沖縄バリアフリースノーケリング

こんにちは、パッチングワーカーです。

6月の沖縄旅行記の2回目です。

絶好の天気に恵まれて行った青の洞窟です。

コロナ前にも一度青の洞窟を訪れています。

平日の午前の一本目を狙って行ってきました。

『日光の入り方が一番美しい時間』

『那覇や北のホテルに宿泊している人たちは時間的に2本目を狙ってくるので空いている』

スノーケリングなのでスキューバダイバーがたくさんいると、レギュレータから放出されたバブルで美しさが台無しになってしまうのです。

特に体験ダイバーは思い通りに水中を泳げないので、砂を巻き上げたりして透明度も台無しになります。

一度スキューバの魅力を知ってしまうと魚目線で泳ぎたくなってしまうのですが、今回は3年近いブランクがあるのでもう一度スノーケリングから出直します。

JBDA(日本バリアフリーダイビング協会)の指導員資格を持ったインストラクターにガイドをしていただきます。

コロナ前にバリアフリースノーケリングを経験したのと同じショップにお願いしました。

宜野湾市のオーシャンゲートさんです。

ハンディキャップになってしまうと、考え方が保守的になりがちです。

周りの(五体満足な)人たちは、優しさのあまり腫れ物に触るような接し方をしがちです。

それが辛いけれど、かと言って自由に動き回ることができません。

でも、水中は比較的自由に動き回ることができて幸せです。

『次はスキューバで潜りたい!!』

家内が自ら強く希望しました。

そんな訳で10月にも予約を入れてきました。

青の洞窟

青の洞窟といえばイタリアのカプリ島にある超有名な洞窟のこと。

これが本家なのは言うまでもありません。

Grotta Azzurraと呼ばれるこの洞窟は半径1メートルもないような狭い入り口からボートで出入りする洞窟です。

この小さな入り口から差し込む太陽光が反射して真っ青に輝く奇跡が青の洞窟の正体なのです。

“Grotta Azzurra” カプリ島

1985年8月に卒業旅行で訪れて魅了されました。

出発直前に日航ジャンボ機が墜落したのを鮮明に覚えています。

エジプト、ギリシャ、ハンガリー、オーストリア、ドイツ、オランダ、イギリス、フランスと1ヶ月を費やして楽しんで、最後に訪れたのがイタリアでした。

ミラノ、ベネチア、フィレンツェ、ローマなどを訪れたのですが、ローマ発の『ナポリポンペイ1日観光ツアー』に参加するはずが手違いで予約されておらず、泣く泣く空いていた『ナポリカプリ1日観光ツアー』に乗り込んだのでした。

英語力も怪しい若かりし頃、ツアーの後をついていくのが精一杯でした。

目的さえわからずに小さなボートに乗せられて、岩肌にぶつかりそうな怖い思いをして入った暗い洞窟の中で

『????』

と思ったのを覚えています。

船頭が指差す方向を振り返るとそこには、美しい真っ青な水面が広がっていたのでした。

感動のあまり言葉が出ないのです。

ダイビングなんて選択肢になかった時代でしたから、

『2度と見ることができない景色』

だと思っていました。

後にヨーロッパに住むなんて想像もしていませんでしたからね。

25歳(34年前です)の時にダイビングをやろうと決心してサイパンに行きました。

『彼女が水着に着替えたら』

という映画が発表される前でしたから、ダイビング人口は本当に少なくて何もかもが高価でした。

Cカードを取ることと、機材を買い揃える目的で日本よりはるかに安いサイパンに行ったのでした。

サイパンのグロット Pinterest Mikaさんより拝借

グロットと呼ばれるダイビングポイントは、外海に水中でつながっている内陸の池のようなところです。

水中30メートルあたりの外海につながるトンネルから差し込む光が、グロット内部を幻想的に照らします。

ダイバーになればこんな世界を見ることができるのだと感動したのです。

カプリ島の青の洞窟はダイバーでなくても行ける場所。

でも日本人はなかなかカプリ島まで行けませんよね。

サイパンのグロットはスキューバダイビングでなければ見ることができません。

沖縄本島恩納村にある青の洞窟はスノーケリングでも見ることができるのです。

眞栄田岬が風を遮ってくれるので波も穏やかなため、バリアフリースノーケリングにはぴったりの場所なのです。

長い前置きはこれくらいにして、沖縄の青の洞窟をお楽しみください。

天気も良くて期待できます
これはコロナ前の写真(寒そうでしょ)
海に入って機材の再チェックを行います

小笠原諸島・福徳岡ノ場の海底火山噴火に由来するとみられる軽石がまだいました
中に入っても軽石がたくさんいます
皆でフィンを使ってゆっくりとした水流を作って軽石を追い出します
記念撮影です
最後はお決まりの餌付けタイム

この時は全員のスノーケルの排水弁に軽石が引っかかって海水が入りまくってしまいました。

経験がない人だとパニックになってしまうかもしれません。

皆様も軽石をなめないでくださいね。

リタイアしたらJBDA(日本バリアフリーダイビング協会)の資格を取りたいと思いました。

今日はこんな感じで終わります。

障害者の仕事〜人の心を洗う仕事

人の心を洗う仕事

障害を持った人は、生産性の点から考えると端っこに追いやられる存在かもしれません。

でも、違った見方ができると思うのです。

というか、これが本質だと思います。

周りの人の心を洗う仕事をしているのだと。

体が不自由で歩くのが遅い人の後ろを歩いてイライラする若者。

一部の人は露骨に無理やり追い抜いていきます。

もしその人が交通事故に遭って大きな障害が残ってしまったら。

心も病んでしまったら。

その時やっと気づくのでしょうか?

人は愚かな生き物です。

自分でも嫌になります。

経験しないとわからない事だらけで、いくら言われたって感じない。

でも、困っている人を少しでも助けてあげたいと思ったら、勇気を出して声をかけてみる。

余計なお世話かもしれないけれど、助かるかもしれない。

誰かを助けて喜んでもらったことが、自分の心を少しだけ洗うのです。

洗われた心は、困っている人たちがもっと気になるようになってくる。

障害を持った人たちは、辛い境遇を引き受けてまで人の心を洗う為にこの世に生きているのだと言うこと。

大変な仕事だと思いませんか?

その人達がいてくれるおかげで、私達は自分だけでなく人の苦しみがわかるようになれるのですよ。

少しだけ立ち止まって、少しだけ勇気を出して。

困っている人に声をかけてあげてください。

喜んでくれると思います。

それが彼らの仕事なんです。

あなたの心を洗うために存在してくれているのです。

芸術と同じかな。

辻井伸行さんや野田あすかさんの出す音色って、心に刺さってきますよね。

自然と涙が出る美しい音色。

音で心を洗う仕事をしています。

音や作品で人の心を洗う人もいれば、存在や真心で人の心を洗う人もいる。

賢明さに心を打たれたり、ひたむきさに心を打たれたり、優しさに心を打たれたり、人それぞれ。

パラスポーツ選手だって、画家だって、書家だって、音楽家だって信じられない感動を与えてくれる。

神様がこの世に送り込んでいるのです。

芸術家に形を変えて。

そして、全ての障害を持つ人たちが人の心を洗う芸術家なんです。

妻にはいつも心を洗ってもらっています。

人には皆役割があるんです

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺された事件は忘れることができません。

『生産性のない重度障害者は生きている価値がないから殺してあげる』そんなニュアンスで植松聖(さとし)被告は19人を殺害したのです。

『生産性』それだけ考えれば殺害された19人は価値がないのかもしれません。

ご家族は重い障害を抱えた家族を抱えて大変だったと思います。

でも、生きてくれているだけで幸せを感じることが出来たでしょうし、お世話を通じて学ぶことも心が洗われることも多々あったと思います。

神様はそんな単純な世界を創造していません。

パレートの法則(80:20の法則)でも明らかです。

お金を生み出せる人だけがこの世にいる世界を想像してください。

世の中には利息を取る側と、取られる側があるっていうけれど、全員が取る側になったらどうなる?

2003年の読売巨人軍。

金に物を言わせて清原和博、江藤智、ペタジーニに加えて、かつて他球団で4番を打った5人を集めました。

投手以外は全員4番。

その発想に似ています。

4番以外はチームに不要!!

でも、こんなに凄い選手を集めたドリームチームは優勝できなかったのです。

その時の監督は現監督の原さん。

任期を全う出来ずに堀内監督にバトンタッチとなりました。

ホームランバッターしか不要なら、イチローさえも用無しですわ。

神様の意思に反してるわけです。

忘れないでください。

障害を持ってこの世に生きていてくれる人々の仕事は『私たちの心を洗うこと』

想い出のパワー〜バケーション

生産技術という職種は悲しいもので、工場が稼働している毎日毎日が勝負なだけでなく、正月連休、ゴールデンウイーク、夏休みといったまとまった休みは、ほぼ例外なく能力アップの工事や、新規設備の増設などで出勤になります。

休み明けには立ち上げ作業が忙しく、安定した頃には次の連休に向けた改造や増設の設計に着手、並行して日々の安定生産を受け持つ多忙な部署でした。

思い返すと(日本で働いていた頃は)連休に休んだ記憶が全くありません。

私の所属していたメディア部門がヨーロッパに工場を作ることになって、運よくたまたまそこにいた私もメンバーに選ばれました。

1990年のクリスマスは、ヨーロッパの工場に送る機械設備の国内最終立ち上げで、設備開発をする部署があった秋田に缶詰。

そのあとはアメリカジョージア州の工場向けに設計させてもらった設備の立ち上げでアメリカにしばらく出張と、結婚前なのに全く会えない日々が続きました。

赴任前の多忙な日々の合間を縫うようにして、1991年7月14日に博多中洲で結婚式を挙げ、新婚旅行でフィジーに8日間滞在して、余韻に浸る間もなく単身でルクセンブルグに向かいました。

カプリ島青の洞窟

赴任して暫く無我夢中の日々でしたが、生産計画自体も緩く、それなりにトラブルはありましたが何とかなっていました。

11月末に妻が合流してきて、30人いた赴任者(最後は8人)の家族全てが揃いました。

最初のクリスマス休暇は休む!!と当時の社長が決めてくれて、慌てて旅行社に予約に行ったほどでした。

当時はインターネットもなく、分厚いパンフレットからフラッグキャリアのLUXAIRが運営しているLUXAIR TOURSのまだ空きのあるツアーを物色しました。

欧州人はバケーション命ですから、夏休みのバケーションから帰るとすぐにクリスマスバケーションの予約を始めるので、11月に残っているツアーはそれなりのものしかありません。

卒業旅行で行って感動したカプリ島(イタリア)にアクセスしやすい、ソレントの素敵なホテルが空いていたので予約しました。

妻に見せてあげたかった。

Grand hotel Excelsior Vittoriaというホテルでした。

英語もままならない時期、フランス語などは皆無。

パンフレットにDemin pensionと書いてあって、旅行社の人に英語(風)で意味を聞いたら朝ごはん付きだそう(な気がした)。

そのつもりで予約!!

南だから暖かいだろうと思って薄着。

たった9℃のソレントは地獄絵図^ ^

寒いルクセンブルグで飛行機に乗る前まで着ていた唯一の防寒服を毎日着ることに。

買えば良いじゃんって、ヨーロッパのクリスマス休暇は店が開いていないんですよ。

晩御飯を食べるところだって殆どやってない。

唯一開いていたRed Lionというpizzeriaに3日間も入り浸り。

4日目には流石にピザは????で諦めてホテルに帰ってきたら、コンシェルジュの人が何か言ってる。

『Why ◯△※◆◉^ – ^』

よーく聞いてみると、『なんでお前たちはホテルで飯食わんのか?』でした。

『そんなのこっちの勝手じゃん』って思っていると間髪入れず

『バンメシツイテマース』

そうなんです、Demi pensionは朝晩2食付きだったのです。

『食う食う!!』

『この格好でOK?』

なんで聞いたかというと、一張羅の防寒服ですから見窄らしい。

コンシェルジュさん、ちょっと考えてジャケットを貸してくれました。

妻にも。

それはそれは美味しいディナー。3日分損した気分で、でもホッとして夫婦水入らずで高級ディナーwith借り物のジャケットでした。

まだあって、毎日水中翼船に乗ってカプリ島へ行くも、青の洞窟はクローズ。

これも船乗りさんに4日目に思い切って聞いてみた。

『青の洞窟は冬の間はクローズさ』

散々なヨーロッパバケーションデビュー。

考え方

そのあとは能力不足から悲惨な日々でどこへも行けず。

早朝から夜遅くまで会社会社会社。

カミさんに申し訳なくて。

でも上手くいかなくて。

そんな私を尻目に、バケーションから帰ってきた欧州人エンジニア達。

一応私の部下(組織上ね)

帰ってきたそばから次のバケーションの話。

まだまだ日本男児のメンタリティーだったのでカチンときて言ってしまった。

『お前達はバケーションのために仕事してるのか!!』

何言ってんだこいつ?って感じで

『for family』

家族のために決まってんだろ!!

こうも言いました。

『日本人は仕事のために仕事してるの?』

『なんのため?』

答えられず。

『なんのためだろ?』自問自答。

良かった!!

これも追々書いていきますけど、コスタデルソル、シチリア島、ドミニカ共和国、モルディブ(3回)、シャルメルシェイク(紅海)、エルグーナ(紅海)、オーランド(ディズニーワールド)、グランドケイマン。

ヨーロッパ域内は車で沢山行きました。

『家族のために仕事する!!』って考え方を改めたから、沢山想い出を作れました。

思い出のパワーは強烈です。

障害を持ってからでも想い出作りはできます。

LCCにも乗れました。

おかげさまで思い出を重ねていけます。

皆様優しくて泣けてきます。本当にありがとう。

茹でガエルの法則

この法則は日本そのものに適用できる法則です。

実際は違うらしいけれど、ぬるま湯に入れたカエルはゆっくりとお湯の温度を上げていっても気がつかない。そんな法則です。

とっくに世界のトップに君臨する技術王国ではなくなっているのに、いつまでも上から目線で諸外国を見ている勘違い国「ニッポン」

その昔、安かろう悪かろうの代名詞だった「Made in Japan」を、高品質の代名詞に変えた人々には見えている事実。その次の世代(私たち)には見えない事実。

生まれながらにして世界1の国の子供になった輩には、今の世界の変化には気が付けない。

2代目社長が会社を駄目にすると言われているのと同じ理由。

この法則の最も大切なポイントは「気がつけるか?」だから、要するに生まれた環境が悪いわけではなくて、今いる世界の外の景色を見ようと行動できるか否か?

行動できないですよ。

なぜかって?

類は友を呼ぶ(波動の法則)だからですよ。同じ波動の者たちが寄ってくるから、今がおかしいって気がつかないんです。

子供が産まれた時、子供の指を数えて「よかったー」って喜んだ私。

失意のどん底にいたお母さんやお父さんがいたかもしれないのに、気がつかなかった。

最愛の家族が1種1級の障害持ちになるまで、5体満足でない人やその家族の痛みや気持ちが見えなかった。

お金にばかり気を取られて愛に気がつけない、大きな家に憧れてお互いの心の遠さに気がつかない、稼ぐことに夢中になって愛する人の本当の望みが見えない、詐欺を働いて大金を手にして奪われた人の痛みに気がつけない。

全部ある意味茹でガエル。

反省はつきません。

如何ですか?あなたは気づけていますか?

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