続・創作意欲

皆様こんにちは、パッチングワーカーです。

憂鬱な確定申告もなんとか終わらせることができました。

皆様はいかがですか?

さっさとやってしまう派ですか?

ギリギリまで重い腰が上がらない派ですか?

何はともあれ納税は義務ですから、やるしかないです。

やっと解放された(仕事からは解放されていませんが…)ので、溜め込んだブログを少しずつご紹介させていただきます。

今日はとっくに完成していた妻の作品をご紹介します。

ゴソゴソとパッチワークを始めたと思ったらバッグになりました。

もちろん片手作品で誰も手伝っておりません。

ってか、手伝える腕を持っておりません…あしからず。

文章はここまでにして、ぜひご覧いただきたいです。

片手が不自由な家内目線から使いやすいバッグを作ったのだそうです。

障がい者=地味、お年寄り=地味

こんなイメージは勝手に作られたものですから、ヨーロッパみたいに皆がおしゃれできるといいですよね。

自己満足のお披露目でした😄

絶望から12年が経ちました

2月15日は家内の誕生日でした。

仕事に追われてすぐにアップできず、今になってしまいました。

バレンタインデーの翌日なので忘れないのですが、我が家にとっては歴史みたいなものです。

12年前の1月17日にアメリカのオハイオ州で家内が倒れました。

重度の脳出血でした。

地元の病院では対処できず全米トップ100に数えられる病院に転送されましたが、意識不明になり4日間生死を彷徨いました。

初日は家族用の宿泊施設に空きがなく、ICUで付き添うことも許されず近隣のホテルで長男、長女と共に不安な夜を過ごしました。

大きな部屋でしたが、3人とも不安で同じベットで過ごしました。

翌日からは病院に併設させている宿舎に空きが出て移りました。

隣はヘリポートで次々と患者が運ばれてきて眠れませんでした。

宿舎から病室(ICU)に行く途中に教会があり、たくさんの家族が祈りを捧げていました。

また、教会を過ぎると玄関先に常に10台近い救急車が停まっていて、次々と患者が搬送されていました。

覚悟をする余裕さえなく、昼は簡易人工呼吸器(切開しないタイプ)に繋がれている家内に寄り添い、時間ギリギリまでICUにいて救急車の大群や教会で祈りを捧げる患者の家族を見て部屋に帰るだけでした。

意識が戻るまで4日間でしたが、それはそれは長く感じていました。

第二の人生12歳

右半身が完全に麻痺し、嚥下障害で水を飲むと咳き込み、失語症で言葉を完全に失った状態で病院を移ってすぐに誕生日を迎えました。

病院の職員や看護師達で家内の誕生日を祝ってくれたんです。

絶望の中の一瞬の明るい話題というか希望というか。

その頃撮った写真をPCに保存していたのですが、悲しいことにハードディスクがクラッシュしてデータも取り出せずに消え去ってしまいましたので、思い出の写真(消し去りたい部分でもありますが)が残っていないのです。

クラウドも無い時代でした。

この辺りのエピソードはは過去に詳しく触れましたので今日はここまで。

家内は生まれ変わって12歳になりました。

温泉にも行くし、少しだけですがお酒も飲むし、ゆっくりですが歩くこともできている。

作品を作る喜びも持っているし、何より家が買えるほどの医療費で家計が大ピンチになったのに、今はしっかりと暮らせている。

感謝しかありません。

家内も四捨五入すれば60歳です😄

もう少し生きて人生を楽しもうと思っております。

同じ日に、神経再生を研究していた娘の修士論文が通って卒業が確定しましたので、少しだけ良いワインを開けて祝いました。

絶望のどん底にいる方も多いと思いますが、生きていれば本当に楽しいことがありますよ。

何よりお金払わなくても苦労できて、経験者として親身になって人助けもできるようになれる。

人の痛みが心の底から理解できるようになるのですから悪いことばかりではありません。

私も何回も変なことを考えたりしましたけれど、生きててよかった!!!

神様の書かれたシナリオを一緒に楽しみましょうね。

感動的なエピローグが待っているかもしれませんよ。

創作意欲

皆様お久しぶりです。

パッチングワーカーです。

2度目の自主隔離中の身でありますが、10日間の隔離が7日に減免されましてあと3日で自由になります。

前回の自主隔離の時は気にしていませんでしたが、隔離アプリにしっかり書いてある。

「(やむを得ず)外出するときは公共交通機関は使わないでください」

だそうです。

コンビニにも寄らないし、人とも接することがない散歩なら良いでしょう!!

ってなわけで、間違っても人と会話するとか近くですれ違う事が無いように注意して早朝散歩で健康管理です。

寒いけれど気持ちが良いボッチ散歩なのです。

こんな感じで美しい景色を楽しんでおります

あとは料理を作ることですかね、楽しみは。

出張中はホテル飯か外食ですから、料理好きには辛いのです。

サクッと牡蠣のパスタ(緑豆のパスタを使ってノー小麦ですよ)

牡蠣出汁満載のスープパスタ

寿司を握ったりとかね。

豊洲市場ドットコムからのお取り寄せネタです

焙煎したてのコーヒーを淹れて新鮮な膨らみに感動したりもしております。

新鮮の極みでしょ

創作意欲

家内が福祉会館でプチ展示をやらせていただいた話を書きましたが、それなりに売れた。

場所柄人なんて滅多に来ないのに、それなりに売れた。

本人は創作意欲は湧き湧きです!!

無くなってしまったがま口の制作や

パッチワークで洋梨の何かを作り始めております。

結構でかい!!

取り止めもなく内容のないブログでごめんなさい。

何気ない隔離生活を切り取ってみました。

そうだ!!どこかの作品展を探してみよう!!

家内のプチ作品展

お久しぶりです。

パッチングワーカーです。

隔離が開けてインドネシアで仕事をしています。

今日はインドネシア情報ではなく、オミクロン情報でもありません。

家内の作品が中野区の生涯福祉センターの1階ロビーに展示されているお話です。

【片手でできるもん】シリーズ〜即興命名でした

何回も話題にしているので諄いかもしれませんが、家内が左手だけで作り上げた作品達です。

絶対に手伝わせない正真正銘の片手作品です。

最近は革細工にハマっておりまして、私へのプレゼントも作ってくれました。

既に福祉会館には任意で通っているのですが、素敵なお話をいただいて二つ返事でOKしたようです。

やりがいにつながりますよね。

お世辞でも褒めてもらえると嬉しいものです。

両手を使っても私には作れません。

ヨーロッパに住み始めた時の家内の猛烈なフランス語の勉強のように、みるみる上達してゆく姿を見るのがとても楽しみです。

ほんとすごいでしょ😃

いつもアホみたいな自慢に付き合わせてごめんなさい。

今日はここまでにします。

コメントいただけたら嬉しいです。

全て伝えます。

参った!!

皆様こんにちは!

パッチングワーカーです。

娘の大学院での研究が行き詰まっていて、メンタルがやばいなーってしばらく感じていました。

メチャクチャ当たる占い師様が以前

『お嬢様は周りに支えてくれる人がたくさん群がってくる星にいるから、しっかり感謝出来る気持ちさえ忘れなければ素晴らしい結果を残せますよ』

そう仰った後に

『でも、近い将来頑張り過ぎて潰れそうになるから支えてあげてくださいね』

そう言われていました。

家内も娘の言動に違和感を感じ取っていて

『パパ、何とかしてあげられないかしら?』

そう懇願されました。

親バカになるわけにはいきませんし、親がでしゃばって教授にお願いするのも得策ではない。

木曜日、おそーく帰った娘と少し話し合いました。

若い頃あるあるですが

  1. 研究が行き詰まって出口が見えない
  2. 自分の能力が低過ぎて解決策が見つからない
  3. 自分が休んでしまうと技術員さん(アシスタント)に迷惑かけるからできない
  4. ぶっちゃけどうして良いのかわからない
  5. 教授には怖くて言えない

みたいな感じでした。

それはそれはやばいメンタルが丸出しでしたから、周りも不快にさせてしまっているだろうなって感じです。

朝起きてきても笑顔がないし、放っておいたら電車に飛び込んでしまう勢いです。

涙のトリガーがちょー低くて、危険信号です。

経験あります… 沢山😂

幾つかだけ父親としてではなく、人生の先輩としてアドバイス

  1. 何はともあれ立ち止まって考える環境を捻出する(ドツボに嵌っても進んじゃうんですよね、若い頃って)
  2. 技術員さんに相談して1週間くらい休める環境を作る
  3. 教授に勇気を振り絞って伝えて、心療内科を受診する
  4. 前向きになれるために、とりあえず研究を忘れる

そんな感じです。

技術員さんが優しくて解決。

高いハードルだと思っていた教授(神経再生ではめっちゃくちゃ有名な方です)に相談。

LINEで背中を押しました〜。

教授の言葉です。

  • 実は私(教授)もメンタルがやばくて心療内科受信したばかり
  • 早く心療内科受診しなさい
  • 実験は全て技術員さんに任せて休みなさい
  • どうしても君(娘)が来なければならない局面が来たら、その実験は放り出して良いよ!!

人生の先輩で、研究が行き詰まったらどんな精神状態に追い込まれるか?なんて百も承知なんですね。

昨日は家族3人で美味しいお酒を飲みに行っちゃいました。

美味しいお店にお金落とさなきゃ!!

という号令の元?、久々に明るい娘と、安堵した妻と美味しいお酒を飲みました。

あの革細工私向けでした

妻が作っていて私がブログにアップした作りかけの財布、私への誕生日プレゼントでした。

私のアメリカ時代のニックネームである『TOM』が型押しされていてかっちょいい!!

嬉しいことが2つあった1日でした。

自慢の家内です😂

すごくないですか?

お久しぶりです。

パッチングワーカーです。

修善寺温泉の効果も薄れて、家内は痛みと戦っています。

また行こうと思っていますが、今日の話は別の薬の話。

『大好きな事!!』

です。

裁縫が好きで片手で頑張って作っていましたが、ミシンがイマイチで非力。

買っちゃえー!

ってことでJUKIの素人用ハイエンドミシンを買いました。

器用に作るでしょ。

左手だけで作っているんです。

マジ凄いです。

尊敬です。

以前家内が頑張って作ってくれたカメラケースのことを記事にしました。

今回は財布です。

まだ作成途中ですが確実にレベルアップしました。

表向きはぱっと見完成品ですが、裏返すと工事中🙃

片手ですよ、片手。

今のところ、裁縫と革細工が一番の痛み止めなんです。

早く治療法を見つけなくてはいけないんですけど。

45歳定年制に反対する人に対するひろゆきさんの発言について

こんにちは、パッチングワーカーです。

サンジャポでひろゆきさんが

「45歳定年制反対派は無能な人」

そんな挑発的な表現で自論を展開されていましたが内容は全く同感です。

私自信無能な部類なので少し抵抗を感じるし、色々と反論してしまいたくなりますが。

日本国憲法第25条で定められた「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」 

これって様々な社会保障制度がポイントになっていると思うのですが、生活保護のハードルの高さは最低限度の生活を営む権利になっていない。

車を持っていたら認めないとか、持ち家があったらダメだとか言われる。

ひろゆきさんが言っているように(もう少し弱者に寄り添った表現をしてほしいですが)、ベーシックインカムならば財産とか収入に関係なく受け取れる訳ですから、役所側も受け取る側も楽になる訳です。

能力無いって解っているけれど、今の会社にしがみつくしか生きる方法が見つからないと思ってしまっている人にとって45歳定年なんて強烈ですよね。

例えば一人当たり10万円が毎月支給されて、足りない分はアルバイトで補填すれば生きて行けるのであれば気が楽になります。

4人家族なら40万円ですからね。

そもそも嫌がらせを受け続けてメンタルが壊れてしまいながら会社にしがみつく意味がなくなる。

ひろゆきさんを含めて、お金を稼ぐ能力が備わった人たち(もちろん人一倍努力をされている)からすれば「無能」の一言で片付けられるのかもしれませんが、

サンデル教授の

「実力も運のうち」

にあるように、努力すれば金持ちになれる境遇に生まれ育った運というものを受け入れなければいけない。

親の都合で義務教育の中学にも普通に通うことが許されない子供だっているし、大学の学費(交通費や生活費もかかる)が払えない家庭だってたくさんあります。

日本人ではなく貧しい国の子として生まれた人達と同じ土俵で勝負しようなんて考える人はいないと思いますが、国内にも大きな格差があって「運」が存在する訳です。

前世で徳を積んだ人が今の世の中で恵まれた才能を授かって生まれてきたと考えることは間違っていませんが、そうで無い人が「無能」と格付けさせる社会はおかしいと思うのです。

会社で才能を発揮して利益増大に貢献できる人はサラリーマンとして、類まれな運動能力に恵まれた人はプロスポーツ選手として、芸術の才能に恵まれた人は芸術家として所得税を、経営の才能に恵まれた人は起業して法人税を納める。

会社員として働く素養に恵まれなかった人は、何らかの形で社会貢献する(親の介護だって立派な社会貢献です)事で堂々とベーシックインカムで暮らせば良いと思うのです。

Covid-19の世界的流行で都心に住むメリットが薄れた今、地方(生まれ故郷等)に住んでICTを使ったり、地域でアルバイトをして足りない分を補ったりして暮らすのは人間らしい。

故郷でなくても地方であれば生活コストはかなり低いですから、最低限度以上の生活レベルが保てるのでは無いでしょうか?

会社内で成果を出せない人を「無能」という括りで排除するのではなく、その人に最も適した生き方を探すためにベーシックインカムがサポートしてあげる仕組みがあれば良いだけです。

以前障害を持った人の役割について書きました。

ぜひ読んでいただければ幸いです。

https://wordpress.com/post/keiken.blog/639

ベーシックインカムは

「人の心を洗う仕事」

をしている障害者の方々、

「家事全般を引き受けて家族を支える仕事」

をしている主婦の皆様への給料にもなるのです。

生活保護という施しではなくて、堂々と受け取れる収入です。

ベーシックインカムこそが45歳定年制実現の前提条件なのです。

私の体験

10年と少し前、妻がアメリカで倒れて病院のお世話になりました。

レベルの高い医療と看護師の方の素晴らしい対応で一命を取り留めました。

今でも感謝しています。

反面、手出し3000万円以上の医療費は我が家の財政を圧迫しました。

家内が半身麻痺で言葉が話せない形での退院となり、毎月の薬代は20万円近くでリハビリ代も同じくらいかかりました。

医療関係だけで毎月50万円以上が飛んでいく計算になり、また入院中の請求書が毎日のように届いていたこともあって頭がおかしくなりそうでした。

ヘリコプター代100万円、ICU部屋代(技術料や薬代は別)一日40万円、胃瘻のオペ代60万円、医師の技術料百万円、薬代1000万円以上、救急車10万円(麻痺してしまっていたので安く感じてしまいました)…。

こんな請求書が毎日届き、病院に詰めっぱなしだったため郵便を確認できていなかった事による支払い督促の電話。

家内にも子供達にも話すわけにはいきませんでした。

家内が飛行機に乗っても大丈夫だと医師からお許しが出たタイミングで帰国を決心しました。

1番の理由はスピーチセラピー(言語聴覚)という言葉を取り戻すリハビリが英語だったこと。

全く効果を感じることができなく、意思の疎通ができないことに将来の不安が募っていったのです。

2番目は鹿児島大学の川平教授(促通療法である川平法の提唱者)に直談判して入院させてもらえる目処が立ったこと。

3番目の理由は経済的問題。

高額の医療費を払い続ける自信がなかった。

手元に残ったお金を手に、家内の実家の近くに古民家を借りて住むべく帰国したのでした。

アメリカってありがたい国で、高額の医療費を払った人に一定の限度内で支払った所得税を払い戻してくれるのです。

結構稼いでいたので数百万円還付されました。

これと少し残った所持金で無職生活が始まったのです。

帰国してすぐに健康保険証が手に入りました。

帰国組なので前年度の収入はゼロ。

帰国して保険料を払い始めたばかりなのに、全ての医療費がアメリカにいたときの50分の1くらいになりました。

有り難くて本当に泣けました。

日本国民であることに感謝しました。

闘病記は過去ログをご覧ください。

実はわたし、家内が倒れてから脳がずっとフリーズしていました。

先読みをして的確な判断をすることが常だったビジネスマンだったのに、心が病んでしまってフリーズから回復できませんでした。

口座のお金がみるみる減っていく不安ってわかりますか?

入ってくるお金はゼロで、出ていくばかり。

家内の面倒をみなければいけないので働けないし、もともと働ける精神状態でも無い。

生活保護を受けるために持ち家を手放そうかとか、後ろ向きなことばかり考えていました。

追い討ちをかけるように、障害1種1級認定されたにも関わらず障害年金が払われない決定がなされました。

理由は簡単でアメリカで発症したから。

八方塞がりでフリーズした脳にもう一つロックがかかりました。

自信という自信は全て削ぎ落とされて、ダメな自分を責める感じでした。

今ですか?

今は沢山の出会いと皆様の暖かさのおかげでなんとか家族を支えています。

自信もそれなりに取り戻しました。

私が言いたいのは

「一時的に失った自信と病んでしまった心を取り戻すまでの期間、仕事をしなくても良いんだよ!!っていう安心感」

があれば回復も早いと思います。

これがベーシックインカムだと思うのです。

回復したらできる範囲で仕事をして税金を納める。

同じ境遇に悩む人達のために稼ぐのです。

「少し落ち着けば頑張れるけれど、今は頑張れないんです」

そんな人って多いと思います。

無能なのではなくて向いていないだけ。

無能なのではなくて役割が違うだけ。

無能なのではなくて、一時的に病んでいるだけ。

45歳定年制は大賛成だけど、まずは社会インフラの整備が先です!!

ひろゆきさん、悔しいけれどあなたのいうことに同調します。

言葉を選んでくれるともっとありがたいけれど、そうなってしまうとひろゆきさんではなくなってしまうから、私の言葉で通訳するとします。

通訳合ってますかね?

妻の革細工とコーヒーカップ

革細工

以前、妻が頑張って作ってくれたカメラケースをご紹介しました。

今回はミニチュアのカバンとアクセサリです。

片手で切っているので、切り口はお世辞にも綺麗とは言えませんが、随分と上達しました。

色付けまで自分でやり通して、全て妻の手製です。

アクセサリも面白い。

もちろん妻の手作りです。

アクセサリ付きのミニチュアバッグをキーホルダにして本物のカバンにぶら下げます。

リップスティックくらいは入りそうです。

色も素敵です。

作るのが本当に楽しそうです。

コーヒーカップ

今日もコロンビアブレンドを飲みました。

浅煎りの美味しいやつ。

CoccoCanさんに褒めていただいたカップの青。

ふと思い立って、別の柄のカップに注いでみました。

取手は限りなく白の薄ーいブルー。

4個全て柄が違うこのカップですが、これはボディの外側や内側の柄が素敵です。

300cc入るこのカップは、珈琲や紅茶をたくさん飲みたい時に使っています。

飾っておくべき素敵なカップですが、お皿もカップも使って初めて作者の意図がわかるというもの。

傷つけないように丁寧に使わせていただいております。

笑顔〜妻に癒やされる瞬間

脳卒中後疼痛を患う妻の調子が良くない。

パンを焼いたり、革細工に挑戦したり、がま口を作ったり、お手玉を作ったりと、できる限りの活動はしている。

しかし、痛みがかなり悪化しているようでかなり辛そうだ。

寝ている最中でも動かない右足をバタバタさせたり、唸ったりしている時はかなり辛い時なのだが、最近はほぼ毎日だ。

脚を摩ったり、頭に私の手を置いて自己流の手かざし療法(YNSAにヒントを得たもので、宗教のそれではありません)を施したり、小豆の入った袋を電子レンジで温めて脚に当てるくらいしか出来ないのが歯痒い。

妻の痛みについて書いているので、時間がありましたらぜひご覧ください。

https://keiken.blog/2020/12/19/痛み〜脳卒中後疼痛/

痛み対策に関しては考えられることはやり尽くした感があって、少なくとも薬を飲む事はやめていた。

痛み軽減の効果が感じられないのに、副作用が襲ってくるからだ。

痛み止めの最たるものであるトラムセットやリリカに関しては、人間に処方するべきものなのかさえ疑問に思うほどの副作用が発生する。

photo by HASTWORDS via pixabay

QOLのみを考えなければならない場合と、本当に短期の使用だと確信できる時に限った場合にのみ使うべきだ。

薬抜きをしたということは痛みの原因は全く取り除かれていないということだから、すなわち痛いのだ。

以前はお風呂に入っている間だけは痛みが和らぐ状態であったが、今はそうではないらしい。

お風呂に浸かっている時に症状が和らぐのであれば、漢方の『四物湯』が効くかもしれないということでしばらく飲んでいたが、残念ながら効果は得られなかった。

漢方薬だけで数十種類の組み合わせを試したと思うが、全て残念な結果に終わり諦めていた。

最近、あまりの痛さに耐えかねたのだろう。

『漢方を飲んでみる』と言い出して、かかりつけ医に処方してもらった。

四物湯は効かないとわかっていたので、『疎経活血湯』を処方してもらった。

これを服用してからずっと痛みがより強い。

もちろん直ぐに服用を止めているのだが、強くなった痛みがなかなか治らない。

贅沢を言わないから、痛みだけでもなんとかして欲しいと切に願うばかりだ。

photo by VSRao via pixabay

それでも主婦をやろうとする

そんな状態だから、できる限り寝ていた方が楽な筈だ。

魘されても、寝ている時には痛みは感じないだろう。

福祉会館に行く日でも、そうでない日でも、決まって6時45分に起きてくる。

リビングと廊下の床をハンディーモップで拭いて、ルンバのサポートをする。

ルンバは賢く、見た目は完全に綺麗にしてくれるのだが、拭き掃除をしないと靴下が汚れる。

だから妻が拭き掃除をする。

洗濯物は私が干すが、妻が取り込んできちんと畳んでおいてくれる。

私も娘も帰りが遅くなってしまうときは、風呂掃除やトイレ掃除もやっておいてくれる。

米も洗ってくれるし、根菜を切って煮物も作る。

強度の右身麻痺だし、痛みが常にあるわけだから(我慢するのが辛い歯痛が右半身に常時あると想像して欲しい)これらの作業も大変だ。

家族の一員として、しっかりと力を貸してくれる。

家族一番の頑張り屋だ。

笑顔

私はICT会社の役員であるが、エンジニアリング系会社の海外事業をお手伝いしていて、歩いて30分ほどのところにオフィスがあるので金曜日を除いて出勤する。

電車やバスを使わないと出社できない人達がテレワークをしやすいように、歩きや自転車で通える人は率先して出勤しているからだ。

妻の調子があまり良くないときは気持ちが重い。

娘が学校に出かける日は、独りぼっちになってしまうから余計心配だ。

口説いようだが、妻は右半身麻痺で強い痛みが常に同居している。

そんな私の気持ちを知っているのだろう。

私が出かけるときは決まって玄関に立つ私から見える場所まで出てきて、満面の笑みで送り出してくれる。

『行ってらっしゃーい』

妻の笑顔を見て、心配な気持ちが和らぐ。

仕事に集中して、さっさと帰ろうと心に決めるのである。

全て疼痛発症後の写真です

笑おう! ありがとうは大切!

『パパが先に死んじゃったら私どうしたらいいのかな?』〜妻の重い一言

妻は私のことをパパと呼びます。

一緒に散歩しているときに、妻がポロッと一言。

私の不安(悩み)のなかで、一番答えが出にくい課題をズバリ。

何気に私の不安感が露呈するのが怖くて、話し合いができなかったポイントです。

脳はしっかりしていて、言葉が完全でないこと、右半身が麻痺していること、そして痛みです。

考えますよ、それは。

妻は私の心の中を覗いたのかもしれません。

心配で仕方がない

久坂部 羊さんの『老乱』をお読みになりましたか?

あまり詳しく書くと読むのが怖くなってしまうかもしれないので、本当に触りだけ。

認知症を患う父、幸造と、近くに住んで介護する息子夫婦の物語です。

作者の久坂部羊さんは、在宅医療を経験してきた医師でもあるので、とても生々しく描かれています。

健常者には考えられないトラブルの数々、例えば火の不始末や徘徊、入居した介護施設で発生する事件、そして金銭的な事。

また、家族の立場からだけではなく、本人の心の動きを日記という形で紹介していて、不安な気持ちが伝わってくるのです。

私の両親は健在で、父が90歳、母が88歳になり、身体的には衰えが目立つようになっていますが、頭は比較的しっかりしています。

ですから幸造さんとは違うのですが、色々と考えさせられるリアルなストーリーを紹介したくなったのです。

在宅介護のサービスも受けながら、毎週末になると片道75分かけて実家に出向き身の回りの世話をさせてもらっています。

私の妹も時間が許す限り、駆けつけてくれています。

両親が認知症でなくて胸を撫で下ろす一方、妻は認知症であれば身も心も楽になれるのかも?などと考えたりします。

決して認知症を持つご家族の大変さを理解していないのではなくて、肉体的にも精神的にも受け止めなければいけない妻が楽になる方法はないか?を模索した際の、一瞬の迷いからの思いなのです。ごめんなさい。

意識がしっかりしているからこそ、できる限りの愛情を注げるし、返してくれるわけですから、そんな事を望むはずもないのですが、妻の辛そうな姿を見ると、一瞬ほろっと考えたりすることがあるのです。

老乱にこんな場面が出てきます。

新聞とかテレビはええかっこ言うてるだけよ。寝たきりやったらこける心配もないし、こっちのペースで介護できるから、ええことずくめよ。介護の世界には、『寝たきり天国』ていう言葉もあるんよ。地獄を見た者にしか天国は見えへんよね。

引用 老乱 (久坂部 羊

介護する側からすると、寝たきりにしておけば事故も起こらないし、四六時中付き添っていなくていいから楽だよって言っている。

綺麗事を言えば、筋肉の衰えを遅らせるために歩かせて、少しでも運動させれば良いのだけれど、転んでしまうし何するか分からないから気が抜けない。

だから寝たきりになっってくれという鬼の叫び。

介護される側も人間だってわかっているのに、こんな発想になってしまうくらい追い込まれるという事実。

我が家の場合、通常であれば妻が働いている私に代わって実家を訪れて、私の両親の面倒を見るのが一般的(実の娘の方が気持ち的には楽ですが)なのですが、妻も要介護者。

仕事に出る時は妻のことが心配、実家に帰って両親の世話をしているときも残してきた妻の心配をするのです。

両親だって、私の家族の事情を熟知しているから遠慮がちになってしまうのです。

介護の不安がある人もない人も、知識を広げる目的でも良いので、読んでみてください。

転ばぬ先の杖としても大切なテーマだと思います。

老乱👇

障害を持つ家族を隠す文化

NHKのハートネットをご存知でしょうか?

「親は障害のある兄にかかりきりで、孤独だった。兄なんかいなくなってしまえ、と考えてしまい、そのたびに罪の意識にさいなまれる」「結婚して何年も経ってから、夫は発達障害だと分かり、戸惑っている」「統合失調症の母のことを、誰にも知られたくない…」など、ハートネットTVには、障害のある当事者だけでなく、その家族からも様々な「声」が寄せられています。

障害者本人の陰に隠れ、こうした家族の抱える問題が取り上げられることはほとんどありませんでした。そのため、社会の理解は進んでいるとはいえません。障害者本人だけではなく、家族も孤立しないような状況を作っていくには、どういった支援が必要なのかを考えるため、家族の誰かに障害がある人たちが抱える悩みや思いをお寄せいただきました。

ハートネット

NHKのサイトに飛びます👇

障害を持つ本人だけでなく家族が馬鹿にされたり、いじめにあったり。

保身のために障害を持つ家族を庇うことができずに深く傷ついたり。

たくさんの経験談が寄せられていて、

『頑張らなければ!!』

という勇気をもらいます。

反面、一番近いところにいる誰かが立ち上がって行動しない限り、愚痴こぼしや経験を伝えるだけの場と化してしまう危機を感じます。

大多数の健常者から見れば、対岸の火事であることは仕方のない事実なのです。

妻がアメリカで倒れて、妻に実家のある大分県に帰ったことは書きました。

4ヶ月後に鹿児島大学病院霧島リハビリテーションセンターを退院して、通所リハビリになりました。

毎日妻と二人で2キロメートルの距離を歩きました。

田舎なのもありますが、人が全然歩いていないし、同じような境遇の人に全く合わない。

不思議な気持ちで毎日散歩していました。

後で驚いたのですが、障害を持った家族を家から出さない文化が根強く残っていたのです。

『恥ずかしいから隠す!!』

そうはっきり言われたこともあります。

家から出さないということは、歩かないということ。

望まなくても、寝たきりになりますよね。

後になって

『実はあなたたちが歩いているのを遠くから見ていた』

なんて応援のメッセージをもらったりしました。

不思議なもので、夫婦でリハビリを兼ねて散歩する人たちが増えました。

『恥ずかしくないんだ!!』

って思ったのでしょう。

書いてあるのは家庭と地域で認知症に向き合おうとか、かかりつけ医が支えになるとか、そんな隔靴掻痒のことばかりで、役に立ちそうな情報は何もなかった。

引用 老乱 (久坂部 羊

書いてある通り、こんな考え方の地域で、どうやって介護に取り組むのだろうか?

古臭い、人格を無視した考え方に、心からショックを受けた出来事でした。

私が先に死んだら

同じような不安を抱えている人は沢山いると思うのですが、身近にいらっしゃいますか?

この問題は簡単ではありません。

先に死ぬわけにはいかない。

これは本音ですが、神様に与えられた寿命ですからどう転ぶかわかりません。

天涯孤独になってしまう人もいらっしゃると思います。

私たちには子供が二人います。

私の心配など、甘っちょろい部類なのかもしれません。

でも、親とすれば子供のこれからの人生の足枷にはなりたくない。

妻が倒れた時から、子供たちは普通の子供と違う苦しみを味わってきたのです。

2017年3月に歌手のかまやつひろしさんが膵臓癌のため亡くなりました。

78歳でした。

私が注目したのは、奥様も長い闘病の末にかまやつさんが亡くなる数日前にお亡くなりになられていたこと。

理想的なご夫婦の最後だと思いました。

私たちにとってはまだ早すぎる話。

たくさん勉強して、沢山の方と知り合って、正解に近い答えを出すのです。

『俺が先に死んでも、お前には薔薇色の人生が待っているから心配するな!!』

そう言える何かを探りたいと思っています。

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