タイミングは重要〜早すぎると最悪!

 恋はタイミング

急にマインドセットなんて言い出すから、皆様ドン引きの様子です。

ごめんなさい。

でも、私たちの思いを実現する為に、本気で考えている事実と、実現できる経験や能力、人脈なんかをわかっていただきたい。

皆様のお力をお借りしたいのです。

『タイミングは重要!!』

そんなことはわかっている!!

でも、本当にわかっていますか?

下記の話、似たような経験を持った人は多いのでは?

 私はA子ちゃんが好きで仕方がない。
 覚悟を決めて告白をします。
 返事はNO。
 『お友達としてしか考えていない』
 大失恋です。
 2年後、私には別に好きな子ができて、想いが届いてお付き合いを始めています。
 A子ちゃんが私に告白をしてきます。
 そうなんです。
 相思相愛なんです。
 タイミング以外は。
 結局二人は縁がなかった。
 別々の人生を歩むのです。
 好きだった事実。
 告白された事実を胸に秘めたまま。 

再会

2003年、私は友人と二人でICTの会社を起こしました。

私はヨーロッパから帰国して、既に独立していました。

社長を引き受けたその友人は、副社長として率いていた会社を1999年に開設された東証マザーズに上場させた人物。

何故、ただの機械系エンジニアでしかなかった私が、こんな人物を知っていたのか?

遡ること時は1987年。

テクニカルセンターで戦力外通告を受けた(たぶん)私は、大分県にあった工場に生産技術職として赴任しました。

一方友人は、高専を卒業してこの企業に入社して、たたき上げで生産技術にのし上がっていました。

私と同い年。

大学出たというだけで生産技術をやっている私と、力を認められてのし上がってきた彼との差は歴然でした。

私が国内出張すら一人でさせてもらえない頃、彼はアトランタの工場に出張するほどの差。

それでも、グリスで真っ黒になって、二人一緒に生産設備の前で改善や改造を繰り返して経験を積んでいったのです。

2度目のアメリカ出張から帰った彼は、興奮を抑えられない様子で私に小さな箱を見せてくれました。

macintosh plus

昔のMACです。

NECが最初の98ノートを発売した頃でした。

カーソルで文字を選択して書類を作るのが一般的で、マウスはほとんど使わない時代。

凡人の私にはmacintosh plusの素晴らしさに気づくことが出来ませんでした。

翌年、キヤノン販売がmacintoshの正規ディーラーになることが発表されると、あっさりと会社を辞めてキヤノン販売に転職したのです。

一部上場企業を辞めるなんて、当時の私の選択肢にはありませんでした。

macintoshのクラブを通じて活躍していた彼は、サンリオがハーモニーランドを作る際に、システムの構築をするチームの要としてヘッドハンティングされました。

私はというと、欧州に設立する現地法人の立ち上げメンバーとして欧州事業部に移籍します。

各々の人生を歩み、時は2002年。

彼の会社が東証マザーズに上場を果たします。

既に独立していた私は、お祝いに駆けつけました。

それが再会!!

早すぎたタイミング

それから約一年。

二人が注目していた世界がありました。

Second Life

ご存知でしょうか?

Second Life Logo.svg
Second Life(セカンドライフ)は、3DCGで構成されたインターネット上に存在する仮想世界メタバース)である。
ユーザーは現実の世界とは異なる生活を送ることができる。運営は、アメリカサンフランシスコに本社を置く
リンデンラボ(Linden Lab) 社が行っている。
公式サイトでは、「ユーザーによって創られた、インターネット最大の3D仮想世界」、「出会う人がみんな実在の
人物のように見え、訪ねる場所はすべて、あなたとまったく同じような人によって構築されている 3 次元の世界」
と紹介されている。 
〜 wikipedia.orgより引用 〜

インターネットに仮想空間があって、別世界が広がっていました。

土地を買って建物を建てて、世界中の人たちとバーチャルでコミュニケーションを取る。

可能性しかない。

そう考えた二人は会社を設立します。

時代の最先端に躍り出た感じで、雑誌やテレビに取り上げられて一躍有名に。

気持ちの中では株式公開が頭をチラリ。

ベンチャーキャピタルも声をかけてきました。

アバターという言葉はこの時代に生まれたもの。

でもそこまで。

思った程セカンドライフ人口が伸びず、一過性の流行りと化したのでした。

この技術が爆発的に認知されたのは、ポケモンGO。

そうなんです。

10年以上も早すぎたんです。

ネット環境がお粗末すぎた当時は、3Dは重すぎて楽しめなかった。

ハイパーネットの板倉雄一郎さんをご存知でしょうか?

ご存知ないかたは、ぜひググッてみてください。

同じ感じです。

ちなみにこの会社、今もしっかり存在しています。

経験は神

この会社の現在は、LMSのリーディングカンパニー。

Learning Management System

教育のサポートシステムです。

大学の授業をいつでも受けられて、ゼミのメンバーでコミュニティーを作って教え合って、レポートを評価し合って、他の大学と繋がって、ビデオシステムで受けた授業はどこで一度止めたか?どこまで受けたのか?テスト成績の分析や、レポート内容の分析…

AIを活用して次世代の教育を提供する。

3Dでバーチャルのキャンパスを構築してリアルに近づける。

セカンドライフで培った技術がフルに活用できる。

過去の経験は、新しい経験を後押ししてくれる

パッチングワーカー🙃

日本の私学では最高峰のW大学を始め、最高学府のT大学、T工業大学、M大学….T理科大学やM学院大学なんかも手がけさせて頂いています。

近頃は地方の国立や私立でも導入が加速。

コロナで補助金が出ているのです。

今年なんて、2月に決定して3月末までに納品なんていう、無茶な補助金まで登場。

お役所は、今期の予算でなんとかしたいのでしょうね。

にわか業者には絶対にできない。

勉強している時間も与えられないから、実績のある会社に頼らざるを得ないんです。

国内だけにとどまっている気はさらさら無いのですが、今は特需だから頑張るしかない。

それでもICTのメリットを国内だけで享受するなんてガラパゴス。

世界中の大学と提携して、世界中のアプリ会社と連携しています。

セカンドライフでは早すぎて地獄を味わいましたが、諦めなかった事で別世界が広がりました。

それでも、リアル授業に拘る日本の学校と官庁。

諸外国から大きく離されていた環境が、コロナで一変しました。

競うようにLMSの導入が続いています。

タイミングは重要〜早すぎると最悪

でも、諦めなければ最先端

パッチングワーカー🙃

LMSを障害者の世界にも応用しようと考えています。

VRという言葉。

今でこそ沢山の人々が知っています。

セカンドライフはVRの魁。

Zoomでは伝わらない臨場感は別格。

見ていてください。

LMSとVRを障害者の世界に応用します。

私たちの経験が、必ずや役に立つと信じています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

役に立つということ〜続 片手で創作するということ

安心、笑顔

『片手で創作するということ〜目覚めてからの試練』

その1からその3まで執筆して、流石にマイナスオーラ全開を感じ取った読者の皆様が離れていく状況を想像して、しばらく話題のベクトルを変更していました。

お正月が近かったしね😄

お読みでない方はぜひご覧ください。👇

お伝えしたいことがねじ曲がって伝わってしまうのが一番残念なことなので、勇気を振り絞ってその先を執筆させていただければと思います。

このブログを書き始めてひと月半、50投稿しか書いていないのに偉そうなことは言えないのですが、投稿目的は『笑顔』『安心』に尽きます。

政治家の言葉みたいに信用できない綺麗事に聞こえてしまうかもしれませんが、壁にぶつかって身動きが取れない心のフリーズ状態の方(含未来)に脱出の糸口を提供できれば本望のページです。

・なんだ、大したことないじゃん

・そう考えれば良いわけね

・悩んで損したなー

悩める人(これからそうなるかもしれない方)が、私たちの壮絶な体験を通して安心できる環境を届けたいのです。

そのためには、私たちが経験してきた事実を知っていただくことが必要な訳です。

経験していない、にわか仕込みの知識を披露しても重みがないでしょ。

『私たちはこんなに不幸なんです!!』

『全然悩まずにあっさり立ち直りました!!』

そんなメッセージを発信する気は全くありません。

悩んで、ドツボに嵌って、もがき苦しんで、やっとこさ抜け出した経験を盛らずにお伝えしていきたいのです。

皆様が直面している壁が、私達が乗り越えた壁より低ければ低いほど安心しますよね。

そうやって笑顔になってほしいのです。

幸せと不安

人間が幸せを感じる瞬間って

・美味しいものを食べるとき

・美しい景色に身を置いたとき

・大好きな音楽を(できれば生で)聴いているとき

・自分の存在価値が認められたとき

・頼られたとき

・etc

『喜こびを与えること』

『五感で感じる至福』

を遥かに超える幸せをもたらしてくれる

パッチングワーカー 2021年🙃

私のブログ、料理の記事も多いんです。

食べて幸せ、美味しそうに食べてくれて幸せだからです。

反面、不安な瞬間って(幸せの反対は不安ではありませんが)

・時間の自由がきかない

・お金の自由がきかない

・今を生きるのが精一杯で将来が見えない

・想定外の悪いことが起きた

・想定外の悪いことが起きたらどうしようかと思う

・自分は不幸だとか運が悪いと感じる

『不安の原因は思考を変えれば解決できる』

パッチングワーカー 2021年🙃

結局のところ、因数分解すれば解決できる事の組み合わせなのに、難しく考えて悩んでいるだけなのだから.

不安  =  問題A × 問題B  × 問題C × 問題D × 問題E × 問題F

問題をできるだけ因数分解して原因を特定して一つ一つ解決していけば、残ったとしても小さな問題が幾つかあるだけになるのです。

片手で創作するということ

妻は福祉会館で沢山の作品が売れて幸せ、私はたとえ少数の方々でも、ブログを読んでいただいて幸せなのです。

私は5体満足ですから何でも出来て当たり前です。

妻は片手でやらなければならない。

強い痛みも抱えている。

やらない!!という選択肢があるのに、それを選ばない。

何故かって?

喜んでもらえるからです。

自分の服を作るのは、着ている姿を見て褒めてもらえるから。

もっと素敵な作品を作る技術を高める為でもあるみたいです。

でもそれだけではない。

好奇心が旺盛で、障害を抱えてしまっても好奇心は衰えないばかりか強くなっている。

nikonikomaisonさん、takamayugeさんに刺激を受けて、東京に引っ越してからはやっていなかった天然酵母パン作りを再開すると決めたようです。

発酵器と天然酵母を作るためのヨーグルトメーカーの掃除と準備を命ぜられました😋

準備完了!!

明日届くオーガニックレーズンで天然酵母作り始動です。

日曜日の昼、妻はミシンに向かって自分の服を作っています。

部屋着にするパンツだそうです。

ポケットなんかもきっちりと仕上げている。

今抱いている野望(後ろ指刺されそう)は、世界中の活発な障害者と繋がること。

心と作品と価値観が繋がること。

障害者が普通に受け入れられる世界というか、特別ではない世界になれば良いなあ。

障害者が作ったから同情で買ってもらう作品ではなく、障害者ならではのセンスや工夫を認められる日を夢見て、世界的なグループを形成したいのです。

障害を持ってしまって沈んでいる人や、その家族に希望の光を届けたいです。

今は障害者という位置付け。

でも、近未来は個性という位置付けを目指します。

どうやって自立するか?

多種多様な自立の仕方を、世界中の仲間と考えたいのです。

大袈裟?

出来ますよ。

足りないものは仲間が助けてくれる。

そんなグループを作りますよ。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

片手でお手玉作りました〜片麻痺の挑戦

昨日のブログで少しだけ報告しましたが、netdedussel様にご依頼をいただいたお手玉が完成しました。

making ofはマスクとほぼ同じなので、割愛してmaking of maskの動画をもう一度貼り付けさせていただきます。

片手で作るにあたって、少し作り方を工夫しています。

バスケットボールのようなパッチワークが理想なのでしょうが、残念ながらこの製法では片手で作ることができません。

手伝ったら本末転倒。

四角い生地のパッチワークで袋を作って、中身を入れて蓋をして、両サイドを括ってしまう製法です。

なるほど、これなら片手で最後まで作れそう。

私が言うのも何なのですが、生地の組み合わせのセンスが素敵でしょ。

私の机が擦りガラスなので、下から光を当てておしゃれに撮ってみました。

赤とピンク

水色と黄色

黒と黄色

水色と赤

黄色の柄違い

1セット(5個)

今日の晩御飯はあいちゃん農園のスティックセニョールとパスタを一緒に茹でで、バジルペーストと和えてパルミジャーノリッジャーノをたっぷりかけたジェノベーゼ風スパゲッティと荻窪で買ってきたパンドカンパーニュ。

我が家は全員、天然酵母のハードパンが大好きです。

よく手作りしますが今日のカンパーニュは手作りではありません。

悪しからず。

今年も残すところ後2日。

明日は息子を連れて実家の大掃除と墓参りに行ってきます。

JAL319便 羽田-福岡線

我が家にボーイング787の小さなプラモデルが飾ってあります。

子供が飛行機に乗るとCAさんが持ってきてくれるアレです。

これも我が家の宝物なのです。

汚れがこびりついていて、メラミンスポンジで擦ればあっさり綺麗になるのですが、それはできません。

文字まで消えてしまうからです。

東京-福岡線常連客

私はというと、月曜日から金曜日までは東京でエンジニアリング系の会社の海外事業のお手伝いをし、週末は息子に任せていたピザの店をサポートする生活をしていました。

月曜の早朝に家を出てバスで福岡空港に向かい、羽田行きに乗ってモノレールとJRを乗り継いで高円寺へ向かいます。

ウイークデイは会社が用意してくれた単身用のアパートで暮らし、金曜日の最終便(20時20分羽田発)で福岡に飛んで最終バスで家に帰る生活でした。

家に着くのは金曜日の24時近く。

翌朝早起きして混み合う土曜日のランチの仕込み、切れ目のないランチタイム、高い確率でランチのお客様が飲み出して長居(ありがたいことです)、店を閉めずに夜の仕込みをしながらお客様のお相手。

夜は夜で飲酒率ほぼ100%の盛り上がりで『お前も飲め!!』状態。

日曜日のランチもほぼ同じ状態ですが、夜は比較的穏やかなので、息子に任せて休息を取り、月曜日は早起きをする生活。

ヨーロッパに住んでいる頃から、会社がANAを使っていた事もあってかなり青い方(青いのはANA,赤いのはJALです)派でした。

アメリカにいるときも、その前に月に日米2往復していたときもANAでした。

スターアライアンスのヘビークライアントだったわけです。

でも、私の事を誘ってくれたこの会社の社長様が盛和塾の塾生だったため、用意されるチケットはJALに決まっていました。

盛和塾をご存知でしょうか?

2019年に解散したこの塾は、京セラ創始者の稲盛和夫氏が若手経営者に経営哲学を伝える目的で設立されました。

2010年1月19日にグループ全体で2兆3221億円の負債額を計上して倒産した日本航空グループを託されて、2012年9月には東京証券取引所に再上場するというスピード再建を成し遂げた中心的な人物です。

言うまでもないと思います。

この会社にお世話になると決めた時から、ANAの上級会員の椅子を捨てて、1からコツコツとJALのマイルを積み上げることになったのです。

2014年正月

アメリカから帰って大分に住み、必死になって家族で生きてきた軌跡は書いてきた通りです。

👇

https://keiken.blog/2020/12/01/看護師の偉大さについて/

https://keiken.blog/2020/12/10/片手で創作するということ〜目覚めてからの試練/

https://keiken.blog/2020/12/11/片手で創作するということ〜目覚めてからの試練-2/

https://keiken.blog/2020/12/11/片手で創作するということ〜目覚めてからの試練-3/

https://keiken.blog/2020/12/14/左手の法則〜家族総出の絆作戦/

家内の実家は大分ですが、私の実家は埼玉にあります。

やっと落ち着いてきたし、2014年の正月に家族全員で埼玉の実家に帰ろうと決めました。

JALにお願いして、福岡空港での車椅子でのハンドリング、羽田に着いてからのハンドリング、帰りも同じ、羽田空港から実家までのタクシーの予約等、万全に準備して久しぶりの家族旅行?を決行したのでした。

足元の広いクラスJ を予約して、行きも帰りも窓側2席ずつ最前列で予約しました。

搭乗時は一番最初に、降機時は一番最後になります。

行きも帰りもCAさんが気を遣ってくださり、とても快適に過ごすことができました。

忘れもしない帰りの便。

1月3日の羽田発福岡行きJAL319便。

福岡に着いて乗客全員が降りた後、担当のCAさんがプレゼントしてくれたもの。

それが乗務員全員のサインを纏ったこのボーイング787でした。

早く回復できるように祈っていると、全員の名前が。

どんな高価な物よりも心に響く贈り物でした。

家内の名前を調べ、フライトの合間に書いてくださったのでしょう。

感極まってお礼の言葉が出ず、お辞儀だけのお礼となってしまいました。

日本航空の皆様のホスピタリティに触れ、大ファンになりました。

今は大変な時だと思います。

頑張って欲しいなんて野暮なことは言いません。

目一杯頑張っていると思います。

神様は見ていらっしゃいます。

会社としては誰の首も切らないと決めているそうです。

再建の時に『整理解雇を経験し、残った全員は意地でも雇用し続けるために給料を安く抑える』と従業員に理解してもらって頑張ってきたのに、ここで解雇などしたら嘘をついた事になると。

アメリカ流の経営が一般的になって、経営が傾くと整理解雇する会社が増えています。

従業員全員を家族として雇用する日本流の経営を守り抜いて欲しいと思います。

日本のホスピタリティ、日本航空のホスピタリティは不滅です。

JAL319便とこのプラモデルは私たち家族の宝物です。

大切にします。

CAの千葉様、機長の秦様、319便のクルーの皆様、本当にありがとう!!

飲食店の苦悩その1

万事休す

あと2ヶ月で資金ショートする。

ナポリピッツアの店が軌道に乗らず、そこまで追い詰められていました。

個人事業主ですから、資金ショートの意味するところは明らかです。

『家族をどうやって養おう』

『妻はどうなってしまうのか?』

不安が増幅して、気が狂いそうになります。

コロナ禍にあって、こんな思いの飲食店経営者が無数にいると思うと心が痛みます。

努力の範疇を超えています。

だからこそ、努力できるところまで引っ張ってあげてほしい。

市場が自由でいられない今だけは、政治が頭とお金を使って欲しいと思います。

帰国

アメリカの医療機関に数千万円の支払いをしました。

現金では足りず、売れる限りの有価証券を手放して、最悪家を売るか担保にして借金するしかない。

追い込まれながら、何とか支払うことができました。

借金はしなくて済みましたが、日本に帰って無職で暮らすには心細い金額でした。

帰国後いろいろな手続きに入りました。

妻の保険金支払い請求。

これには驚きました。

日本に住んでれば、健康保険に守られて、医療保険の支払い金額はお釣りがくるほど手厚く支払われます(加入内容によります)

医療費が桁違いのアメリカで支払った金額に対して、手元に入ってきた医療保険の支払額は焼け石に水でした。

アメリカで、気が遠くなる金額の支払いを続けていた時、USD1000(約10万円)の救急車代金が端金に思えた。

あの時の感覚に引き戻されました。

家族の渡米に際して、駐在は長くないと踏んでいたので、合法的に年金支払いを休止していました。

したがって障害年金も全く支給されず。

1種1級障害ですから、頂けない金額は大きい。

当てが一つずつ外れて行きました。

家内が倒れてから、家内の心配とお金の心配が途切れる事なく押し寄せていました。

人生終わったと決めつけていて、妻には笑顔でリハビリをサポートして、一人では死にたくて仕方がない、メンタルが不安定な時期でもありました。

子供達が居なかったら、私はあってはならない事をしでかしていたかもしれません。

出店

経済的に少しずつ首が絞まりながら、毎日が過ぎていきました。

収入ゼロなので所持金が減っていく。

ただでさえ辛い家内に、我慢させる事も辛い。

家庭教師、肉体労働、道路清掃、交通整理等、働く術を探りましたが、田舎町ですからそんなに仕事はありません。

子供達の学校にもお金がかかるし、家内はまだまだ1人でいられる状態ではない。

家内の親父さんが営んでいた居酒屋の古い店舗が遊んでいました。

考えて考えて、フリーズした頭で考えて、店内改装をしてナポリピッツァの店を始めることに。

お世話になっていたイタリアの会社の社長さんが石窯を送ってくれる事になり、いよいよ逃げられない状況に追い込まれました。

営業開始

石窯で焼けばどんなピザでも美味しいだろう。

本当に浅はかでした。

ピザ屋なのにピザに自信がありません。

ランチではイタリアで覚えた手打ちパスタが少し出て、ピッツァは全く。

夜は殆どお客様が来ません。

お酒を飲んでいただきたいのに、田舎町ですから運転して来るしかない。

お客様は来なくても、窯を温めておかなければならず、薪代はかさみます。

仕込んだ生地も捨てる事が多く、どんどん縮小。

この町に石窯を備えたピザ屋はないから、絶対に流行ると思ったけど、ニーズがないから店がないだけ。

店の改装費用でもっと目減りした少ない資金が、時限爆弾のように減っていく。

ピザ屋なのにピザが美味くない。

まずいとは言わないけれど、感動はしない。

ナポリで食べて感動したあのピッツアには程遠い代物でした。

奇跡その1

生地の配合を変えたり、粉を変えたり、酵母を変えたり、考えられることは全て試したと思います。

自分が満足できないのに、お客様が満足する筈がありません。

香ばしくて軽い、足し算では出せない特別な香り。

一気に食べ切ってしまう程の美味しさ。

自家農園で育てているバジル、プーリア州のトマト、こだわりのモッツアレラチーズ、そして自慢(になる筈)の生地。

モッツアレラチーズと生地を極めるため、寝る間も惜しんで研究しました。

しかし、捨てる生地が増えるだけ。

焦りました。

勿体無いから昼も夜もピザ。

ある日、冷蔵庫の奥に忘れられた生地がありました。

息子が忘れたもの。

『こんなの出せないから食うぞ』

そう言って成形に入りました。

元気が無い成形しにくい生地です。

なんとか形にして400℃の窯の中に。

一瞬でわかりました。

元気よく弾けて、一気に良い香りが立ち上ります。

『これだ!!!』

軽くて香ばしい生地。

焼き上がって口に入れた瞬間、出会えないと諦めかけていたナポリで食べたあの味でした。

雑誌掲載(広告ではありません)、テレビ取材をきっかけにお客様が増え始めました。

店の窮地は脱することができました。

それから起こる数々の奇跡を書いていきます。

第一話はこの辺りで。

飲食店の苦悩その2に続きます。

痛み〜脳卒中後疼痛

脳卒中後疼痛

脳卒中をはじめとする脳血管障害は、その高い発症率だけでなく、麻痺や記憶障害等の重い後遺症を誘発しやすい疾患であり、「寝たきり」になる疾患の第1位に位置する。脳卒中後の後遺症のひとつである脳卒中後疼痛     (CPSP)は、神経障害性疼痛に分類され、従来の薬物治療に対して難治性を示す。現状においては、いずれの薬剤も、完全な疼痛の寛解は困難であり、患者のquality of lifeを著しく低下させる。

日本緩和医療薬学雑誌 神戸学院大学薬学部臨床学研究室 原田慎一、中本賀寿夫、徳山尚吾著

同じ論文の一説には

〜CPSPの激しい痛みによる精神的な苦痛から、自殺傾向が強くなるという報告もなされている。〜  

※論文の句読点は , . が使用されますが、ブログ転載の際に、。に変更させていただきました。

ともあります。

一番近くにいる私でも、痛みの辛さを完全に共有することはできません。

だからこそ痛みは厄介なのです。

『現時点で治すことはできないんです』

患者に伝える方も辛いでしょうが、受け止める方は遥かに辛い。

痛みへの現代医学のアプローチは、現時点では間違っているとしか言いようがありません。

何故か?

抗鬱薬や抗てんかん薬まで処方している。

抗鬱薬でうつ病が治った話聞いたことありますか?

薬の乱発でたくさんの不幸が発生している。

なのに何故?

短期的に乗り越えるための副作用ならまだしも、続けなければならない薬の副作用が大きすぎる。

とりあえず痛みを取ろうと頑張ってくれているのは理解できる。

でも、アトピーに副腎皮質ホルモンを処方するのと同じ。

足りない物を外部から与えてしまったら、足りないものはもっと作り出せなくなるのに。

貧しい人にお金を与えるのではなく、教育を提供して持続可能な幸せを提供する。

みたいな考え方が必要だと思うんです。

そうなんです。SDGsとは真逆のアプローチをやっている。

慢性的な疾患には現代医学は無力なんです。

自殺の可能性が高いってわかっているのに『治せません』は酷ですよ。

髪振り乱して試す

片っ端から試した事をまとめます。

西洋薬は無力だったから書きません。

  • 漢方中心のペインクリニック
  • 漢方オンリーのペインクリニック
  • 煎じ漢方のペインクリニック
  • 『これは絶対に効く!!』といわれた複数のMLMのサプリ
  • とある新興宗教
  • とある健康集団〜宗教風
  • Oリングテストを使ったレメディ(ホメオパシー)
  • 気功
  • Reiki
  • 大阪大学、斉藤洋一教授の『難治性神経障害性疼痛に対する反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)』の治験
  • 脊髄刺激療法(SCS)
  • YNSA

漢方

漢方は基本、体を温める方向で進んでいきました。

『風呂に入っている間に痛みが和らぐ』事実を捉えて、四物湯をベースに無数の組み合わせが試されました。

副作用が少ないため、長期にわたってトライしましたが、残念ながら痛みを鎮めることはできず、漢方による痛み緩和を断念しました。

MLM、新興宗教

側から見ると滑稽ですが、藁をも掴む思いで試しました。

MLMに関しては、一人たりとも紹介せずに商品を試しました。

宗教は言わずもがなですが、Reikiという真っ当な民間療法がベースである事がわかり、成果はありました。

MLMの皆様はお金を稼ぐ目的で、宗教の皆様は救われたいという目的でメンバーになっていますから、どちらかというと後者の方が気持的には救われました。

でも効果なしでしたので、もちろんきっぱりと丁重に入信をお断りしました。

治験、脊髄刺激療法

斉藤教授の治験は断られました。

理由はシンプル。

微妙なニュアンスの表現ができない(失語症)ため、治験には向かない。

代わりに勧められた脊髄刺激療法にすがり、手術を受けましたが、痛みは和らぎませんでした。

電極は今も妻の体に中に居ます。

Reiki

てかざし療法と言われるやつです。

日本ではいくつかの新興宗教に利用されていますが、海外に渡って今も生き続けています。

これは本当に効果があります。

離れていても効果を実感できます。

妻が本当にきついときは、たっぷりとReikiに時間を費やして癒します。

ホメオパシー

残念ながら妻には全く効果がありませんでした。

鍼灸

痛み(脳卒中後疼痛)には残念ながら効きませんでした。

リラックス効果は抜群。

YNSA

脳の一部がダメージを受けると、さまざまなセンサが敏感になるようです。

眠っていた潜在的な感性が磨かれるメリットもあるけれど、辛さも半端ない。

低気圧に異常反応するようになってしまって、応急策と分かってっていながら酸素カプセルで一瞬でも良いから良くしてあげたい(低い気圧を上げてあげる)と新宿のサロンに通いはじめた時の事。

家内がカプセルに入っている時間は1時間。

私はその間はやる事がないので、近くにある紀伊国屋書店で時間を潰します。

そこでこんな本を発見。

見るからに胡散臭い宗教勧誘のようなフレーズ。

何度も前を通り過ぎながら牽制。

気になりすぎて結局購入。

ダメ元だ、読んでみよう。

それがYNSAとの出会いです。

Yamamoto New Scalp Acupuncture

『山本式新頭皮鍼』

宮崎県にいらっしゃる山本敏勝先生が提唱した、頭皮に鍼を打つ療法。

特筆すべきはドイツやブラジル、アメリカ等14カ国で医療として導入されています。

ドイツ、ブラジルに至っては保険適用。

ハーバード大学医学部やケルン大学でも高く評価されています。

なのに日本では知名度なし。

今の本には書いていないのですが、当時の本にはYNSAを導入している鍼灸院などがリストになって記されていました。

中井という駅(西武新宿線、都営大江戸線)にある鍼灸院を発見。

すぐに電話。

妻の境遇を聞いて泣いてくれる女性経営者。

『半額にしてあげるから沢山来なさい』とまで言ってくれて甘えさせていただいています。

今は少し麻痺気味ですが、確実に効果が出る。

薬使わずに良くなられては◯◯業界は商売上がったり。

良くは思われないだろうな。

でも、頭に刺さった無数の鍼は圧巻です。

薬を使わない疼痛の寛解法。

ご存知の方ご連絡お願いいたします。

鋭意募集中です。

障害を持つ人のご家族が明るい理由

家族が病気で障害を持ってしまった。

待ち望んで生まれてきてくれた子が障害を持っていた。

家族が大きな事故に遭って障害を持ってしまった。

言葉では伝わらないかもしれませんが、瞬間は頭が真っ白になってしまうことでしょう。

というわけで、ご家族は重い荷物を背負ってしまったわけで、暗い家族に違いないと思っていませんか?

障害福祉会館

家内は週3回、区の障害福祉会館へ出かけます。

一通りのリハビリをした後は、個々のやりたいことを尊重してくれて絵とか陶芸なんかをやらせてもらえます。

そこで革細工を所望してカメラケースを作ってくれたわけです。

下記はカメラケースについて書いています。技術はまだまだですが、私にとっては宝物です。

https://keiken.blog/2020/12/04/家内が片手で作ってくれたカメラケース/

今はコロナ禍なので無理ですが、普通は会館のお祭りなんかがあって、そこで披露させてもらうのです。

一般の方々も沢山お越しいただけるので、皆頑張って出し物を完成させます。

妻のがま口も20個試しに出品させて頂いたら、あっさり完売してしまって、自信に繋がったのでした。

恥ずかしい話、会館に通うということに関して、最初は時間潰しくらいにしか期待していませんでした。

会館の熱量を感じた時は鳥肌が立つくらい感動しました。

バザーで売るお菓子なんかも障害を持つメンバーが作って売るのですが、ちょっと素人っぽい味だったので、昔取った杵柄で妻がメンバーに本格レシピを伝授!!

当日はレシピを作って技術提供した妻を紹介したポスターまで貼ってくれて。

がま口販売が忙しくて、一息ついたので買いに行ってみると、既に完売していました。

喜びには色々な形があるけれど、彼女はこういったことに喜びを感じているみたいで、痛みを忘れることができるのだそうです。

下記は痛みに関して書いています。よろしかったら読んでみてください。

https://keiken.blog/2020/12/11/片手で創作するということ〜目覚めてからの試練-3/

ルコントのシェフパティシエ、タイユバンロブション(現ジョエルロブション)のシェフパティシエを務めてきた名パティシエのジャンポールチェボーさんです。

以前は六本木にスタジオがありました。

今は下総中山。

https://www.facebook.com/ジャンポールチェボー-583677224981963/

妥協を許さない(間違っても、原価が上がってもマーガリンなんか使わない)姿勢で、本物のフランス菓子を作り続けていらっしゃいます。

ジャンポールさんのお菓子(≒妻のお菓子)を食べ慣れてしまうと、何かが混ざっているお菓子を食べただけでわかるんです。

本物のバタークリームは絶品ですよ。

障害福祉会館40周年祭り、開会のくす玉割りを終えて満足

明るいご家族、スタッフ

会館に行くたびに涙してしまう事があります。

スタッフが皆明るい。

努めて明るくしているのもあるかもしれませんが、絶対にそれだけではない。

重度の障害を持つ方のご家族もよく会館にお越しになるのですが、例外なく明るい。

考えてみたら、ウチも結構明るいわー。

なぜだろう?

色々大変だし、お金ないし、将来不安しかないし。

でも明るいな。

人間の根本というか、日々の忙しい生活で忘れがちな小さな喜びを味わう事が出来ているからかな?

障害福祉会館に行くと必ず『頑張ろう!!』って気持ちになります。

パワーをもらえる。

人々の心を洗う仕事をしている彼ら(彼女ら)は、人々にパワーを与える役割も担っているのだろうと思うのです。

『助けてあげよう』なんて上から目線はダメですよ。

結局は助けてもらうのですから。

同じ目線で接すると、見えなくなっていた様々な事が見えるようになります。

やっぱり神さまが送り込む分身は凄いわ。

障害者の仕事〜人の心を洗う仕事

人の心を洗う仕事

障害を持った人は、生産性の点から考えると端っこに追いやられる存在かもしれません。

でも、違った見方ができると思うのです。

というか、これが本質だと思います。

周りの人の心を洗う仕事をしているのだと。

体が不自由で歩くのが遅い人の後ろを歩いてイライラする若者。

一部の人は露骨に無理やり追い抜いていきます。

もしその人が交通事故に遭って大きな障害が残ってしまったら。

心も病んでしまったら。

その時やっと気づくのでしょうか?

人は愚かな生き物です。

自分でも嫌になります。

経験しないとわからない事だらけで、いくら言われたって感じない。

でも、困っている人を少しでも助けてあげたいと思ったら、勇気を出して声をかけてみる。

余計なお世話かもしれないけれど、助かるかもしれない。

誰かを助けて喜んでもらったことが、自分の心を少しだけ洗うのです。

洗われた心は、困っている人たちがもっと気になるようになってくる。

障害を持った人たちは、辛い境遇を引き受けてまで人の心を洗う為にこの世に生きているのだと言うこと。

大変な仕事だと思いませんか?

その人達がいてくれるおかげで、私達は自分だけでなく人の苦しみがわかるようになれるのですよ。

少しだけ立ち止まって、少しだけ勇気を出して。

困っている人に声をかけてあげてください。

喜んでくれると思います。

それが彼らの仕事なんです。

あなたの心を洗うために存在してくれているのです。

芸術と同じかな。

辻井伸行さんや野田あすかさんの出す音色って、心に刺さってきますよね。

自然と涙が出る美しい音色。

音で心を洗う仕事をしています。

音や作品で人の心を洗う人もいれば、存在や真心で人の心を洗う人もいる。

賢明さに心を打たれたり、ひたむきさに心を打たれたり、優しさに心を打たれたり、人それぞれ。

パラスポーツ選手だって、画家だって、書家だって、音楽家だって信じられない感動を与えてくれる。

神様がこの世に送り込んでいるのです。

芸術家に形を変えて。

そして、全ての障害を持つ人たちが人の心を洗う芸術家なんです。

妻にはいつも心を洗ってもらっています。

人には皆役割があるんです

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺された事件は忘れることができません。

『生産性のない重度障害者は生きている価値がないから殺してあげる』そんなニュアンスで植松聖(さとし)被告は19人を殺害したのです。

『生産性』それだけ考えれば殺害された19人は価値がないのかもしれません。

ご家族は重い障害を抱えた家族を抱えて大変だったと思います。

でも、生きてくれているだけで幸せを感じることが出来たでしょうし、お世話を通じて学ぶことも心が洗われることも多々あったと思います。

神様はそんな単純な世界を創造していません。

パレートの法則(80:20の法則)でも明らかです。

お金を生み出せる人だけがこの世にいる世界を想像してください。

世の中には利息を取る側と、取られる側があるっていうけれど、全員が取る側になったらどうなる?

2003年の読売巨人軍。

金に物を言わせて清原和博、江藤智、ペタジーニに加えて、かつて他球団で4番を打った5人を集めました。

投手以外は全員4番。

その発想に似ています。

4番以外はチームに不要!!

でも、こんなに凄い選手を集めたドリームチームは優勝できなかったのです。

その時の監督は現監督の原さん。

任期を全う出来ずに堀内監督にバトンタッチとなりました。

ホームランバッターしか不要なら、イチローさえも用無しですわ。

神様の意思に反してるわけです。

忘れないでください。

障害を持ってこの世に生きていてくれる人々の仕事は『私たちの心を洗うこと』

想い出のパワー〜バケーション

生産技術という職種は悲しいもので、工場が稼働している毎日毎日が勝負なだけでなく、正月連休、ゴールデンウイーク、夏休みといったまとまった休みは、ほぼ例外なく能力アップの工事や、新規設備の増設などで出勤になります。

休み明けには立ち上げ作業が忙しく、安定した頃には次の連休に向けた改造や増設の設計に着手、並行して日々の安定生産を受け持つ多忙な部署でした。

思い返すと(日本で働いていた頃は)連休に休んだ記憶が全くありません。

私の所属していたメディア部門がヨーロッパに工場を作ることになって、運よくたまたまそこにいた私もメンバーに選ばれました。

1990年のクリスマスは、ヨーロッパの工場に送る機械設備の国内最終立ち上げで、設備開発をする部署があった秋田に缶詰。

そのあとはアメリカジョージア州の工場向けに設計させてもらった設備の立ち上げでアメリカにしばらく出張と、結婚前なのに全く会えない日々が続きました。

赴任前の多忙な日々の合間を縫うようにして、1991年7月14日に博多中洲で結婚式を挙げ、新婚旅行でフィジーに8日間滞在して、余韻に浸る間もなく単身でルクセンブルグに向かいました。

カプリ島青の洞窟

赴任して暫く無我夢中の日々でしたが、生産計画自体も緩く、それなりにトラブルはありましたが何とかなっていました。

11月末に妻が合流してきて、30人いた赴任者(最後は8人)の家族全てが揃いました。

最初のクリスマス休暇は休む!!と当時の社長が決めてくれて、慌てて旅行社に予約に行ったほどでした。

当時はインターネットもなく、分厚いパンフレットからフラッグキャリアのLUXAIRが運営しているLUXAIR TOURSのまだ空きのあるツアーを物色しました。

欧州人はバケーション命ですから、夏休みのバケーションから帰るとすぐにクリスマスバケーションの予約を始めるので、11月に残っているツアーはそれなりのものしかありません。

卒業旅行で行って感動したカプリ島(イタリア)にアクセスしやすい、ソレントの素敵なホテルが空いていたので予約しました。

妻に見せてあげたかった。

Grand hotel Excelsior Vittoriaというホテルでした。

英語もままならない時期、フランス語などは皆無。

パンフレットにDemin pensionと書いてあって、旅行社の人に英語(風)で意味を聞いたら朝ごはん付きだそう(な気がした)。

そのつもりで予約!!

南だから暖かいだろうと思って薄着。

たった9℃のソレントは地獄絵図^ ^

寒いルクセンブルグで飛行機に乗る前まで着ていた唯一の防寒服を毎日着ることに。

買えば良いじゃんって、ヨーロッパのクリスマス休暇は店が開いていないんですよ。

晩御飯を食べるところだって殆どやってない。

唯一開いていたRed Lionというpizzeriaに3日間も入り浸り。

4日目には流石にピザは????で諦めてホテルに帰ってきたら、コンシェルジュの人が何か言ってる。

『Why ◯△※◆◉^ – ^』

よーく聞いてみると、『なんでお前たちはホテルで飯食わんのか?』でした。

『そんなのこっちの勝手じゃん』って思っていると間髪入れず

『バンメシツイテマース』

そうなんです、Demi pensionは朝晩2食付きだったのです。

『食う食う!!』

『この格好でOK?』

なんで聞いたかというと、一張羅の防寒服ですから見窄らしい。

コンシェルジュさん、ちょっと考えてジャケットを貸してくれました。

妻にも。

それはそれは美味しいディナー。3日分損した気分で、でもホッとして夫婦水入らずで高級ディナーwith借り物のジャケットでした。

まだあって、毎日水中翼船に乗ってカプリ島へ行くも、青の洞窟はクローズ。

これも船乗りさんに4日目に思い切って聞いてみた。

『青の洞窟は冬の間はクローズさ』

散々なヨーロッパバケーションデビュー。

考え方

そのあとは能力不足から悲惨な日々でどこへも行けず。

早朝から夜遅くまで会社会社会社。

カミさんに申し訳なくて。

でも上手くいかなくて。

そんな私を尻目に、バケーションから帰ってきた欧州人エンジニア達。

一応私の部下(組織上ね)

帰ってきたそばから次のバケーションの話。

まだまだ日本男児のメンタリティーだったのでカチンときて言ってしまった。

『お前達はバケーションのために仕事してるのか!!』

何言ってんだこいつ?って感じで

『for family』

家族のために決まってんだろ!!

こうも言いました。

『日本人は仕事のために仕事してるの?』

『なんのため?』

答えられず。

『なんのためだろ?』自問自答。

良かった!!

これも追々書いていきますけど、コスタデルソル、シチリア島、ドミニカ共和国、モルディブ(3回)、シャルメルシェイク(紅海)、エルグーナ(紅海)、オーランド(ディズニーワールド)、グランドケイマン。

ヨーロッパ域内は車で沢山行きました。

『家族のために仕事する!!』って考え方を改めたから、沢山想い出を作れました。

思い出のパワーは強烈です。

障害を持ってからでも想い出作りはできます。

LCCにも乗れました。

おかげさまで思い出を重ねていけます。

皆様優しくて泣けてきます。本当にありがとう。

左手の法則〜家族総出の絆作戦

フレミング左手の法則?

左手の法則をネットで調べてみると、フレミング左手の法則が大手を振って主張しています。

文系の方々にはあまり馴染みがないか、遠い記憶の中に潜んでいるくらいだと思います。

どうやら迷路必勝法に『左手の法則』というのがあるようで、迷路の壁が入口と出口でしか切れていない場合のみ有効だと書かれています。

フレミング左手の法則も迷路必勝法も今日のテーマとは違います。

あしからず。

逃げ場のない法則

私の家族は右半身麻痺の妻と、5体満足な息子と娘。

10年前に妻が脳出血で倒れて、利き手だった右側が全滅になったため、左手を使う訓練を受けました。

不安になったのは、訓練をするOT(作業療法士)の先生が右利きで、自分では左をうまく使えない事。

せめて左利きの先生がいてくれればいいのに!!なんて思いながら付き添っていました。

自分でできないことを人に教えられるのか?

悶々としていました。

ある時名案が降りてきました。

善は急げ!!!!

子供達に『今日から我が家は右手禁止にしよう!!』と言いました。

必死に頑張る母親を見ていて、思うところがあったのだと思います。

全会一致で可決!!

利き手と違う側で箸を使ったことありますか?

利き手と違う側で字を書いたことありますか?

『あー、絶対無理!!』ってなったと思います。

ほとんどの方々が。

私もそうでしたからわかります。

普通なら、あっさり挫けて何も無かったかのように右手での生活に戻る事でしょう。

『左で箸を持つ意味ないし!!』なんて捨て台詞はいて。

でも、右半身麻痺の妻にとっては逃げ場がない。

左手が使えなければご飯も満足に食べられない。

アメリカでリハビリを始めた頃、嚥下障害がひどくて水を飲むと気管に入ってしまうから水にとろみをつけるんです。

美味しい水を思いっきりゴクゴク飲ませてあげたいって思った。

その時と同じ気持ち。

しっかり箸を使って美味しいもの自分で食べさせたい。

本人だって必死です。

そんな妻(母親)を横目で見て『ギブアップ』できる筈がありません。

だから我が家の『左手の法則』は『逃げ場のない法則』です。

逃げ場がなければやるしか選択肢がないから結局できる。

毎日12時間くらい練習して2ヶ月半くらいかな?

『左手の法則』=『逃げ場のない法則』=『1000時間の法則』

なんだあ、結局同じことだったわ〜。

メリット満載でした

結果はどうかって?

全員左手でご飯食べてます。

違和感なく。

『まあ、全員左利きなんて珍しいねー』なんてよく言われます。

大リーグボール養成ギブス(古くてごめんなさい)なんて必要なくて、妻の存在が左手使い養成ギブスでした。

人間、逃げ場が無くなれば何でも出來るようになるんですね。

逃げ場がないからできるまでやる。

できるようになるに決まってる。

自信に繋がりました。

左でも右でも箸をもったり字を書いたりするメリットは

  • スペースに余裕のある方側の手でゆったり食事ができる
  • 左右自由自在にハサミが使える(持ち替えて)
  • 右手でスマホ持って左手でご飯食べられる(子供達は真似しないでね)
  • 両手を満遍なく使えるので手が疲れにくい

そして特筆すべきは

  • 記憶力が良くなった

です。

なんで?

右脳と左脳

ご説明します。

この効果を狙って左手使いになったわけではありません。

でも、明らかに変わりました。

右脳派と左脳派。

聞いた事ありますよね。

基本的には右脳が強いか?左脳が強いかという事なのだそうです。

人間の基本は右脳での行動です。

悲しい時は泣いて、楽しければ笑う。

左脳が発達すると知的な思考が出来るようになります。

文字を覚えるのは右脳。

意味を理解するのは左脳。

本を読んで情景が浮かぶ人は右脳が強い。
何事も簡潔にまとめる事が出来る人は左脳が強い。
右脳左脳を交互に使う事ができれば、両方が手に入るというわけです。

体と脳は左右入れ替わっているので、右手をよく使っていると左脳が刺激されます。

そう、意味を理解する方です。

左手を使うようになったら右脳が刺激され出したんですね。

記憶力がかなり良くなった。

12桁の免許番号や16桁のクレジットカード番号はあっさり覚えられる。

数字を見ながらPCに入力するときに、数回に分けて入力していたのに、今は全桁を一気に入力できる。

左手で箸を使ってみてください。

ボケ防止に効果あると思いますよ。

絆作戦

結局絆作戦は上手くいきました。

でも、励まされたのは妻の方ではなくて、我々家族。

応援していた方でした。

全員左手で食事をしているのを見ると、ちょっとだけ誇らしい気持ちになります。

こいつらやるな!!

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