりは驚くほど明確に説明できるのです。


西洋医学では「機能性ディスペプシア」と呼ばれます

西洋医学では、検査で異常が見つからないのに胃の不快感や痛みが続く状態を「機能性ディスペプシア」と呼びます。胃の器質的な病変はないけれど、胃の働き(機能)に問題が生じている状態です。

治療としては、胃酸を抑える薬や胃の動きを改善する薬、場合によっては抗不安薬が処方されることもあります。しかし、「なぜストレスが胃に影響するのか」という根本的なメカニズムについては、「自律神経の乱れ」という説明にとどまることが多いのが現状です。


東洋医学では「肝と脾(胃)の関係」で説明します

東洋医学では、ストレスと胃の痛みの関係を「肝脾不和(かんぴふわ)」という概念で説明します。これは、肝(かん)と脾(ひ)という二つの臓腑の調和が乱れた状態を指します。

肝は「気の巡り」を司る

東洋医学でいう「肝」は、西洋医学の肝臓とは少し異なります。肝は全身の「気」の流れをスムーズにする働き——「疏泄(そせつ)」という機能を持っています。感情の安定や、ストレスへの対応も肝の役割です。

ストレスがたまると、この肝の疏泄機能が滞ります。これを「肝気鬱結(かんきうっけつ)」といいます。いわば、気の巡りが渋滞を起こしている状態です。

脾は「消化吸収」を司る

一方、「脾」は消化吸収を担当する臓腑です。食べ物から栄養を取り出し、全身に送り届ける働きをしています。東洋医学では、脾と胃は表裏一体の関係にあり、合わせて「脾胃(ひい)」と呼ばれることも多いです。

肝の乱れが脾胃を攻撃する

五行説では、肝は「木」、脾は「土」に属します。木は土を抑える関係(相克)にあるため、肝の気が滞ると、その矛先が脾胃に向かいやすいのです。

これが「肝気犯胃(かんきはんい)」——肝の乱れた気が胃を攻撃する——という状態です。イライラすると胃が痛くなる、緊張するとお腹の調子が悪くなる。これは気のせいではなく、肝と脾胃の関係で起こる、れっきとした身体の反応なのです。


今日からできる養生法

1. 深呼吸で肝の気を巡らせる

イライラしたり、胃が痛くなったりしたら、まず深呼吸を。息を吐くときに、身体の中の滞った気が外に出ていくイメージを持ちましょう。吸うときの倍の時間をかけてゆっくり吐くのがコツです。

2. 柑橘類の香りを活用する

肝の気を巡らせるのに効果的なのが、柑橘類の香りです。みかんやレモン、ゆずなどの皮に含まれる香り成分には「理気(りき)」——気の巡りを整える——作用があります。アロマオイルを使ったり、食後にみかんを食べたりするのも良いでしょう。

3. 「腹八分目」と「よく噛む」を意識する

ストレスで弱った脾胃をいたわるには、消化に負担をかけないことが大切です。食事は腹八分目を心がけ、一口30回を目安によく噛んで食べましょう。脾胃の仕事を減らしてあげることで、回復を助けます。

4. 軽い運動で気を動かす

気は動いているのが正常な状態です。デスクワークで同じ姿勢が続くと、気も滞りやすくなります。1時間に1回は立ち上がってストレッチをしたり、可能であれば昼休みに10分でも歩いたりすることで、気の巡りを促しましょう。


まとめ:胃の痛みは「身体からのサイン」

ストレスで胃が痛くなるのは、「気のせい」でも「弱いから」でもありません。肝と脾胃という二つの臓腑の関係から起こる、身体の自然な反応です。

大切なのは、この痛みを「身体からのサイン」として受け止めること。「もう少しゆっくりしなさい」「気を巡らせなさい」という、身体からのメッセージなのです。

病気を「治す」のではなく、身体を「整える」。その視点を持つことで、ストレスと胃の痛みとの付き合い方が、少し楽になるかもしれません。


※本記事は東洋医学の考えに基づく養生の知恵を紹介するものであり、医療行為の代替を推奨するものではありません。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。

なぜ私が養生を語るのか——原点ストーリーを読む

このブログの目的――「正解」を押しつけたいわけじゃない

東洋医学 vs 西洋医学? そんな話をしたいんじゃない

体調を崩して情報を探し始めると、すぐにこの構図にぶつかります。

「西洋医学では根本原因を見ない」「東洋医学にはエビデンスがない」「どっちもダメだからこのサプリを」――。

検索結果に並ぶのは、供給側の立場から書かれた主張ばかり。医療者、施術者、メーカー、それぞれが「自分の持ち場」を正当化するための論理を展開しています。もちろん、その中に真っ当な意見もたくさんあります。でも、体のつらさを抱えて画面を見つめている側からすると、「で、結局わたしはどうすればいいの?」という疑問だけが残ります。

このブログは、そのどちらの陣営にも旗を立てません。


「ゆったり生きましょう」が正論すぎて腹が立つ

養生の世界には、もうひとつよく出てくるフレーズがあります。

「無理をしないで」「ゆったりと生きましょう」。

本音を言えば、わたしもそう思っています。ストレスを減らして、睡眠をとって、好きなものを食べて、のんびり暮らせたら、そりゃあ体は楽になるでしょう。

でも、それが出来れば苦労はしていません。

朝は会議がある。納期は動かない。部下の相談は断れない。家に帰ればまた別の役割が待っている。30年以上、製造業の現場を渡り歩いてきた身としては、「環境を変えなさい」というアドバイスほど空虚に響くものはありません。

「正論」は、受け手の現実を無視した瞬間に、ただの暴力になります。


「今の環境のままで」出来うる最善を探す

では、このブログは何をしたいのか。

答えはシンプルです。今の生活を壊さなくても、少しだけ楽になれる方法を一緒に探したい。

大事なのは「少しだけ」という部分です。劇的な改善を約束するつもりはありません。明日から人生が変わる魔法のメソッドもありません。でも、次の三つのことは信じています。

一つ目。今の症状が「緩和」されることが最優先だということ。 理論の正しさよりも、あなたの体が少しでも楽になることの方がずっと大事です。東洋医学の知恵が合う人もいれば、西洋医学の治療がぴったりの人もいる。あるいは、その両方をうまく組み合わせることで初めて落ち着く人もいます。手段を選ぶ基準は「どの流派が正しいか」ではなく、「今のあなたに何が効くか」です。

二つ目。再発しにくい体をつくることは、生活習慣の「微調整」の積み重ねだということ。 生活を根底からひっくり返す必要はありません。朝のコーヒーを一杯減らしてみる。エレベーターの代わりに一階分だけ階段を使ってみる。寝る前のスマホを10分だけ早く切る。こうした小さな変化は、一つひとつは取るに足りないものです。でも、続けたときに体は確実に変わります。

三つ目。「わたし」の体は「わたし」にしかわからないということ。 どんな名医でも、あなたの体の中に住んでいるわけではありません。最終的に「これは効いている」「これは合わない」と判断できるのは、あなた自身だけです。このブログは、その判断のための材料を提供する場でありたいと思っています。


供給側の論理から「生活者」の目線へ

世の中にある健康情報の多くは、供給側の目線で書かれています。

医師は診断と治療を語る。鍼灸師は経絡と気の流れを語る。サプリメーカーは成分と臨床試験を語る。どれも専門的で、それぞれの領域では正しいのかもしれません。

でも、情報を受け取る側――つまり「患者」であり「生活者」であるわたしたちには、もう一つの視点が必要です。

それは、**「この情報は、今のわたしの暮らしの中で、どう使えるか」**という視点です。

仕事を辞められない。引っ越しもできない。家族の事情もある。そんな「動かせない前提」を抱えたまま、それでも体と付き合っていくための知恵。このブログでは、そういう地に足のついた情報を発信していきます。


一緒に探しましょう

このブログのタイトルは「養生日和」です。養生とは、特別な何かをすることではなく、日々の暮らしの中で体をいたわること。日和とは、何かをするのにちょうどいい天気のこと。

つまり、「今日もまた、体をいたわるのにちょうどいい一日ですね」という意味を込めています。

完璧を目指さなくていい。正解を見つけなくてもいい。ただ、今日できる「少しだけ」を積み重ねていく。そのための情報と、ちょっとした励ましを、このブログから届けられたらと思っています。

「乗り越えられない試練はない」――これはわたしの座右の銘ですが、乗り越え方は人それぞれです。あなたのペースで、あなたの方法で。

一緒に探しましょう。

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