ストレスで胃腸が弱る人へ——「加味逍遙散」と肝鬱脾虚という証

「仕事のストレスで胃がキリキリする」「イライラすると食欲が落ちる」「不安を感じると下痢をしやすい」——こうしたお悩みを抱えていらっしゃる方は少なくありません。病院で胃カメラを撮っても異常はなく、「ストレス性ですね」「自律神経の問題でしょう」と言われて、胃薬や抗不安薬を処方されて終わり。けれど、根本はちっとも変わらない。そんなもどかしさを、私自身も家内の介護を通して何度も味わってきました。

今日は「神山先生の教えから」として、ストレスと内臓の関係を漢方の視点から読み解きます。鍵になるのは、「肝鬱脾虚(かんうつひきょ)」という証と、そこに用いられる代表的な処方「加味逍遙散(かみしょうようさん)」です。

西洋医学から見た「ストレス性胃腸症状」

西洋医学では、ストレスによる胃腸症状は「機能性ディスペプシア」や「過敏性腸症候群」と診断されることが多いです。自律神経、特に交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、胃酸分泌や腸の蠕動(ぜんどう)運動が乱れるために起こると説明されます。

治療は、胃酸を抑える薬、腸の動きを整える薬、不安を和らげる抗不安薬などが中心になります。検査で異常が見つからないぶん、「気のせい」「性格の問題」と片づけられてしまうこともあり、患者さんの苦しみは理解されにくいのが現実です。

東洋医学は「肝」と「脾」の関係で見る

神山先生はよくこうおっしゃいます。「ストレスで胃腸を壊すのは、性格が弱いからではありません。肝(かん)と脾(ひ)という二つの臓が喧嘩を始めているのです」と。

東洋医学でいう「肝」は、西洋医学の肝臓とは少し違います。気(き)の巡りを司り、感情をコントロールする臓です。ストレスを受けると、まずこの肝の働きが滞ります。これを「肝気鬱結(かんきうっけつ)」と呼びます。気の流れが詰まった状態、いわば高速道路が渋滞しているようなイメージです。

ところが肝は、そのままでは済みません。渋滞した気は暴走を始め、隣の臓である「脾」を攻撃します。脾は消化吸収を担う臓で、ここが弱ると食欲不振、胃もたれ、下痢、疲労感が出てきます。これが「肝鬱脾虚(かんうつひきょ)」——肝の暴走によって脾が疲弊した状態です。

さらに女性の場合、肝は「血(けつ)」を蔵する臓でもあるため、月経不順、ほてり、のぼせ、不眠といった症状も加わりやすくなります。肝は血を蓄え、感情を調え、消化を支える——この一つが崩れると、芋づる式に全身が揺らぐのです。

加味逍遙散という処方——肝を疎(とお)し、脾を補い、熱を冷ます

この肝鬱脾虚に、熱(ほてり・いらだち)を伴うタイプに用いられる代表処方が加味逍遙散です。構成生薬を見ると、先人の知恵に唸らされます。

  • 柴胡(さいこ)・薄荷(はっか):滞った肝気を疎通させる(渋滞を解消する)
  • 当帰(とうき)・芍薬(しゃくやく):血を補い、肝を柔らかくする
  • 白朮(びゃくじゅつ)・茯苓(ぶくりょう)・甘草(かんぞう)・生姜(しょうきょう):疲れた脾を補い、消化力を取り戻す
  • 牡丹皮(ぼたんぴ)・山梔子(さんしし):暴走した気が生んだ熱を冷ます

つまり加味逍遙散は、「渋滞を解き、血を満たし、消化を助け、のぼせを冷ます」——四方向から同時にアプローチする、実に巧みな処方なのです。

適応する「証」の目安は、以下のような方です。

  • 比較的虚弱で、疲れやすい
  • ストレスでイライラしやすく、のぼせや肩こりがある
  • 食欲が一定せず、胃もたれや軟便傾向
  • 月経前症候群(PMS)、更年期の症状を伴う
  • 不眠、頭痛、めまいを訴えることもある

もちろん漢方は「証」に合っていてこそ効くものです。同じストレス症状でも、冷えが強く元気がない方には「香蘇散(こうそさん)」、喉のつかえ感(梅核気)が強い方には「半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)」、比較的体力があって脇腹の張りが強い方には「四逆散(しぎゃくさん)」と、使い分けが必要です。自己判断で選ばず、必ず漢方に詳しい医師・薬剤師にご相談ください。

今日から始められる養生——肝を疎し、脾を守る

処方を飲むかどうかにかかわらず、日常で肝鬱脾虚を和らげる養生はたくさんあります。

第一に、香りのあるものを取り入れること。柑橘類(みかん、ゆず、グレープフルーツ)、紫蘇、三つ葉、セロリ、ミント、ジャスミン茶。これらは肝気を疎通させる食材です。朝、ゆずの皮を白湯に浮かべるだけで、気の流れがすっと変わります。

第二に、脾を冷やさないこと。ストレスを感じるとつい冷たい飲み物や甘いものに手が伸びますが、これは脾にとって致命的です。温かいスープ、味噌汁、煮た根菜で脾を労わりましょう。

第三に、ため息を我慢しないこと。ため息は肝気が自分で出口を探している証拠です。抑えずに、ゆっくり深く吐く。意識的に「はぁー」と長く息を吐くだけでも、肝は少し楽になります。

まとめ——「治す」ではなく「整える」

ストレスで胃腸が弱るのは、あなたが弱いからではありません。肝と脾という二つの臓が、あなたの代わりに悲鳴を上げてくれているのです。加味逍遙散のような処方は、その悲鳴を聞き届け、渋滞を解き、疲れを癒やし、熱を鎮めるための、先人からの贈り物です。

大切なのは、症状を「消す」ことではなく、身体全体を「整える」こと。今日ため息を一つ深く吐き、温かい汁物を一杯いただく——それもまた、立派な養生の始まりです。

※本記事は東洋医学の考えに基づく養生の知恵を紹介するものであり、医療行為の代替を推奨するものではありません。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。漢方薬の服用についても、必ず漢方に詳しい医師・薬剤師にご相談ください。

▶ なぜ私が養生を語るのか

「ストレスで胃が痛い」は気のせいじゃない?——東洋医学が教える心と内臓のつながり

Q. 仕事のストレスがたまると、決まって胃が痛くなります。でも病院で検査しても「異常なし」と言われます。これって気のせいなのでしょうか?

「ストレスがたまると胃が痛くなる」「緊張すると食欲がなくなる」——こうした経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。病院で検査を受けても特に異常は見つからない。「気のせいですよ」「ストレスですね」と言われて、モヤモヤした気持ちで帰ってきた経験はありませんか?

でも、その痛みは決して「気のせい」ではありません。東洋医学の視点から見ると、心と内臓のつながりは驚くほど明確に説明できるのです。


西洋医学では「機能性ディスペプシア」と呼ばれます

西洋医学では、検査で異常が見つからないのに胃の不快感や痛みが続く状態を「機能性ディスペプシア」と呼びます。胃の器質的な病変はないけれど、胃の働き(機能)に問題が生じている状態です。

治療としては、胃酸を抑える薬や胃の動きを改善する薬、場合によっては抗不安薬が処方されることもあります。しかし、「なぜストレスが胃に影響するのか」という根本的なメカニズムについては、「自律神経の乱れ」という説明にとどまることが多いのが現状です。


東洋医学では「肝と脾(胃)の関係」で説明します

東洋医学では、ストレスと胃の痛みの関係を「肝脾不和(かんぴふわ)」という概念で説明します。これは、肝(かん)と脾(ひ)という二つの臓腑の調和が乱れた状態を指します。

肝は「気の巡り」を司る

東洋医学でいう「肝」は、西洋医学の肝臓とは少し異なります。肝は全身の「気」の流れをスムーズにする働き——「疏泄(そせつ)」という機能を持っています。感情の安定や、ストレスへの対応も肝の役割です。

ストレスがたまると、この肝の疏泄機能が滞ります。これを「肝気鬱結(かんきうっけつ)」といいます。いわば、気の巡りが渋滞を起こしている状態です。

脾は「消化吸収」を司る

一方、「脾」は消化吸収を担当する臓腑です。食べ物から栄養を取り出し、全身に送り届ける働きをしています。東洋医学では、脾と胃は表裏一体の関係にあり、合わせて「脾胃(ひい)」と呼ばれることも多いです。

肝の乱れが脾胃を攻撃する

五行説では、肝は「木」、脾は「土」に属します。木は土を抑える関係(相克)にあるため、肝の気が滞ると、その矛先が脾胃に向かいやすいのです。

これが「肝気犯胃(かんきはんい)」——肝の乱れた気が胃を攻撃する——という状態です。イライラすると胃が痛くなる、緊張するとお腹の調子が悪くなる。これは気のせいではなく、肝と脾胃の関係で起こる、れっきとした身体の反応なのです。


今日からできる養生法

1. 深呼吸で肝の気を巡らせる

イライラしたり、胃が痛くなったりしたら、まず深呼吸を。息を吐くときに、身体の中の滞った気が外に出ていくイメージを持ちましょう。吸うときの倍の時間をかけてゆっくり吐くのがコツです。

2. 柑橘類の香りを活用する

肝の気を巡らせるのに効果的なのが、柑橘類の香りです。みかんやレモン、ゆずなどの皮に含まれる香り成分には「理気(りき)」——気の巡りを整える——作用があります。アロマオイルを使ったり、食後にみかんを食べたりするのも良いでしょう。

3. 「腹八分目」と「よく噛む」を意識する

ストレスで弱った脾胃をいたわるには、消化に負担をかけないことが大切です。食事は腹八分目を心がけ、一口30回を目安によく噛んで食べましょう。脾胃の仕事を減らしてあげることで、回復を助けます。

4. 軽い運動で気を動かす

気は動いているのが正常な状態です。デスクワークで同じ姿勢が続くと、気も滞りやすくなります。1時間に1回は立ち上がってストレッチをしたり、可能であれば昼休みに10分でも歩いたりすることで、気の巡りを促しましょう。


まとめ:胃の痛みは「身体からのサイン」

ストレスで胃が痛くなるのは、「気のせい」でも「弱いから」でもありません。肝と脾胃という二つの臓腑の関係から起こる、身体の自然な反応です。

大切なのは、この痛みを「身体からのサイン」として受け止めること。「もう少しゆっくりしなさい」「気を巡らせなさい」という、身体からのメッセージなのです。

病気を「治す」のではなく、身体を「整える」。その視点を持つことで、ストレスと胃の痛みとの付き合い方が、少し楽になるかもしれません。


※本記事は東洋医学の考えに基づく養生の知恵を紹介するものであり、医療行為の代替を推奨するものではありません。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。

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