漢方が続かない本当の理由――世界一の保険制度が生んだ「万単位アレルギー」

「効いてる気がする。でも、もう通えない」

鍼灸院や漢方薬局に通い始めて、体の調子が少し良くなってきた。肩の張りが和らいだ。眠りが深くなった。なんとなく、体が軽い。

でも、ふと請求書を見て我に返ります。

一回の施術が5,000円から8,000円。煎じ薬が月に15,000円。それが毎週、毎月、続いていく。保険が効かないから、全額が自分の財布から出ていく。

「効いてる気がする」と「でも、もう通えない」。この二つの感情が同時に存在するとき、ほとんどの人は後者を選びます。そして、体がまた元の状態に戻っていく。

この繰り返しを経験した人は、きっと少なくないはずです。


日本人は「医療費ゼロ」に慣れすぎた

なぜ、万単位の医療費がこれほどつらく感じるのか。

理由はシンプルです。わたしたちは、世界に類を見ない国民皆保険制度の中で育ったからです。

風邪をひけば内科へ行く。窓口で払うのは数百円。骨を折っても、手術をしても、自己負担は原則3割。高額療養費制度を使えば、月の上限を超えた分は戻ってきます。ヨーロッパで10年、北米で5年を過ごした経験から言えば、こんな国は世界中を探してもそうありません。

アメリカでは救急車を呼ぶだけで数十万円の請求が来ます。盲腸の手術で100万円を超えることも珍しくない。ヨーロッパでも、公的保険でカバーされない治療は普通に万単位の自費がかかります。

それに比べて日本は、高度な医療が驚くほど安く受けられる。これは本当に素晴らしいことです。感謝すべきことです。

しかし、この恵まれた環境が一つの副作用を生みました。

「医療にお金がかかる」という感覚そのものが、日本人の体から消えてしまった。


3割負担の「外」にある世界

保険診療の窓口負担に慣れきった感覚で自費診療の世界に足を踏み入れると、金額のギャップに打ちのめされます。

保険が効く漢方薬は、実はあります。ツムラの漢方エキス顆粒など、医師が処方すれば3割負担で手に入るものも少なくありません。でも、保険適用の漢方は種類が限られていて、一人ひとりの体質に合わせた細やかな調合ができるわけではありません。

本来の漢方の良さ――あなたの体質を見て、あなただけの処方を組む――を活かそうとすると、ほぼ確実に自費の世界に入ります。鍼灸も同様です。保険適用される疾患は限定的で、「なんとなく調子が悪い」「慢性的にだるい」といった養生的な使い方は、基本的に保険の対象外です。

すると何が起きるか。

月に数百円で通えていた内科と、月に数万円かかる漢方薬局を、同じ「医療費」として比較してしまう。比較した瞬間、漢方の側が「高い」と感じるのは当然です。でも、本当に高いのでしょうか。


「高い」の正体を分解してみる

ここで、感情を一度脇に置いて、数字を見てみます。

たとえば、慢性的な肩こりと不眠で困っている人がいるとします。

保険診療のルートを選ぶと、整形外科で湿布と痛み止めが出て、内科か心療内科で睡眠薬が処方されます。窓口負担は毎回数百円から千数百円。安い。でも、肩こりの根本原因にアプローチしているわけではないし、睡眠薬には依存性の問題もあります。そして何より、この通院は終わりが見えません。

一方、鍼灸と漢方のルートを選ぶと、月に2万円から3万円はかかるかもしれません。でも、体質そのものに働きかけるアプローチなので、うまくいけば数ヶ月後には通院頻度を減らせる可能性があります。

どちらが「高い」かは、実は簡単には言えません。

月々の支出だけを見れば保険診療が圧倒的に安い。でも、「5年間湿布を貼り続ける総コスト」と「半年間集中的に体質改善に取り組むコスト」を比べたら、数字はそこまで変わらないかもしれません。さらに言えば、体が楽になることで仕事のパフォーマンスが上がったり、疲労からくる判断ミスが減ったりする効果まで含めたら、計算はもっと複雑になります。

もちろん、これは「だから自費診療を選ぶべきだ」という話ではありません。万単位の出費が毎月続くのは、どう理屈をつけても家計にはきつい。それは紛れもない事実です。


だからこそ、「食養生」を主軸に据える

お金が続かないなら、お金のかからない方法を軸にすればいい。

答えは、実はずっと目の前にありました。毎日の「食事」です。

このブログで繰り返しご紹介している神山道元先生は、東洋医学の中でもとりわけ食養生の力を重視されています。漢方薬も鍼も、もともとは「食事だけでは追いつかないときの補助手段」として発展してきたもの。つまり、東洋医学の本来の主役は、薬局の棚に並ぶ生薬ではなく、あなたの台所にある食材なのです。

食養生の最大の強みは、毎日の食事の延長線上にあるということ。特別な材料を取り寄せる必要はありません。スーパーで買える食材で、今日の献立を少しだけ意識する。それだけで、体は変わり始めます。

冷えが気になるなら、生姜やネギ、ニラを意識的に使う。胃腸が疲れているなら、消化の良いお粥や温かいスープを取り入れる。季節の変わり目に体がだるければ、旬の食材で体を整える。こうした知恵は、何千年もの臨床経験に裏打ちされた東洋医学の真髄でありながら、一円の追加費用もかかりません。

いや、正確に言えば「食費は元々かかっている」わけですから、追加コストはほぼゼロです。買うものを少し変える。調理法を少し変える。食べるタイミングを少し変える。それだけのことです。


漢方と鍼は「切り札」として取っておく

食養生を日々の土台にしたうえで、漢方薬や鍼灸治療はどう位置づけるか。

わたしが提案したいのは、「切り札」として必要なときだけ使うという考え方です。

季節の変わり目に体調が大きく崩れた。ストレスが重なって眠れない日が何日も続いている。慢性的な痛みがセルフケアだけでは手に負えない。こういう「食養生だけでは追いつかない局面」が来たときに、初めて漢方の処方や鍼治療の力を借りる。

この使い方なら、月に何万円もの出費が延々と続くことはありません。年に数回、本当に必要なタイミングだけ。いわば、日常のメンテナンスは食養生で回して、大きな不調が来たときだけプロの力を借りる。車でいえば、毎日のオイルチェックや空気圧管理は自分でやって、エンジンの異音が出たときだけ整備工場に持っていくようなものです。

製造業で30年やってきた人間としては、この方がよほど腹に落ちます。設備保全の世界では当たり前の考え方です。日常点検(食養生)を丁寧にやっていれば、突発故障(大きな体調不良)は減る。そして突発故障が起きたときには、ケチらずにプロ(漢方・鍼灸)に診てもらう。


食卓が「診察室」になる

神山先生の教えで印象的なのは、食養生を「治療の代替」ではなく「暮らしの一部」として語られることです。

特別な健康食品を買いなさいとは言わない。高額なサプリメントを勧めることもない。あなたの体質と今の季節と、今日の体調を見て、冷蔵庫の中にあるものでできることを考える。それが食養生の本質です。

こう考えると、毎日の食卓が小さな「診察室」になります。自分の体の声を聴きながら、今日は何を食べるかを選ぶ。これは、誰かにお金を払って「やってもらう」ものではなく、自分で「やる」ものです。

受け身の患者から、能動的な養生者へ。この転換こそが、お金の問題を根本から解決する道だとわたしは考えています。


保険制度のありがたみ、その先にあるもの

日本の国民皆保険制度は、間違いなく世界の宝です。これを批判するつもりは微塵もありません。

でも、この制度がカバーしきれない領域があること。そして、その領域にお金をかけ続けられる人ばかりではないこと。この二つの事実から目を逸らしても、体は楽になりません。

だからこそ、お金のかからない食養生を目一杯活用して、自分の力で健康を取り戻す。そして、強力な漢方や鍼治療が本当に必要なときだけ、プロの力を借りる。

このブログ「養生日和」では、神山先生の食養生の知恵を中心に、あなたの台所から始められる養生の情報を発信していきます。供給側の「うちに来なさい」でもなく、制度側の「保険外は自己責任です」でもなく。あなた自身が、自分の体の主治医になるために。


Patchingworker keiken.blog「養生日和」

「五虚」とは?東洋医学が教える5つの”虚”を知って、慢性疲労の根っこを見つめ直す

はじめに:「虚」という考え方

西洋医学では「異常なし」と言われたのに、なぜか体がだるい。眠っても疲れが取れない。そんな経験はないだろうか。

東洋医学には、こうした「検査では見つからない不調」を説明するための枠組みがある。そのひとつが**「虚(きょ)」**という概念だ。

「虚」とは、簡単に言えば**「足りない」状態**。体を動かすエネルギーや栄養、潤い、温かさ、生命力の源——これらが不足しているとき、東洋医学では「虚している」と表現する。

そして、この「虚」には5つの種類がある。それが今回紹介する**「五虚(ごきょ)」**だ。


五虚とは何か

五虚とは、以下の5つの「不足」を指す。

虚の種類何が足りないか主な症状の傾向
気虚(ききょ)気(エネルギー)疲れやすい、息切れ、声が小さい、汗をかきやすい
血虚(けっきょ)血(栄養・潤い)顔色が悪い、めまい、動悸、爪がもろい、髪がパサつく
陰虚(いんきょ)陰液(体を潤す成分)手足のほてり、寝汗、口や喉の渇き、便秘
陽虚(ようきょ)陽気(温める力)冷え性、むくみ、下痢しやすい、元気が出ない
精虚(せいきょ)精(生命力の源)老化現象、腰や膝のだるさ、耳鳴り、記憶力低下

これらは単独で現れることもあれば、複合して現れることも多い。たとえば「気虚」が長引けば「陽虚」に進むことがあるし、「血虚」と「陰虚」が同時に存在することもある。


西洋医学との違い

西洋医学は「何があるか」を診る医学だ。腫瘍がある、細菌がいる、数値が高い——こうした「存在するもの」を見つけて対処する。

一方、東洋医学は**「何が足りないか」**にも目を向ける。検査で異常がなくても、体が訴える不調には理由がある。その理由を「虚」という枠組みで捉えようとするのだ。

これは優劣の問題ではない。視点の違いだ。


なぜ五虚を知ることが大切なのか

五虚を知る意味は、自分の不調のパターンに名前がつくことにある。

「なんとなくだるい」「原因不明の疲労」——こうした曖昧な状態は、本人にとっても周囲にとっても扱いにくい。しかし「これは気虚かもしれない」「陽虚の傾向があるのでは」と仮説が立てられれば、対処の方向性も見えてくる。

養生の第一歩は、自分の体の「傾向」を知ることだ。五虚はそのための地図のようなものだと思っている。


乗り越えられない試練はない

50代、60代になると、若い頃のように無理が効かなくなる。それは当然のことだ。しかし「年だから仕方ない」と諦めるのは早い。

東洋医学の知恵は、不足を補い、バランスを整えることで、体を本来の状態に近づけようとする。完璧な健康を目指すのではなく、今の自分にとっての「ちょうどいい」を探る。

五虚を知ることは、その探索の出発点になる。


まとめ

  • 「五虚」とは、気虚・血虚・陰虚・陽虚・精虚の5つの不足状態
  • 西洋医学で「異常なし」でも、東洋医学では「虚」として捉えられることがある
  • 自分の不調のパターンを知ることが、養生の第一歩

次回以降、それぞれの「虚」についてもう少し詳しく掘り下げていく予定だ。


自分がどの「虚」に当てはまるのか、気になった方もいるのではないだろうか。

現在開発中の**「AI養生問答」アプリ**では、東洋医学の考え方をベースに、あなたの体質傾向を診断することができる。神山道元先生の漢方講座をもとにしたAIが、対話形式であなたの「虚」のタイプを見立てる。

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