2024年1月6日(土)午前5時55分電話が鳴った。

母の携帯から。

顔を洗っていたので出ることができず、

折り返しをしようとスマホを持ったと同時に、

また着信があった.

正月に元気な姿を見たばかりだったのだが、

92歳になる父が弱っているので、少し嫌な予感がしつつ電話に出る。

いきなり背景からサイレンの音が響く中で、

知らない男性の声が聞こえてきた。

『親父に何かあった』

咄嗟にそう思った。

『◯◯消防署の◯◯と申します。

パッチングワーカー様でしょうか?

お母様が階段から落ちて、複雑骨折をされて運んでいます。

意識はしっかりされていますが、骨が皮膚の外に飛び出しています。

◯◯病院に運んでいます。』

もたらされた想定外の情報に動揺しながら、慌てて服を着替え、

妻を家に置いたまま車に飛び乗った。

足が震えていた。

横浜にある私の自宅から、指定された病院まで2時間強かかる。

車の中からハンズフリーフォンを使って、

妹に連絡を取る。

実家には、介護の必要な父1人になってしまっているので、

私は病院、妹は実家と、手分けして対応する依頼をするためだ。

13年前に、アメリカで家内が倒れた時を思いだしながら運転する。

圏央道に入ると、レーダークルーズコントロールを115km/時にセットして巡航する。

感心できるものではないが、

囚われた場合でも免停を逃れられるギリギリの速度。

遅延した航空機が、安全を害さないギリギリの速度でキャッチアップを図る様なもの。

勝手に言い訳を考える。

1時間ほどすると、運ばれた病院から電話があった。

痛み止めを入れてMRIを撮ったが、損傷度合いが激しすぎてリスクが高い。

埼玉医科大学国際医療センターに転院させてから緊急手術をする方針なので、

国際医療センターに向かってほしいとの依頼だった。

埼玉医科大学国際医療センターは埼玉県でも有数の、高度救命救急を担う病院だ。

父が心筋梗塞で倒れ、3本のバイパスと、2箇所の弁置換術を受けた病院だ。

当時は、現東京女子医大心臓外科教授の新浪博士さんが、埼玉医科大学国際医療センター心臓外科教授をされていた。

素晴らしい手技の持ち主で、

12時間かかった手術の翌日には、ベッドから起き上がって歩くことができた。

昭和天皇の心臓手術を担当された順天堂大学の天野篤教授の右腕として、同大学心臓外科助教授を務めていた方だ。

現サントリー社長である、新浪剛史氏の弟であることは有名だ。

そんなわけで、私の中ではこの病院への信頼度はMAXだ。

転院と聞いて、逆に安心した。

予定より2つ手前のインターで高速を降りて、埼玉医科大学国際医療センターへと向かう。

ERに運ばれていて、早速医師の説明を受ける。

最初に運ばれた病院で撮影した3DのMRI画像が、深刻さを瞬時に理解させる。

ヒビの入った部分を入れると4箇所が損傷を受けており、

親指に繋がる骨は、手首の位置から外に飛び出していた。

皮膚の壊死を覚悟する様に言われ、

手術前から、1ヶ月以上の入院を告げられた。

手術室に母が入ると、専用の携帯電話を渡されて、病院から外に出ない様に言われる。

父の時は携帯ブザーだった気がするが、

父の手術中に心配MAXだった母が、今は向こう側にいる。

3時間弱ののちに電話が鳴った。

Covit-19の影響で、面会は許されていないが、

10分間だけ、特別に話をさせてもらった。

自分の事ではなく、置いてきた父の心配ばかりしている。

妹が付き添っていること、

特別一時預かりの施設を、ケアマネさんが探してくれた事を伝える。

しきりに謝る母に、

『良い機会だから、ゆっくり休んだほうが良いよ』

そう伝えた。

埼玉医大国際医療センターHPより

リッツカールトン日光

中国から帰った翌日の11月8日に、家内を連れてリッツカールトン日光に宿泊してきました。

何ヶ月も前に、

紅葉に当たればラッキー!!

くらいの気持ちで予約入れていました。

もちろんポイント宿泊です😄

私の誕生日なんです。

観光もせずに、美味しいお蕎麦と温泉、そしてリッツカールトンのお料理を楽しむだけの旅。

私の大好きなYouTuberである、現在はラスベガス在住のUS生活&旅行さんが、一時帰国の際にお母様を連れてリッツカールトン日光に宿泊した旅行記が大好きです。

そんなわけで、我が家も少し背伸びをしてみることにしたのです。

まず目指したのが、日光市に無数にあるお蕎麦屋さんの中でも、評価の高い『三たてそば 長畑庵』

前日、上海から成田を経由して家に帰ったのが21時。

少しお疲れモードなので、10時30分に家を出てきました。

朝ごはん抜きで、お蕎麦に集中します。

晩御飯の予約を、19時半と遅めに入れたのは、お蕎麦を堪能するため。

天ぷらを置いていない潔さは、蕎麦に自信があるからでしょうね。

13時過ぎに到着したのですが、10組先客が待っていました。

ここを目指してこないと、絶対に見つかりません。

たまたま通りかかった、なんてことがない立地。

でも混んでいます。

1合が一人前で、あとは大ざる(1.5人前)、2人前、3人前っていう感じです。

天ぷらも、そばがきも置いてないから、お酒も飲みたくなりません。

助かった😄

無理かも?って思いながら、家内と2人で4合を注文。

2人前ずつ食べる計算。

うわあ、すごい量だ。

でもぺろり!!

まだ行けそうな感じでした。

が、後でお腹が膨らんで、晩御飯の予約を18時なんてしていたら、楽しめなかった。

美味い蕎麦、恐るべし。

リッツカールトン日光は中禅寺湖畔にあるので、いろは坂を登って行きます。

いろは坂を登る手前は、なかなかの紅葉。

いい感じです。

いろは坂を登っていたら、野生のお猿さんが道を塞いでいました。

スマホを向けると、さっさとお猿のように(お猿でした)登っていきました。

リッツカールトン日光は、いろは坂を登り切ったところに佇んでいます。

2軒隣に、星野リゾート界日光があります。

日光国立公園内にあるのです。

到着すると、すぐにバトラーさんが出迎えてくれて、車を預けます。

坂の麓と全然違う空気で、キリッとしています。

寒いです。

ロビーは高級な日本旅館の佇まいで、フロントではなくゆったりと置かれたソファに腰掛けてチェックインを行います。

何から何まで凝った作りで、他のマリオット系ブランドとは一線を画しています。

素晴らしいと感じたイラフSUIでも、館内の創りを見る限りでは歯が立ちません。

館内を案内されながら、309号室へ。

普通のお部屋でも65㎡あります。

まあ、素泊まり15万円(秋の金額)ですから、他のホテルではスイートクラスです。

(私たちはポイントです。ごめんなさい)

上の動画の最後に見える建物が、晩餐を楽しむLakeHouseです。

部屋からの景色は、沖縄の海とはまた違う、キリッとしたマイナスイオンを感じて素敵です。

テラスの柵がガラスなので、景色がとても美しく映ります。

他の国でこのデザインを施しても、あっという間に白く濁った汚れだらけになることでしょう。

日本は素晴らしい国です😊

温泉に浸かりに、まずは大浴場に行きました。

部屋に素晴らしい眺めの良いお風呂がついているのですが、これは温泉ではありません。

洗い場にも床暖房が付いていて、抜かりありません。

このお風呂に入ると、ずっと体がポカポカしているので、軟水化かなんかやってる気がします。

洗面ボウルは背面にもう一つあります

大浴場の温泉は硫黄の匂いがする、しかし透明な温泉で肌ツルツル。

バスタオル、ハンドタオル、垢すりタオル?、シェービングフォームから、レザーまで、なんでも揃っています。

手ぶらで行けます。

家内が脱衣場の手前で、装具を外すのを見ていた係の方が気を利かせ、帰る時には装具を装着するための椅子が用意されていたそうです。

心配させない、恐縮させない心配りは(も)超一流です。

温泉に行く時に発見した、エレベータが来るときの合図。

来ない方のライトが消えます。

素敵です。

一つ一つがさりげなく、しかし一流。

黄金に煌びやかに飾るなんてしません。

でも高級感が滲み出ています。

時間が近づいてきたので、LakeHouseに向かいます。

素敵な演出です。

まずはアミューズ。

コースを予約していました。

家内がグルテンをミニマムにしたいと、伝えてありました。

右のキャビアの下のパンケーキは、蕎麦粉なんだそうです。

メニューは割愛しますね。

私は日光のビール、家内はリースリングからスタートします。

これは絶対に白でしょ。

私もリースリングに参戦。

すごく美味しいパンは、巾着に入れられて出てきます。

暖かいです。

家内には、グルテンフリーブレッドがサーブされました。

フレッシュトマトのパスタです。

家内の皿はグルテンフリースパゲティで、ソースは同じ。

舌平目が出て、

栃木県産の和牛。

お酒は、家内はカベルネ・ソーヴィニヨン、私は栃木県産ロゼをチョイス。

ピノノワールです。

フルーツとスイーツ2種がサーブされて、

美味しいコーヒーを淹れていただきました。

2時間かけていただきました。

部屋に帰る途中、ロビーへ。

バーで一杯飲みたかったのですが、

家内も私もお腹が満杯で、無理でした。

素敵な時間を過ごすことができました。

今年は、出張と出張の間に、家内と旅に出る事ばかりで、わさわさしていました。

家内の父上が旅立ちましたので、

逆に家内を楽しませようと、沢山スケジュールしたのですが、

仕事と仕事の狭間での旅は、少しせせこましくもありました。

私たちだって、いつ向こうに行くかわかりません。

先送りせずに、できることは全てやってしまいたいと思うのです。

あれだけ楽しんだのだから、悔いはないよね!!

って、子供達から言われたいです。

朝食はゆっくりと、ルームサービスをお願いしました。

和食と洋食。

凄すぎて、どっちが和食かわかりません。

こちらは洋食ですね
これが和食

このプリン、拘りの奴ですよ。

2層に分かれているの、わかりますか?

これは、搾りたてのミルクをホモゲナイズ(分散化)しないで低温殺菌して、プリン液を作ったら低温でじっくり焼くんです。

ゆっくり焼くので、脂肪分が浮いてくる。

だから2層に分かれます。

寒い地域のミルクだから、脂肪層が厚いです。

ほんと美味しい!!

低温で焼くので、ミルクの風味が活きています。

実はこれ、九州でピッツアの店をやっていた時に、モッツアレラチーズ用に頂いていた、ブラウンスイスのミルクで作っていたプリンです。

作っていたからこそ、パティシエの拘りを感じることができました。

朝の暖炉も素敵です。

美しいホテルでした。

夕食時にターンダウンをしていただいたのですが、

PCのケーブルをこんな感じでまとめてくださいました。

わざわざ、バンドをつけてくださった。

感動です。

テーブルは今滞在中のALOFT JAKARTAのものです

帰り際にお守りもいただきました。

そして驚いたのは、用意してくださった車のカップホルダーに、

リッツカールトンのミネラルウォーターが2本、置かれていました。

どこまでも気配りの行き届いたホテルでした。

大満足でした。

インド&中国

みなさまこんにちは。

パッチングワーカーです。

前回、カオスへの入り口と題してブログを書きました。

インドへ行く予定だったからです。

4年前に行ったインドは、それはそれはカオスでした。

デリー国際空港(インドを代表する空港)では、案内表示がほとんどなく、どこに行けば良いのか迷うほどでした。

近隣のエアロシティという空港ホテルエリアに行く際に、MRTに乗車しようと空港駅に向かおうとしたところ、ホームレスのような人々が屯していて、とてもそこを通る気がしませんでした。

軽ワゴンのタクシーで(インドにしては高い)移動した程です。

今回驚いたのは、全てがドラスティックに改善されていました。

前回はターミナル移動するバス乗り場がわからなっかたのですが、明確に示されていました。

何から何までわかりやすかったです。

G20開催のために整備したのでしょうか?

ジャカルタはアジア大会でドラスティックによくなりましたし、東京は1964年のオリンピックで近代化を遂げたのですよね。

素晴らしい事だと思いました。

インドへ行くことを恐れていたので、胸を撫で下ろしたのでした。

ターミナル間移動バスは、ブンブンふかして恐ろしいくらい飛ばしまくる、狂ったバスだったのに、TATAが作った電気バスで優しい運転になってました。

道路も整備されてびっくり。

以前来た時に、Indigoのヴァドーダラ行きがターミナル1からだったので、何の疑いもなくターミナル1に移動。

なのにターミナル3になっていて、バスに乗る必要がなかったというオチ。

行って帰ってきました😩

デリー空港第3ターミナル入国ロビーです

待ち時間4時間は長くて、こんな馬鹿げた移動をしても時間たっぷりでした。

Indigoはインドの航空業界を変えた素晴らしい航空会社。

時間にルーズで、汚くて、欠航もしょっちゅうだったインドの航空業界に、定時運行、綺麗、低い欠航率で殴り込みをかけたのがIndigo。

50%近いシェアを奪ったところで、国内線シェア20%を切ってしまったAir Indiaが覚醒。

TATAグループ傘下に入り(元国営)、定時出発率No.1に躍り出ました。

でもね、さすがインド。

911以降、世界中の航空会社のコックピットは固く閉ざされていたのですが、ご覧の通り。

旅客機大好き人間としてはありがたいのですが、ちよっと心配ですよね。

ここまで開いて中が見えれば、トイレのドアと間違える心配なしです。

ちなみに画像左側のドアはトイレです。

その昔書いた気がするのですが、ドイツの航空会社Condor (当時はルフトハンザの子会社で、今はThomas Cookのグループ)で、ルクセンブルグからバケーションでドミニカ共和国に行った時のお話。

私たちが最前列に座っていて目撃したのですが、フライト中、かなり高齢のお婆様が前方のトイレを目指していて、左手前のトイレが使用中だったのです。

機材はDC10でした。

そのお婆様、何を思ったのか、鍵の掛かっていなかったコックピットに吸い込まれていきました。

多分、前方に2箇所トイレがあると思ったのでしょうね。

私たちは左側の席でしたが、真ん中の列に座っていたドイツ人のおじさまが、私を見ながら大爆笑。

テロではありませんでした😄

911のはるか前の、1995年の出来事です。

インドの地方はまだこんな感じ。

のどかです。

Vadodara郊外です

Vadodaraはグジャラート州にある町です。

ここです

ヴァドーダラー(Vadodara, グジャラート語: વડોદરા, マラーティー語: वडोदरा)は、インド西部のグジャラート州の都市である。かつてはガーイクワード家及びヴァドーダラー藩王国の首都であった。
面積148.22平方キロメートル、人口約160万人(2012年)[1]。インドの都市圏で16番目[2]、グジャラート州で3番目に人口の多い都市であり、州の人口のおよそ7%が集中している(2001年人口統計)[3]

Wikipedia

グジャラート州では、公の場での飲酒が禁止されています。

レストランで飲めないんです。

そんな私を、お客様の社長様がご自宅にあるBARに招待してくださいました。

ありがたいことです。

ビールもウイスキーも、ワインも、ジンも、なんでもお持ちでした。

おつまみは和を取り入れたもので、締めはなんとカツカレー!!

つまみに寿司まで出てきました。

満足しましたー。

英国の大学留学経験をお持ちの副社長様との、英語での会話が心地よいです。

ちょっと飲みすぎたかな。

でも楽しかった〜。

最終日はデリー空港近くのALOFTホテルで、翌日の夕方フライトに備えてレイトチェックアウト。

どんな環境下でも、マリオットグループのホテルは安心してくつろげます。

10月29日(日)の朝着で帰国して、11月1日(火)朝、成田空港から中国へ来ています。

杭州空港に入り、杭州臨安というところのお客様を訪問。

バッテリー関連のハイテク企業です。

人工的な建物だらけで、写真を撮る気が起きないです。

粉飾でナスダック上場廃止になった、ラッキンコーヒーがあったので、飲んでみました。

普通でした。

接客は全然よくありません。

スタバの半額だけど、飾りっ気のないざわざわした店内です。

皆がQRコードで購入していて、店員は製造業のオペレータ。

コミュ障店員だらけで、正直私は?です。

ごめんなさい

店は落ち着いて飲む環境にはなく、部屋で飲みました

途中、安針という街のカビ臭いホテル滞在があるも、今は上海郊外の松江という街のコートヤードに宿泊しています。

ほんと、マリオットグループは安心できます。

ただし、エレベーターで降りようとしているにも関わらず、構わず乗ってくる振る舞いは変わっていません。

インドネシアもインドも同じ。

これってDNAですか?

胡麻信用ってご存知ですか?

詳しくは調べていただきたいのですが、このシステムで民度が一気に上がったと言われています。

でも、この国の方々は、基本的に周りの人に気遣うことが苦手に思えます。

クラクションも6年前と比べたら減りましたが、相変わらず『どけどけ!!』と、自己中の音が響き渡っています。

上海郊外ですよ。

平安時代から、周りの人への気配りを行っていた、日本人のDNAなのでしょうか?

車を洗わない、高級ホテルの窓ガラスを掃除しない文化。

日本人が綺麗好きすぎるのでしょうか?

ホテルエレベータ(コートヤード)の中も汚いし、隣のテナントがほとんど入っていないモールは、しょんべん臭い(下品でごめんなさい)です。

うーん、好きになれません。

私ってダメですね。

シティホテルにある居酒屋

お久しぶりでございます。

8月3日に関西教育ICT展という展示会で、基調講演をしてきました。

パートナーになっているアメリカ企業の依頼です。

プレゼンは得意なつもりでも、いつも緊張してしまいます。

3日と4日の2日間だけの展示会だったのですが、結構な来場者数がありました。

4日は金曜日で、17時に閉幕するとすぐに会場を後にして、新幹線で自宅に帰りました。

5日は義父の初盆で大分に行くことになっていました。

21時に家に着いて、翌朝は4時に家を出るタイトさ。

危なっかしいスケジュールばかりでドキドキですが、問題なく早朝のANA便に乗って鹿児島に向かいました。

鹿児島?

そうなんです、鹿児島。

7日と8日を休みにして、日曜日から2泊の予定でシェラトン鹿児島に滞在しようと企てたわけです。

義父の件も、家内のリハビリでも色々とあった鹿児島ですからね。

供養と家内の心のリハビリを兼ねていたのです。

8時半には鹿児島空港に到着して、レンタカーで大分を目指します。

最近の車は限りなく自動運転で快適。

4時間のドライブですが、疲れることなく安全に目的地に到着しました。

15時の法事にはたっぷりと時間があったので、昼ごはんは大好きなウエストのうどん。

グルテンを控えている家内も

「絶対に食べる!!」

と言って参戦。

ふわっとしていてコシも感じる麺と、上品な出汁が美味しいんですよ。

「俺は針金のようなうどんが好きだから、腰がないうどんは嫌いだね!!」

なんて言っていた人たちを、どれだけ虜にしたことか。

私は暑さに負けて冷たいうどんを。

ふわっとした麺を冷水で締めているので、無茶苦茶上品なコシです。

美味極まりない。

店内は寒いくらいの冷房設定だったので、温かいうどんも正解でした。

法事も会食もソツなく終わり、市内のホテルに泊まりました。

翌日は義母と一緒に買い物に行って、美味しそうな食材を冷蔵庫一杯になるほど買ってきました。

かなり元気になっていて一安心です。

秋には遊びに来てもらう計画です。

昼前に鹿児島に向かって走り出しましたが、ANAから連絡が。

「8日にパッチングワーカー様が予約されている鹿児島発羽田行きの便ですが、欠航の可能性が高いと判断しております。台風の速度が遅いので、お帰りの際は前倒しが懸命かと存じます」

だそうです。

スイートナイトアワードを利用した、シェラトン鹿児島のスイート2泊滞在計画がオシャカです。

マリオットBONVOYの致命的な欠陥で、連泊の予約の場合減泊が難しく、予約をキャンセルして取り直さなくてはいけません。

ところがキャンセルをした途端に、確約されていた2泊のスイート宿泊の権利が剥奪されてしまうのです。

フロントオフィスマネージャーの柳澤さんが助けてくださいました。

1泊に減泊して、2泊分のスイート宿泊権利は失いましたが、取り直した予約にスイート宿泊をプレゼントしてくださいました。

失った1泊分は仕方ないです。

いつも使いきれなくて流れてしまうので、諦めます。

お部屋はこんな感じ。

窓からの眺めは桜島です。

素晴らしい温泉も完備されたホテルなのですが、バスタブも素晴らしい。

シェラトン鹿児島には、5つ星のシティホテルでは(私は)聞いたことがない居酒屋があるのです。

早速予約をお願いしました。

先ずは温泉に入ってさっぱりして、お腹が空いたところで居酒屋さつまぐまに!!

その前に、せっかくなのでラウンジのカクテルタイムに。

軽くおつまみをいただいて、家内と2人でワインで乾杯。

30分もいなかったと思います。

予約の時間が近づいたので、さつまぐまに。

グラスが居酒屋じゃないです😃
全部地魚のお造り
揚げたてさつま揚げ。シェラトンの焼印は後で気がつきました
ホントうまいです。空港に売っているやつと全然違う
桜島の溶岩をイメージしたコロッケ
薩摩牛のイチボ
薩摩黒豚の生ハムサラダ
私は日本酒を2種類飲みました

他にさつま黒豚のグリルを食べたのですが、痛恨の撮り忘れ。

嘘みたいに美味しかったのですが残念。

コースもあったのですが、好きなものだけ食べたくてアラカルトにしました。

全部美味しくてびっくり。

一般的にシェラトンの食事は美味しいのですが、南の方のシェラトンでガッカリしてからというもの、少し疑心暗鬼になっていました。

でもやはり美味かった!!!!

家内が焼酎の水割りを飲んだのも入れて、1万2千円くらいでした。

ホテル価格ではないですよね。

大満足でした。

気分が良すぎてバーにも行っちゃいました。

本当に素敵なホテルです。

ホスピタリティも最高でした。

翌朝はラウンジで朝食をいただいて、温泉に浸かってから空港に向かいました。

美しく盛り付けたつもり😃
温泉のあるSPAに通じる通路

何もかもが満足の1泊でした。

2泊したかったけれど、翌日乗るはずだった便の欠航が決まっていました。

ギリギリセーフ。

また来たいと思わせてくれたホテルでした。

所得格差と不景気

皆様こんにちは、パッチングワーカーです。

明日の飛行機で帰国なので、気分の良い朝を迎えております。

こちらの化学系、食品系の方々(日本人)は口を揃えて景気が悪いと言います。

ほぼ全員が言うには、売り上げ減の理由が解らないのだそうです。

日本人出向者の方々は、日本にいる時よりずっと良い給料を貰って、素晴らしいお家に住んでいます。

皮肉ではありません。

私も海外にいる時はそうでした。

出張者の私は、昨日も能天気に1人でピザを食べに近くの人気レストランに行ってきました。

自分へのご褒美?アホ

ピザ1枚とワインをグラス2杯で4,000円くらいでした。

さて、インドネシアの平均月収のお話です。

インドネシア全体で26,000円、ジャカルタだと50,000円くらいです。

ただしこれは平均であって、格差の大きいこの国ではベンチマークにはなりません。

下記はかけもちというサイトからお借りしたデータですが、職種ごとに収入が大きく違います。

農林水産業従事者は極端に低いのですが、オペレータクラスでも3万円強。

この収入で家族を養うと考えると、家族全員で1日1,000円。

3人家族で一人当たり330円です。

この金額には住にかけるコストも、エネルギーにかけるコストも含まれますから、食事にかけるコストは想像ですが1人100円程度でしょう。

様々な要因が噛み合って、この国でもインフレの波が押し寄せています。

20%近いインフレになっているようです。

物価に対して十分な所得がある世帯にとっては、物価上昇は気にならないと思います。

Covid-19が来る前に比べて、飲みに出る機会が激減しているので、かえって家計は楽かもしれません。

1人100円の食費ということは、単純計算で1食33円程度です。

自炊するしか手がありませんが、それでも質素な食事でしょう。

例えばの話ですが、食材が20%値上げされたら、コーヒーを飲む余裕などありません。

従って、コーヒーの消費が大きく落ち込み、コーヒー容器の需要が落ち込み、容器を印刷するインクの需要が落ち込むわけです。

スナック菓子なども同様です。

車の販売は好調です。

Covid-19による販売低迷を梃入れすべく、政府が補助金を出しているからです。

車の価格はインドネシア産(日本メーカー)で日本並、輸入車(日本メーカー)は日本の約2倍します。

従って、車を買える層は高所得層だけなのです。

国全体の底上げを図るには、高所得層の購買意欲を煽るのが手っ取り早いのは仕方ないのですが、この国もまた、田中角栄氏のような強力な政治家の出現が必要なのだと思うのです。

乗り場が不便すぎて使われない新幹線然り、鳴物入りで作られたのに80キロ以上出すと危ないほどの凸凹超高速仕様の道路、中国のように飽和状態なのに作り続けるショッピングモールなど、どう考えても国民の生活が楽になる道筋が見えないのです。

いつまでも回復の兆しが見えない大渋滞、張り巡らされていない公共交通機関、Grabバイク(ウーバーのバイク版)が異常発達して公共交通機関の必要性を感じていない状況。

賛否があると思いますが、田中角栄氏が作った新幹線網や高速道路網は、本当に素晴らしいと思うのです。

人流や物流が激増して、お金もまた大きく流れ始めました。

それを真似した中国の新幹線のように、嘘みたいな赤字に喘いでいるということもないし、航空各社との共存も果たしています。

タクシーの運転手に多めに渡すとか、レストランでたくさんお金を使うくらいしか、私にはできませんが、この国を良くすることができるのは政治家しかいないと切に感じるのです。

我が国では、大勢が文句言っている皆保険制度、張り巡らされた公共交通網、生活保護の制度やさまざまな免税措置。

日本人であることに感謝しなければバチが当たると思います。

日本がそうであったように、ウクライナは凄まじい経済発展を成し遂げると思います。

戦争がなくても発展できて、格差が広がりすぎない社会が実現できると素晴らしいと、能天気に考えるのです。

支離滅裂ですが、そう思うのです。

インドネシアスペシャルティコーヒー

皆様こんにちは、パッチングワーカーです。

月曜日になって、いきなり時計が早回しで動き出したかの様な1日でした。

昨日、お話ししていたANOMALI COFFEEに行ってきました。

私のホテルから一番近いお店でも、徒歩で30分近くかかります。

歩くといっても、こちらは33度80%の不快な天候。

行きはタクシーで行ってしまうことにしました。

タクシーで5分ほどで到着。

スターバックスと比べると、少し見劣りする店構え。

早速コーヒー豆を物色します。

何やら雑然と並べられたコーヒー豆達を発見。

200グラム入りのコーヒー豆に目を取られます。

写真撮っていい?

て聞いたら、良いよ!!

って言ってくれました。

私が購入したのはこの5種類。

おしゃれな紙袋に入れてもらいました。

コーヒー1杯サービスするよ。

ホットかい?アイスかい?

って言ってくれたので、迷わずホットを選択。

ううううううううー、やばい。

今まで味わったことのない複雑な味と香り。

舌の部位毎に感じる味が異なって、舌が混乱しています。

間違いなく自分史上最高のコーヒー。

うまいいいいいい!

紙コップでここまでなのだから、コーヒー専用グラスで味わったらどこまで凄い?

少し細目で挽いてハンドドリップしています。

この店はコーノ式で淹れています。

早く帰宅して、自分の味を追求したくなります。

店はこんな感じ。

外は暑いのだけれど、ホットが美味いです。

帰りは緑の濃い道を選んで、ゆっくり帰りました。

このチョコレートとのマリアージュ最高でした。

複雑 × 複雑 = 舌フル稼働

なのでした。

痛みと導き

みなさまこんにちは、パッチングワーカーです。

これから台湾、フィリピン、インドネシア3国の旅に向かいます。

周遊チケットを日系で買うとコロナ禍の航空券のように高価になってしまうので、EVA航空で台湾に向かいます。

幸いEVAはスターアライアンスなので、全日空ラウンジかUNITEDラウンジを使用できます。

アメリカ系航空会社のラウンジは、先入観もあって敬遠しがちです。

スターアライアンスを使う時は、搭乗ゲートから少し遠くても全日空ラウンジを使います。

ただし、混んでます。

座れないわけではありませんが、気持ちが休まらない。

今回は免税エリアで購入したお土産が巨大で重いので、搭乗ゲートに近いUNITEDラウンジで妥協しました。

いえ、妥協したつもりでした。

ラウンジはとても大きくて、人影は疎ら。

こっちの方が全然良いじゃないですか😁

お酒もたくさん揃っています(今日は着いてすぐ仕事なので我慢)し、イタリアンサラミや生ハム、モルタデッラ、ピクルス、オリーブ、サラダ、天津各種、照り焼きチキン、稲荷寿司、巻き寿司、ビーフカレー、チキンカレー、フルーツ、スイーツ(ケーキやわらび餅までありました)等々!!

食べ物も全日空ラウンジより全然良いです。

比べているのはANAダイヤモンドラウンジではありません。

ANAもJALもダイヤモンドはとっくに首になってます😁

いつもつまらない前置きが長くてごめんなさい。

家内の痛みについては、何度も書いてきました。

診断名は脳卒中後疼痛。

漢方を含むペインクリニックを渡り歩き、様々な民間療法にもお世話になり、大阪大学の磁気共鳴療法の治験を失語症を理由に断られ、代わりに勧められた脊髄刺激療法(SCS)の電極(コントローラも)埋め込み術を受けて、これが全く効果なく…。

電極が入ったまま民間療法を転々とするも効果なく。

西洋医学には不信感しかなく(リリカやトラムセットの副作用で疲弊しました)、5年くらい前から私の中では諦めムード。

沖縄の海に行くと少し痛みが和らぐからと、家内との旅に気持ちがシフトしていきました。

こいつがまずかった。

諦めなければきっと叶う!!なんて思っていても、心の底では諦めていて情報収集のスピードを極限まで緩めていた気がします。

7年経ったら入れ替えが推奨されている脊髄刺激療法(SCS)の電極とコントローラですが、Covid-19の流行で自粛。

緊急でない手術は延期!!とばかりについに8年が経ってしまいました。

抜去を近くの昭和大学にお願いするも、

『昭和大学ではSCSを取り扱っていないからできません』

と断られます。

抜去できる病院を見つけることができず困り果て、

埋め込みをしてくれた大阪大学に相談したら、横浜の病院の先生を紹介してくれました。

先週無事に抜去が終わりスッキリ。

もちろん交換ではなく取り去る手術です。

メスを入れたからだと思うのですが、疼痛のレベルが上がってしまいすごく痛いようです。

執刀医の先生はとても良い先生で、手術が終わったらさよならではなくて、

『痛みの対策をしましょう』

と言って、横浜市立大学病院の北原雅樹先生を紹介してくださいました。

この先生、とても著名な方で1年待ち。

?って、聞き返してしまいました。

ここで2つの偶然というか必然。

1つめは、横浜市立大学病院。

大阪大学から紹介していただいた病院は、横浜市立大学の医局から来ている先生で構成されていた病院だったのです。

以前触れたと思いますが、娘が神経再生を勉強したくて通っていた大学、大学院は横浜市立大学。

随分と遠回りをしたのですが、横浜市立大学病院に辿り着いたわけです。

執刀医の先生は娘の恩師の竹居先生をよくご存知でした。

ほんと不思議。

2つめは、疼痛管理。

1年なんて待っていられないから、予約はキープしておいてどうしようか考えますよね。

横浜市立大学病院の北原雅樹先生が痛みに関するYoutubeチャンネル(専門家向けなので素人にはキツイですが)をやっていらっしゃって、世界的に慢性疼痛へのアプローチが進んできていることを知ることができたのです。

Pain Management Networkというサイトが日本語化されていて、本当に興味深い内容がずらり。

慢性疼痛について、色々と解ってきているのだと目から鱗状態。

家内の症状を完璧に説明できるコンテンツにびっくりでした。

家内が石垣島にいると痛みが和らいだり、大好きな裁縫をしていると痛みを忘れたりと言った事象。

側から見たら『気の持ちよう』で片付けてしまうような事柄でさえも、

『なるほど!!』

と、納得できてしまう内容です。

なんと言っても、死ぬまで痛みを抱えるのか?

っていう不安に、少しばかり希望がみえるだけで随分違うのです。

慢性的な痛みに悩んでいる方がいらっしゃったら、ぜひこのビデオを観てください。

希望が持てると思います。

あともう一つ。

ネトリン4という物質。

6年前くらいかな?

大阪大学が見つけた物質。

脊髄損傷や脳出血などによる疼痛患者が分泌している

『痛み信号を大幅に増幅する物質、ネトリン4』

を発見したのです。

ネトリン4阻害薬ができれば、慢性疼痛に苦しむ沢山の人たちを救うことができると思います。

ただし、ビデオにあるような、痛み信号を制御するゲートの動きを正常化する試みは必須だと思うのです。

何でもかんでも薬で治すっていう考え方が、副作用に苦しむ患者を増やすわけですからね。

これから、たくさん情報を集めて実行していこうと思っています。

頑張って、疲れて、諦めて…。

ホント反省!!!

何事も諦めたら終わりなんだと気付かされました。

諦めないぞ!!!!!

家内と旅行には行き続けますよ

激動の2ヶ月

大変ご無沙汰しております。

パッチングワーカーです。

2ヶ月ほど前、家内と鹿児島、大分を訪れました。

入院をしていた義父に会うことができる様になったからです。

仕方ないのかもしれませんが、3回以上ワクチン接種をしていなければ見舞いが出来ない決まりの病院でした。

直前にPCR検査をして、陰性証明書を提出してもダメだということでした。

義母は持病の関係でワクチンは打てていなかったし、家内は2回目を打った時の副反応が異常だったのと、疼痛が数倍になった経験があって3回目は打っていません。

待って待って、やっと病院がOKを出したのです。

入院先が鹿児島で、義父の家があるのは大分というイレギュラーな状況でしたが、これは病院の事情もあって触れないことにします。

私たちは、鹿児島に泊まりつつ義母を迎えに大分まで車を走らせて、また鹿児島の病院まで送り届ける予定でした。

義理の弟が先に鹿児島に来ていて、義母を大分に送り届けるのは彼の役割という手筈になっていました。

私はとても忙しい時期で、前日は山形で仕事があって帰れないので、朝一番の新幹線で家に帰って、家内を連れて羽田に向かうという強行スケジュールだったのを思い出しました。

義父は心臓の手術が控えていたのもあって会いに行く予定だったのですが、山形でお客様とお酒を飲んでいる時に義弟から電話があって、義父の危篤を知らされたのです。

東京に居たとしても最終には間に合わない時間でしたが、翌日の朝一番機には乗れたはずです。

『お前だけ先に行け!!』

これが普通ですが、家内は1人では空港にも行けません。

運命だと諦めるしかありませんでした。

翌日、病院に駆けつけたのですが、ICUにいて意識はない状態でした。

予定していた手術もキャンセルになりました。

義弟と家内を病院に置いて、私は義母を迎えに大分へトンボ帰り。

家内たちは急遽、鹿児島市内のホテルに滞在して、私は荷物のある垂水のフェアフィールドに1人滞在となったわけです。

義父は安定していて、私たちの滞在している約1週間の間には危機はきませんでした。

医師の説明によると、持ち直すかどうか解らないとのこと。

ミニ会議を開いて、とりあえず弟は2日後、私たちは翌日の飛行機で帰ることに。

ところがです、翌日の飛行機で羽田に着いた瞬間に永眠の知らせがありました。

そんな訳で、次の日の飛行機で福岡に飛び、義父が運ばれる大分に行くことになりました。


先日四十九日を終えることが出来まして、8月の初盆で一区切りということになります。

13年前、家内が倒れた時にすぐにアメリカまで飛んできてくれた義父達でしたが、今回は私たちが何回か往復する事となりました。

海外に住んでいる時から、親の死に目には会えない覚悟をしていましたが、現実を目の当たりにして、簡単に割り切れるものではありませんでした。

そんな訳で、仕事は忙しくしていましたが、ブログを書く気になれなかったというのが本当のところです。

会いたい人に会えなかった訳ですから、義父の最後は孤独だったと思います。

どうしてもキツそうな顔が頭の中に現れて、たくさんの後悔が溢れてきます。

でも、楽しかった思い出を埋もれさせるのも良くないと思い、納骨時にたくさんの写真を持参しました。

結婚してすぐに欧州に赴任した私達だったのですが、両方の両親を時間差で呼ぶことが出来ました。

JALのビジネスクラスで来てもらい、パリやスイスに連れて行くことが出来ました。

スイスではホテルに炊飯器を持ち込んで、おにぎりを作ってハイキングをしました。

ツアーでは絶対に味わえない経験をしてもらいました。

そこには嬉しそうな義父が写っています。

本当に幸せそうな表情が沢山あります。

板前だった義父が、ルクセンブルクの魚屋さんで目利きをしてくれました。

全部の魚が新鮮で素晴らしいと、目利きの仕方も教えてくれました。

私の魚の目利きは、ルクセンブルクで義父に教わったものです。

魚を下ろせるようになったのも、それから頑張って練習したからです。

目利きができなっかったので、魚屋の魚が刺身でたべられるのか?

それすら解らなかったので、高いお金を出して日本料理屋に行っていました。

アメリカの病院で、ベッドに横たわった家内と写っている義父と義母の写真もあります。

家内が今生きているからこそ、懐かしく見ることができる写真です。

アメリカの病院で家内のドッグセラピーに付き添う義父と義母
東京に引っ越す前に石窯の前で記念撮影

家内の痛みに関しても、この2ヶ月の間に色々な出来事がありました。

あまり良い結果ではないのですが、次回書かせていただきます。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

スラバヤ通りと鹿児島

ほーんとにご無沙汰しております。

パッチングワーカーです。

ホットな出来事は沢山あったのですが、筆無精というか書く気になれない日々でした。

1週間タイに出張に行って、すぐに家内を連れて沖縄に1週間、帰ってすぐに台湾とインドネシアに行ってました。

今は航空券が高くて、台湾ストップオーバーしてインドネシアに行っても、台湾とインドネシアを別々に行っても金額に大差ないんです。

意味不明の内容に思えるかもしれませんが、Covid-19以前は格安航空券(航空会社が販売している正規)であれば台湾に往復して成田(あるいは羽田)に帰ってインドネシアを往復した方が航空券代は安くついていたんです。

それくらい格安航空券は安くて(多分便数が多すぎで、空席が多過ぎたのだと思います)、ストップオーバー(途中下車みたいな感じです)なんて選択肢は取れなかったんです。

そこはどうでも良いことでした、失礼。

今日は鹿児島の事を書きたくて久々にワードプレスに向かっているのですが、以前スラバヤの火事の時だったと思いますが、スラバヤ通りはスラバヤには無いって事に複数名の方々の方に反応していただいたので少しだけ。

ジャカルタで、とある日系のお客様の工場に向かっていた時に丁度スラバヤ通りを横切ったのでシャッターを切った話です。

実は隣の車に邪魔されて(ドライバーに罪はありません)とんでもない写真になってしまったのですが、大学時代(ロングロングアゴー)のデニーズバイト仲間のユーミンファンクラブに向けてLINEしたくて撮ったのです。

屋台っぽい骨董屋さんが並ぶこの通りがスラバヤ通りです。

ジャカルタの東端にあります。

それだけのお話でした。

ユーミンファンにはちょっと興味深いかもしれません。

聖地ってやつです。

何故か鹿児島

実は今、訳あってぼっちで鹿児島県の垂水というところにいます。

旅行でもワーケーションでもなく、ましてや家内がここに居ない予定でもありませんでした。

その理由は後日書かせていただきますが、垂水って素敵なところですという事と、私達にとって鹿児島は深い意味のある土地だという事を書きたいと思っています。

結局のところ、昨日まではワーケーションをせざるを得ませんでした。

今日はあまりにも天気が良かったので、仕事を一時停止してドライブに出る事にしました。

車で1時間ほど走ったところにある、隼人という街にあるAZというスーパーマーケットを目指します。

広い〜〜〜い店内。最高のリハビリスペースでした。

13年前のオープン当時は、日本最大と言われていたスーパーマーケットです。

きゅうり一本から車まで売っています。

家内が半身麻痺になってアメリカから帰国して、最初に入院させていただいたのが鹿児島大学医学部附属病院霧島リハビリテーションセンターでした。

アメリカで調べたら、鹿児島大学の川平教授が提唱する川平法で麻痺が良くなる、という記事を見つけて国際電話で何度もお願いして入れていただいた病院です。

霧島温泉郷に位置していました(現在は閉院)

朝から夕方まで頑張ってリハビリをしても、土日が休みなので自主練するか外を歩くしかないんです。

ある時からは外出許可を貰えたので、山を降りてAZのこの平坦かつ長い通路を使ってリハビリしていました。

私は病院近隣(といっても山を降りたところ)のマンスリーアパートに滞在して毎日病院に通っていました。

懐かしさに浸りながらホテルに帰ろうと車を走らせるとこの標識(というか案内)

霧島音楽祭の会場です。

入院中に、病院の看護師さんたちから誘われて霧島国際音楽祭に行ったのを思い出しました。

あの時はなぜか假屋崎省吾さんが招かれていました。

名前を忘れたのですが、ものすごく有名なピアニストが演奏してくれて、娘が(ピアノを弾きます)鍵盤を模したトートバックを購入したらサインしてくれて良い思い出でした。

先行き不安な気持ちを打ち消すためにも、普段と違う事をしていました。

この時は夏休みで子供たちも一緒だったのを思い出しました。

正直、ミヤマコンセールの事をすっかり忘れていました。

懐かしさが込み上げて、みやまコンセールを目指します。

山の上の方です😃

今年も霧島国際音楽祭が開かれるようです

ここまで(もはや霧島温泉郷は目と鼻の先)来たのだから、病院があったところまで行こう!

そう思いました。

残念ながら侵入禁止。

隣の温泉から写真だけ撮らせていただきました。

人影はありません。

今は市内の本院に統合されているようです。

この写真を撮っている場所は、カジロが湯という立ち寄り湯の駐車場です。

当時は気が張っていたのですが、でも身も心も疲れ果てることはしばしばありました。

そんな時は元気な顔して病院を出て、この温泉に浸かってから帰っていました。

今回は390円で入れましたが、当時いくらだったのかは思い出すことができず。

アメリカで、ん千万円の支払いを病院にして帰国して、この頃は無職でしたから本当にお金がなくて。

街に出て吉野家で牛丼を食べる勇気もなかった事を思い出しました。

そんな訳でここで温泉に浸かるのも、たまの贅沢だったのです。

今なら笑えるエピソードがありまして、初めてこの温泉に入ったあとに薬指の純銀製の結婚指輪が真っ黒に変色!

びっくりしてゴシゴ拭いても洗っても戻らずじまい。

強い硫黄成分のカジロが湯に染められてしまったのでした。

家内になかなか言い出せなかったなあ😃

AZへ2時間半程度の外出のつもりでしたが、思い出に浸りながら半日ドライブになりました。

当時の不安や必死な気持ち、子供達に申し訳ない気持ち、家内を元に戻してあげたい気持ち、なんかが強烈に蘇ってきました。

お金もなくて、先行きも真っ暗で、無心でというか何もアイデアが出ないまま病院とアパートを行き来していた現実。

川平先生が私達家族を、病院の隣にある丸尾の滝の上流部に連れて行ってくださって、川遊びをした事。

そこで先生が滑って危うく滝の下に落ちそうになった事。

近隣のミヤマコンセールで霧島国際音楽祭を鑑賞した事。

温泉で指輪が真っ黒に染まった事。

夏休みに子供たちが鹿児島のアパートに来ても、お金がなくて大したものも食べさせてあげられなかった事。

病院の休憩時間に、談話室でコーヒーを入れて家内とげたんはをよく食べた事。

結構忘れていたんだな。

げたんは

思い出に浸る気持ちになれたって事なんですが、人って忘れる生物ですね(わたしだけ?)

あれから13年ってことは、13年あれば人生最大の危機も懐かしく思える様になるってことです。

今きつい人、人生最大の危機に遭遇している人、◯んでしまいたい人。

軽々しい言葉はかけられませんが、経験から申し上げます。

時間が経てば頑張れる機会がやってくるし、脳も動き出します。

今はじっとしている事をお勧めします。

不安が沢山頭をよぎるし、気が狂いそうになるけれど、今は何もしない方が良いです。

必ず潮目が変わる時が来ます。

それまで待つ。

準備をして待つ。

潮目が変わったら頑張るのです。

なんとかなります。

経験者が保証します。

というわけで(youtuberの決まり文句)私がなぜかいる垂水を紹介します。

チタン修行目的ではありません(結果そうなってます)

美しい街です。

温泉と漁業の街だと思います。

カンパチと鰤が美味しいです。

養殖が盛んだそうです。

垂水には2つの道の駅があります。

道の駅たるみず、道の駅たるみずはまひらです。

たるみずには温泉施設があって足湯も併設されています。

現金オンリーですのでご注意ください。

たるみずはまひらは新しい道の駅です。

フェアフィールドバイマリオットが併設されています。

敷地外ですがホテルAZ(スーパーのAZとは違います)もあります。

こちらはPaypayやクレカが使えます。

4泊しましたが、これから家内の待つ大分県に移動します。

4時間のドライブです。

道の駅たるみずの足湯(桜島ビュー)
道の駅たるみずはまひらにあるフェアフィールドバイマリオットからの眺め
鰤、かんぱち炙り丼(道の駅たるみずはまひら)
持ち帰りカンパチ丼(道の駅たるみずはまひら)
オープンしたてのフェアフィールドバイマリオットたるみず

エリート会員の話

こんにちは、パッチングワーカーです。

traveltiger88さんの、マリオットBonvoyのステイタスがチタンからプラチナに下がってちょっとショックだったブログ記事を読んで、私の気持ちを書かせていただきます。

👇 traveltiger88さんのブログはこちらです。

マリオットBonvoyとエリートステイタス

マリオットBonvoyをご存知ない方のために簡単に説明させていただきますと、マリオットグループのマイレッジみた

いなシステムです。

せっせと飛行機に乗ったり、航空会社系クレジットカードで買い物をしたり、提携クレジットカードのポイントをマイルに交換したりしてマイルを貯めて航空券に交換しますよね。

あと、実際に飛行機に乗った実績の積算でプラチナやダイヤモンドといったステイタスを期間限定で貰えます。

座席のアップグレードや優先搭乗、より乗り心地の良い席への誘導、専用ラウンジへのアクセスなんかがメリットです。

マリオットBonvoyも同じで、せっせとホテルに泊まったり、マリオットBonvoyクレジットカードで買い物をしたりしてポイントを貯めて、無料宿泊特典、専用ラウンジのアクセス、スイートルームへのアップグレードを謳歌します。

実際に宿泊した実績の積算で、プラチナやチタンといったステイタスを期間限定で貰えます。

これはもう麻薬のようなもので(麻薬を使ったことがないので正しい例えか不明ですが)、一度手にしたステイタスを手放したくなくなるんです。

ところがJAL、ANAのダイヤモンドステイタス、マリオットBonvoyのプラチナステイタスが、コロナをきっかけに日本で大増産されて飽和状態に陥っています。

JALのダイヤモンドになっていれば、JALもANAも飛んでいる路線であればJALを選びますよね。

マリオットBonvoyのプラチナステイタスになっていれば、ヒルトンの近くにマリオットがあるとすればマリオットに泊まるようにです。

マイルやポイントが貯まることに加え、優先搭乗や預け入れ到着空港での荷物の優先引き渡し、専用ラウンジ、宿泊であれば予約した部屋からの数ランクアップなどの特典が得られるわけですから、なかなかその呪縛から抜け出られなくなるんです。

ルートインやアパホテル等のビジネスホテルポイント制度の特典は、同じ系列ホテルの無料宿泊やキャッシュバックだと思いますが、マリオットBonvoyの場合はMoxy、Aloft、Four Points by Marriott等のビジネス系に宿泊して宿泊回数やポイントを稼いで、プライベートでリッツカールトン、JWマリオット、ウエスティンをはじめとする高級ホテルの宿泊特典を選ぶことができるし、航空会社と同じように専用ラウンジが用意されていてお酒や料理が振る舞われるのです。

そしてスイートルームを含むお部屋のアップグレードが待っているのです。

エリート大増産が産んだ問題

但し、日本にあるラウンジを備えたマリオットBonvoy加盟ホテルでは、ラウンジが溢れかえってる現状があります。

もちろん航空会社のラウンジも同じです。

選ばれた上客に、ゆったりと寛いで頂く目的で作られたラウンジであった筈なのですが、順番待ちが発生する大衆食堂状態なのです。

ホテル好きからは『配給所』と呼ばれているそうです。

ポイントで宿泊して、ラウンジで夕食代を浮かせようとする(ホテルにお金を落とさない)なんちゃってエリート客は、ホテルにとってはおいしくない客です。

航空会社も同じです。

コロナが終息に向かい旅行業界に活気が戻ってきた今、各社は粛清を始めているのです。

本当にお金を払ってくれるお客様を選別し始めたのです。

上級会員になりにくくなるプログラム変更、無料宿泊や無料航空券取得に必要なポイント数やマイル数が嘘みたいに沢山必要になっている事、ポイント宿泊や特典航空券の設定自体が目減りしている事などです。

では、上級会員になるメリットがないのかと言いますと、それは使い方次第です。

私の知る限りでは、台湾やインドネシア、タイのラウンジは空いています。

本来のVIP向けラウンジの役割を果たしています。

これは何故かと言いますと、Covid-19を機にエリート大増産した国が限られているということです。

そして、海外を飛び回るグローバルなエリート会員はほんの一握りだということです。

『日本のエリートの大半は日本を出ない』

この法則が正しければ説明がつきます。

エリートを大増産した日本に存在するラウンジは大混雑ですし、国内線のダイヤモンド優先搭乗も大行列でなんのために並んでるのか分からなくなっています。

この行列に並ぶことが、リモアやTUMIを持った見栄っ張りたちにとってのステイタスなのでしょうか?

個性を大切にする欧米人と違って、日本人は周りと同じことをしたがります。

個性を大切にしていれば、例え自分が発掘した少数派の素敵なブランドであっても、多くの人が持ち始めた途端に目を向けなくなります。

国内線ダイヤモンドの優先搭乗待ちの大行列の人間観察をするのも楽しいものです。

話が逸れました。

個人的には景色の良い海外のホテルで、ガラガラのラウンジでホテルの方々と話をしながらお酒を飲むのが好きです。

プラチナとチタン

特典リストだけ見るとプラチナとチタンにあまり差がないように見えますが、ホテル側の扱いとアップグレード率には大きな差があります。

そんなチタンを続けたくて、出張先で少し遠くてもBonvoy加盟ホテルに宿泊してしまうのです。

全くもってマリオットの手のひらで踊らされているような感じです。

Bonvoy加盟ホテルしか目に入らなくなる副作用付きです🙃

traveltiger88さんの気持ちですが、痛いほどわかります。

コロナで出張が激減してJALのダイヤモンドから転げ落ちた時、その昔ANAのダイヤモンドから転げ落ちた時も同じ気持ちを味わいました。

初めはSPGゴールド(昔のシェラトンゴールド会員)、JALグローバルクラブ、ANAスーパーフライヤーズクラブに入れれば良いという目標だったのに、気がつけばマリオットやJAL、ANAの筋書きに飲み込まれていました。

SPGゴールドはSPGアメックスというクレジットカード会員になれば自動付与されて、それだけでシェラトンの朝食が無料になりました。

そのうち年間50泊して付与されるプラチナを持たなければ朝食はつかなくなりました。

JALグローバルクラブは一度でもサファイヤ以上になれば申し込むことができて、ラウンジを使うことができます。

ANAスーパーフライヤーズクラブには一度でもプラチナ以上になれば申し込むことができて、ラウンジを使うことができます。

30年以上も国際的に飛び回っていたこともあって、JALグローバルクラブにもANAスーパーフライヤーズクラブにも入っていますが、決して素晴らしいとは思えません。

結局のところ、瞬間最大風速やクレジットカードの力を使ってエリートになった客には興味がないということです。

憧れていたSPGゴールド会員にも、JALグローバル会員にも、ANAスーパーフライヤーズクラブメンバーにも成れたのに、トホホなのです。

マリオットBonvoyプラチナにはショートカットがありません(アメリカではプラチナステイタスになれるアメックスが存在していますが日本では発行されていません)。

コツコツ泊まらなければなることができません。

プラチナは年間50泊以上、チタンは75泊以上です。

だからこそ、価値があります。

ハイアットのグローバリスト(旧ダイアモンド)にもショートカットがありません。

結局のところ、本当のエリートを厳選して徹底的なサービスを提供し、97%の一般客が3%のエリート客のメリットの為に寄付する構図が一番美しいのだと思います。

ポイント宿泊のメリット

ほんの一例ですが、例えばリッツカールトン日光。

評判の高いホテルです。

10月末の紅葉の季節。

1泊1部屋食事なし147,000円からになっています。

でもポイント宿泊は85,000ポイントです。

今現在ポイントを購入できて、40%おまけ(4/3まで)してくれます。

85,000ポイントは$750で購入可能です。

円安の今(1$≒137.73円)でさえ、10万3,297円で宿泊できるのです。

もちろん部屋代だけで1泊10万円強なんて滅多にない事ですけど、差額の4万4000円でもっと贅沢できるのですから、特別な記念日等の宿泊でリッツカールトンの紅葉温泉体験をお考えでしたらお試しください。

下記写真は全てBonvoyホームページから拝借しています。

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