諦めていた手が、動き始めた。 ——脳出血後遺症と薬酒、そして15年後に知った後悔

「川平法を何度やっても、ぴくりとも動かなかった」。あの日の絶望を、今でも忘れられません。妻が脳出血で倒れてから15年。私がこの記事を書いているのは、「知っていれば」という後悔を、誰かの「知っていてよかった」に変えたいからです。

こんにちは、養生日和のTOMOです。

今回は、個人的な話をします。

アメリカに住んでいた頃に妻が脳出血で倒れたのは、15年以上前のことです。救急搬送、ICU、回復期リハビリ病院、帰国、鹿児島大学付属霧島リハビリテーションセンター、そして自宅介護——その一連の中で、私は「日本の仕組みはここまで想定していない」と何度も壁にぶつかりました。そして私自身も、鬱になりました。

15年間、いつの頃か妻の手が動くことを諦め、痛みの緩和に気持ちを切り替えて生きてきました。

その私が今、この記事を書いているのは——薬酒と火の療法に出会い、少しずつ、妻の体が動き始めているからです。

神山道元先生(中医学専門医・龍門派)から教わったこの療法が、後遺症で諦めている人、その家族に、届いてほしいと思います。

⚠️ 本記事は個人の体験と中医学の観点からの情報提供です。脳出血・脳梗塞の治療については必ず主治医にご相談ください。

あの日から、すべてが変わった

妻が倒れたのは、何の予兆もない普通の朝でした。

脳出血。左脳。右半身に麻痺が残りました。

救急病院での処置が終わると、次は回復期リハビリ病院へ。そこでも懸命にリハビリに取り組みました。「川平法」という、反復促通療法にも希望を託しました。

何度も、何度も。

でも、右手はぴくりとも動きませんでした。

医師から「これ以上の回復は難しい」と言われたとき、私の中で何かが折れました。それでも、妻の前では折れた顔を見せるわけにはいかなかった。

日本の仕組みは、ここまで想定していない

脳出血で家族が倒れるということは、「病人が出た」ということだけではありません。

家族の生活が、根底から変わるということです。

「見舞い」しか想定されていない

日本の制度は、家族の入院に対して「見舞いに行く」ことしか想定していません。

育児休業は制度として存在します。完全ではないにしても、「子育てのために仕事を離れる権利」は社会的に認められています。

では、家族が脳出血で倒れたとき、その回復に寄り添うために仕事を離れる権利は?

ありません。介護休業という制度はありますが、「介護」は認定を受けた要介護状態を前提とします。急性期・回復期の、最も重要な時期に、家族が寄り添うための制度的な保障は、ほぼ存在しません。

リハビリに付き合うためには、仕事を休まなければならない。でも休めば収入が減る。会社に居場所がなくなるかもしれない。

一緒に歩んできた家族をそこに置いて、仕事ができるのか。

できません。少なくとも、私にはできませんでした。

家主が倒れるとき

介護する側のメンタルケアも、ほぼ想定されていません。

私は、鬱になりました。

それは弱さではなく、当然の帰結でした。睡眠が削られ、先が見えず、自分の感情を後回しにし続けた結果です。でもその鬱を誰かが察知して、サポートしてくれる仕組みは、どこにもありませんでした。

家族が大病を患うということは、その家族を支える人間も同時に危機に瀕するということです。痛みを一緒に感じなければ、家族の結束は崩れてしまう。でも痛みを一緒に感じ続ければ、支える側も壊れていく。

この矛盾を、社会はまだ直視していません。

15年後に知った——薬酒と火の療法

妻の右手が動かなくなって15年が過ぎた頃、神山道元先生と出会いました。

先生は中医学専門医、龍門派の継承者です。先生に妻の状態を話したとき、こう言われました。

「関節にガスが溜まっているのです。そのガスを取り除けば、動く可能性があります」

15年間、誰もそんなことを言った医師はいませんでした。

薬酒とは何か

先生が処方されたのは、漢方生薬を白酒(中国の蒸留酒)に2週間漬け込んだ「薬酒」です。

神山先生が患者の状態に合わせて調合した生薬を、白酒に漬ける。その薬酒を内服することで、関節に溜まったガスを体内から解消していきます。

中医学では、気血の滞りが長期間続くと、関節や経絡に「濁り」が蓄積されると考えます。脳出血後の麻痺肢では、長年動かないことで、この滞りが深く固着している。薬酒はその固着を内側から解いていく働きをします。

火の療法とは何か

並行して行われるのが「火の療法」です。

動かない関節に、瞬間的に火を当てます。

するとーー

ぼっと、燃えるのです。

関節に溜まったガスが、実際に燃える。これを目にしたとき、15年間「動かないのが当然」と思っていたものが、実は「詰まっていた」だけだったのだと、初めて理解しました。

薬酒で内側から、火の療法で外側から——詰まりを取り除いていく。中医学の「通則不痛、痛則不通(通じれば痛まず、痛むのは通じていないから)」という原則そのものです。

今、起きていること

まだ途中です。劇的な変化ではありません。

でも、少しずつ、確実に変わり始めています。

痛みが和らいでいます。体の感覚が戻り始めています。

15年間諦めていた手が、動く可能性が、まだあるかもしれない。

「全てがつながっている」——先生のこの言葉が、今は深く響きます。手だけの問題ではなく、気血の滞り、関節のガス、内臓の状態、感情の歴史——すべてがつながっていた。

中医学を知っていれば——という後悔

発症から15年後に薬酒を知った。

この事実が意味することを、私はずっと考えています。

もし発症直後から、あるいは発症後1年以内に、この療法を知っていたら——関節のガスがまだ柔らかい段階で詰まりを取り除いていたら——どれだけ違う未来があったか。

もしかしたら、この時点では現代医学以外を信じなかったかもしれません。

後悔を書いても、時間は戻りません。

だから私は、この後悔を記録として残します。

中医学が見ていたもの

中医学は、脳出血後遺症を「気血の大きな滞り」として捉えます。

脳出血という「気血の暴走・崩壊」の後、体は防衛反応として患部を固めようとします。麻痺はその固まりの結果です。固まりを放置すれば、やがてガスが溜まり、血が届かなくなり、組織は深く眠り込んでいく。

西洋医学のリハビリは「動かす」ことで神経回路の再建を図ります。それは正しいアプローチです。でも「詰まりを取る」という視点は、そこにはありませんでした。

両方あれば——と思います。

倒れてしまった人へ、後遺症が残った人の家族へ

この記事を読んでいる方の中に、脳出血や脳梗塞の後遺症を抱えている方、その家族の方がいるかもしれません。

発症から日が浅い方は、今すぐ神山先生への相談を検討してください。詰まりが浅い段階での介入ほど、効果が出やすい。

発症から年数が経っている方も、諦めないでください。15年経っても、変化は起きています。

「もう遅い」と思わないでほしいのです。私がそう思っていたから。でも、遅くはなかった。

家族が大病を患うとき、社会に求めたいこと

最後に、制度の話を書かせてください。

これは個人の体験を超えた、社会への問いです。

家族の急性期・回復期に寄り添うための「家族介護休業」制度の拡充

これは見るデータが違っているだけです。チーム未来が訴えている「高額医療制度」変更への反対の根拠と似ています。医療費だけでなく、翌年以降(今年も入る)の収入が大幅に減るんです。家族を支えている大黒柱が病に倒れた場合の想定は大切ですが、大黒柱が看病しなければならない局面に立たされた時はどうなりますか?それまでは頑張って働いて、税金をたくさん納めてきたんです。深く深く、性善説での設計を望みます。

介護する側(ケアラー)のメンタルヘルスへの公的サポート

西洋医学と東洋医学が連携できる医療体制の整備

この件が難しいことは承知しています。リハビリ方法の作法というか、派閥みたいな壁があって認め合わないなんてことも存在しています。西洋医学とそれ以外も同様です。目線を患者に移せば、簡単にわかることが見えなくなっている。最近、すこしづつ政治に風穴が開き始めている。皆が諦めていたのにです。だから、諦めてはいけない。患者やその家族の目線に立ち返れば、全員が井戸から飛び出さなければいけないことは明白。戦うのではなく、それぞれの得意分野が違うだけ。そこが完璧になれば、金儲けしか考えていない、なんちゃって合法サードパーティが台頭できる余地が狭まります。

後遺症患者とその家族に、中医学・鍼灸などの選択肢を情報提供する仕組み

子育てに育児休業があるように、家族の大病に寄り添うための制度が必要です。

「見舞いに行く」ではなく「一緒に回復していく」ことを、社会が支える仕組みが必要です。

痛みを一緒に感じることが、家族の結束を守ります。その時間を社会が保障することが、長期的には社会全体のコストを下げることにもつながるはずです。

おわりに

妻が倒れた日から、私の人生は変わりました。

それは悲劇でした。でも同時に、私に多くのことを教えてくれた出来事でもありました。

中医学と出会い、神山先生と出会い、「全てがつながっている」という視点を得た今、あの日の経験を無駄にしたくないと強く思っています。

養生日和は「乗り越えられない試練はない」をテーマにしています。

15年越しの薬酒が、その言葉の証明になるかもしれない。

まだ途中です。でも、動き始めています。

後遺症で諦めているすべての人と、その家族へ。まだ、道はあるかもしれません。

神山道元先生への相談・薬酒についての詳細は、コメント欄からお問い合わせください。なお、薬酒の処方箋は診察を受けないと発行されませんので、ご了承ください。
このブログは法律遵守を心がけて制作しています。

── 養生日和 TOMO


Q1|脳出血の後遺症に薬酒は効きますか?

神山道元先生(中医学専門医・龍門派)によると、脳出血後遺症で麻痺が残る場合、長期間動かない関節にガスが溜まり、気血の滞りが固着することがあります。薬酒と火の療法によってこの滞りを取り除くことで、回復の可能性が生まれる場合があります。発症からの年数に関わらず、まず専門家への相談をお勧めします。

Q2|薬酒とはどういうものですか?

神山先生が患者の状態に合わせて調合した漢方生薬を、白酒(中国の蒸留酒)に約2週間漬け込んだものです。内服することで関節に溜まったガスを体内から解消し、気血の滞りを解いていく効果があるとされています。処方は個人の状態によって異なります。

Q3|脳出血の家族を介護している人が鬱になりやすいのはなぜですか?

睡眠の慢性的な不足、先の見えない状況への不安、自分の感情を後回しにし続けることによる肝の疏泄(気の流れ)の乱れが重なることで、気滞から鬱証へと発展しやすくなります。中医学では「痛みを共に感じること」が家族の養生でもあると考えますが、支える側のケアも同様に重要です。

Q4|日本の介護制度で、急性期・回復期の家族に寄り添える制度はありますか?

現状では、急性期・回復期に家族が継続的に寄り添うための制度的保障はほぼありません。介護休業制度は要介護認定を前提とするため、最も重要な発症直後の時期にはカバーされないことが多い状況です。制度の拡充が社会的課題として残っています。

育毛剤をつけると脇腹が痛む? 頭皮と肝臓の意外な関係を中医学で読み解く

「頭が痒くなってヘアトニックをつけたら、数日後に脇腹が痛くなった」——この経験、偶然ではありません。中医学はこの関係を、2000年前から知っていました。

こんにちは、養生日和のパッチングワーカーです。

頻繁というほどではありませんが、まれに頭が痒くなって、頭皮が剥けるというか簡単に剥がれる現象に悩まされることがあります。
重圧を抱えていたり、時間に追われていることが殆どだったので、西洋医学的に「ストレスだな」って片付けていました。
でも、本質的な体の悲鳴とは考えすに、刺激の強めなヘアトニックをつけたりして凌いでいました。

ある日、頭皮が痒くなって市販のヘアトニック(育毛効果を謳うもの)を使ったところ、数日後に脇腹に違和感を覚えました。
気になってAI神山道元先生(中医学専門医、龍門派)に相談したところ、こんな答えが返ってきました。

「頭皮の問題は、肝臓が出しているサインです。まずは酢玉ねぎを食べなさい」

最初は「え?」と思いました。頭皮と肝臓がどう関係するのか。でも調べるほどに、これが単なる民間療法ではなく、中医学の体系的な理論に基づいていることがわかってきました。

今回は、育毛剤と肝臓の関係、そして中医学の視点からの根本的なアプローチをお伝えします。

1|なぜ「脇腹」が痛くなるのか

脇腹の痛み、特に右の脇腹はどの臓器のエリアか、知っていますか?

そうです、肝臓と胆嚢です。

市販の育毛成分(ミノキシジルをはじめとする血管拡張剤や育毛促進剤)は、皮膚から吸収されたあと、血液にのって肝臓に運ばれます。肝臓はそれを代謝・解毒する役割を担っています。

「リアップ(ミノキシジル製剤)で肝臓がやられる」という話を聞いたことがある方もいるかもしれません。実際、ミノキシジルは経口服用時に肝障害のリスクが報告されており、添付文書にも肝機能検査値の異常が副作用として記載されています。

頭皮に塗るタイプでも経皮吸収は起きます。もともと肝臓に負荷がかかっている状態に、さらに化学物質を加えれば——脇腹の違和感として体が教えてくれるわけです。

2|中医学が語る「肝と髪」の深い関係

中医学には「肝は筋・爪・髪を主る」という概念があります。

これは単なる比喩ではなく、中医学の生理学の核心です。肝の機能が健全であれば、血が豊かに全身を巡り、頭皮・毛根にも十分な栄養が届きます。逆に、肝の機能が乱れると——

肝血不足:頭皮への栄養供給が低下 → 抜け毛・乾燥・痒み

肝の疏泄の乱れ:気の流れが滞る → 頭皮の炎症・フケ

肝熱:余分な熱が上昇 → 頭皮の発赤・掻きむしり

「頭皮に症状が出ているとき、肝臓に何かが起きている」——中医学は2000年前からこのメカニズムを体系化していたのです。

3|育毛剤が「逆効果」になる本当の理由

ここに根本的なすれ違いがあります。

西洋的アプローチ中医学的アプローチ
症状(頭皮)に薬剤を直接作用させる根本(肝臓)を整えて症状を改善する
→ 化学物質が肝臓を追加負担→ 肝の血流・解毒力が向上し、頭皮が改善

もともと肝臓が弱っているから頭皮に症状が出ているのに、そこに肝臓で代謝される化学物質を追加する——これが「育毛剤をつけると脇腹が痛む」という現象の本質です。

4|神山先生が勧める「酢玉ねぎ」の科学

「酢玉ねぎを食べなさい」——これを聞いたとき、正直なところ半信半疑でした。しかし、調べると理にかなっていることがわかります。

玉ねぎ:ケルセチンの働き

肝臓の解毒酵素(グルタチオンS-トランスフェラーゼ等)を活性化

抗炎症作用で肝細胞の炎症を抑える

血流改善により、頭皮への栄養供給をサポート

酢(米酢・黒酢):クエン酸の働き

クエン酸回路を活性化し、肝臓のエネルギー代謝を改善

腸内環境を整え、肝臓への負担(腸肝循環)を軽減

血液のpHを整え、肝臓の解毒効率を上げる

中医学の「食薬同源」という考え方そのものです。食べ物が薬になる。副作用のリスクなく、毎日継続できる養生です。

5|頭皮の痒みが出たとき、まず振り返ること

神山先生の教えを受けてから、頭皮に症状が出たとき、私は最初にこう考えるようになりました。

「今、肝臓に負荷がかかっていないか?」

チェックリストとして——

この数日、飲酒量が増えていないか

睡眠時間が削られていないか(肝臓は夜中の1〜3時に最も活発に働く)

強いストレスや怒り・焦りが続いていないか(中医学では「怒りは肝を傷る」)

加工食品・添加物の多い食事が続いていないか

これらに心当たりがあるとき、頭皮への塗り薬より先に、「肝臓を休ませる養生」が先決です。

おわりに:知らないとやばい、体の声の読み方

育毛剤をつけて脇腹が痛くなる——この経験を「たまたま」で終わらせていたら、私はその後もずっと同じことを繰り返していたと思います。

体の症状は「どこかに問題がある」というシグナルであって、その「どこか」は症状が出ている場所とは限りません。頭皮の問題が肝臓から来ているように、体はつながっています。

中医学の知恵は、その「つながり」を読み解く地図です。神山先生の言葉を聞くたびに、現代医学では見えにくいその地図が少しずつ見えてくる気がしています。

まずは今日から、酢玉ねぎを食卓に。肝臓を労わる養生から始めてみましょう。

── 養生日和 TOMO


覚えておきたいQ&A

Q1|育毛剤を使うと脇腹が痛くなるのはなぜですか?

育毛成分(特にミノキシジル)は皮膚から吸収されたあと肝臓で代謝されます。もともと肝臓に負荷がかかっている場合、右脇腹(肝臓・胆嚢のエリア)に違和感として現れることがあります。症状が続く場合は使用を中止し、医師に相談してください。

Q2|中医学では頭皮と肝臓はどう関係していますか?

中医学では「肝は筋・爪・髪を主る」という概念があります。肝の機能(血の貯蔵・気の疏泄)が乱れると、頭皮への栄養供給が低下し、痒み・フケ・抜け毛などの症状が現れやすくなります。

Q3|頭皮のトラブルに酢玉ねぎが効くのはなぜですか?

玉ねぎのケルセチンが肝臓の解毒酵素を活性化し、酢のクエン酸が肝臓のエネルギー代謝を改善します。肝臓の機能が回復することで、頭皮への血流と栄養供給が改善されます。「食薬同源」の典型的な養生法です。

自己紹介

皆様初めまして。パッチングワーカーと申します。ツギハギだらけの人生を歩んでいるので、パッチワークから名前をとりました。

将来に不安を感じていたり、お金に押し潰されそうだったり、大きな(そう感じる)壁にぶつかっていたり、頭がフリーズして何も考えることができなかったり、仕事が嫌で仕方がなかったり、仕事を辞めたいのにその先が怖くて踏み出さなかったり、何はともあれ今の人生が順調でないように感じている人のために書き下ろしたいと思っています。

そんな余計なお世話をなぜ私がするのでしょうか?私の今までの人生を少しだけ紹介させてください。詳しくはブログに書いてゆきます。

  • サラリーマン家庭に生まれ育ち、一般的に普通とされてきたレールに乗って人生を歩んできました。
  • 例えば、違和感も抱かずに塾に通い、公立のそれなりの高校に入学し、その後は勉強をしなかったけれど理系の大学に入学して、技術者枠で東証1部上場の優良企業に入社しました。
  • 決して優秀な部類ではなかったけれど、地方の工場に配属になってそれなりに楽しく仕事をしていました。
  • 30歳少し前に、働いていた会社が欧州に工場進出することになったことに伴ってメンバーに選ばれ、第一陣として欧州転勤が決まりました。
  • 転勤に合わせて結婚しました。
  • 決して優秀な部類でなかったことと、第一陣(工場には経験者がいない)であったことからクラクラするほど上手く行かずに苦労しました。
  • 家に帰れず、嫁さんには大変な思いをさせました。何せ、異国の地で知り合いもいない、言葉(フランス語)もろくに使えない(当時は)環境で一人ぼっちにさせたのですから。
  • 石の上にも三年と言う言葉があるように、3年も死ぬ気で頑張っていると何とかなってきて仕事が楽しくて仕方がない状態になりました。
  • 欧州初や世界初といわれる技術導入にも参加して、楽しく10年が過ぎました。
  • 2人の子供にも恵まれました。二人とも現地で出産しました。
  • 10年のうち後半5年はプロジェクトに参加して、現地の経営者たちと知り合う機会が増え、密に交流することが増えました。
  • 「大企業に入りなさい!!」といわれて育った私は、その時の環境に満足していたのですが、成功している経営者たちと交流して助言を貰うようになってから「独立」を意識するようになりました。
  • 10年後に40歳で帰国して、技術コンサルタントとして独立します。
  • その後大きな仕事が舞い込み、家族と共にアメリカに移住しましたが、移住してたった2年後に家内が重度の脳出血で倒れ4日間の昏睡状態になります。
  • 命はとりとめましたが、重度の右半身麻痺、重度の失語症、嚥下障害、視野欠損が後遺症として残りました。
  • 椅子に座っていられないほどの重度麻痺とコミュニケーションが取れないほどの失語症に意気消沈しました。
  • 病院に請求された医療費負担(3000万円以上)と、毎月必要になる薬代(約12万円)、リハビリ代(約30万円)、そして辛い家内を家に置いて働かなければならないジレンマに身も心もボロボロになりました。
  • 家族会議を開き、仕事を辞めて日本に帰国することに決めました。

ここから先をブログに描いてゆきたいと思っています。

死にたいと思ったこと?何度もありますよ。

でも大丈夫です、今ここにいるのですから、生きることが楽しくなる何かを提供できるかもしれませんよ。

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